女王さまとバスルーム大事件!?
「おい!サクラ!」
俺は半ば泣きそうな顔で、サクラを問い詰めた。
「入浴施設は個別に区切られてんだろ?ど、どうやって視認し合うんだよ!?ぜってぇ無理だろ!」
サクラは相変わらず無表情で俺をじっと見ている。
「……」
「ほら、言葉に詰まった!な!?」
俺は勝ち誇った。
よっしゃぁぁぁ!!!
この流れは俺の勝ちだろ!
そうだ、そんなことが出来るわけない!どいつもこいつもいい加減なことばっか言いやがって!!
心の中でガッツポーズを決める。
ふっ……俺の勝ちだな……
謎の余韻にどっぷり浸かっていたその時――
サクラが、淡々と、そして容赦なくぶっこんできた。
「浴槽の仕切りは、透明だ」
「……………………は?」
一瞬、時が止まった。
「と、透明?」
俺の声が裏返る。
サクラは変わらぬ無表情で、淡々と説明を続ける。
「視認性を高めるため、透明度の高い素材が使用されている」
「は、はは……っ」
俺の手が、ぷるぷると震え始める。
「それって……」
「隣にいれば、互いに存在確認は可能だ」
「存在確認とかそういうレベルじゃねぇぇぇぇええええええ!!!」
俺は叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
「と、透明って!!!見えちゃうじゃん!!サクラ!!お前も!!俺も!!!」
「問題ない」
「あるわぁぁぁぁあああ!!!」
息が続かない。
心臓バクバクどころか、もはや爆発寸前。
サクラはきょとん顔で俺を見上げてくる。
「……?」
やめろぉぉぉ!!
そんな顔で、そんな無邪気に見んなぁぁぁあ!!!
「お、俺……!」
俺は震える手で壁をバンバン叩きながら、必死で言葉を探した。
「……せ、せめてっ!!」
「せめてカーテンとか!!!見えない仕切りとか!!!何か!!!」
「存在確認が優先だ」
「存在とかどうでもいいからぁぁぁぁあああああ!!!」
バンバンバン!!
ダメだ……マジでダメだ……
俺は膝から崩れ落ちた。
ドクドクと脈打つ心臓。
汗びっしょりの背中。
そして、目の前には、無表情できょとん顔のサクラ。
もう、無理だ……
俺はその場で、静かに天を仰いだ。
その後、サクラにズルズル引っ張られて、俺はとうとうバスルームに連れてこられた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
情けない声を上げながら、引きずられる俺。
中に入ると、確かに脱衣所があった。
ただ――
そこに立っていたのは、ほぼ完全に近い透明な仕切りだった。
な、なんだよこれ……!
仕切りはフロアの真ん中に一枚だけ、ズドンと立っている。
向こう側の様子が、まる見えだった。
……勘弁してくれぇぇぇえ!!!
思わず絶望しかける俺をよそに、サクラは無表情でドレスに手をかけた。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は咄嗟に目をぎゅっと閉じ、慌てて背中を向けた。
バサッ、バサッ……
や、やべぇ……!!音だけで想像する自分が嫌になるぅぅぅぅ!!
背後から聞こえる布が落ちる音に、心臓がぶっ壊れそうになる。
「アルトも早くしろ」
サクラの無機質な声が、背中越しに飛んできた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」
絶体絶命の危機に、俺は叫んだ。
どうすりゃいいんだよこれぇぇぇぇ!!!
精神的に無理ぃぃぃ!!
そう、俺の限界はとっくに来ていた。
「俺には無理だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
心臓バクバク、頭ぐるぐる、逃げたい気持ちが爆発寸前。
バスルームに、俺の情けない悲鳴が響き渡っていた。
「サ、サクラ……」
「頼む、俺たちだけのルール……作ってくれ!」
サクラの気配がふわりと動く。
「ルール?」
すぐ近くから小さな声が聞こえる。
や、やべぇ、近いっ!!
背中を強ばらせながらも、俺は必死に言葉を続けた。
「そ、そうだよ!」
胸がぎゅっと締めつけられる。
「レイとリオとも、普通に……こんなふうに一緒に風呂入ったのかよ……?」
震える声で問いかける。
すると、すぐにサクラの無機質な声が返ってきた。
「見せてない」
「……は?」
一瞬、思考が停止する。
でもすぐ、食い下がった。
「見せてないのに、どうやってレイとリオは存在確認してたんだよ!」
頼むから、はっきり言ってくれぇぇえええ!!!
サクラは淡々と答える。
「服の上から」
「……!」
ふ、服の上から……!?
「じゃあ風呂の中でどう存在確認とってたんだよ!?服着たまま入ってたのか!?」
俺は目をぎゅっとつぶったまま叫ぶ。
サクラは少しだけ間を置き、静かに答えた。
「レイとリオとは一緒には入ってない」
「っ、じゃあ……!」
焦りがどんどん込み上げる。
「存在確認はどうやってたんだよ!!」
「入浴中は、外で待機していた」
「待機……?」
「必要な時だけ、声をかける」
「……っ、じゃあ!サクラだけが風呂入ってる時、アイツらどこから存在確認してたんだよ!!」
目も開けられず、背中を向けたまま、俺は必死に問い続けた。
早く答えてくれぇぇぇ!!!
耐え切れず、思わず叫ぶ。
「早く答えて風呂入れよ!風邪ひくだろ!!」
その声に、空気がピンと張り詰めた。
頼むから、今だけは……ちゃんと教えてくれ……!
俺は震える手を握り締めたまま、じっと答えを待った。
「……なんで、答えないんだよ」
目をぎゅっとつむったまま、俺はぽつりと呟いた。
けど、背後からは何の答えも返ってこない。
サクラの視線だけが、じりじりと俺の背中に突き刺さってくる。
その無言に、胸の奥がズキリと痛んだ。
「やっぱり……サクラ……俺に言えないんだな……」
かすれた声が、脱衣所の静寂に落ちた。
サクラは何も言わない。
背中を向けたままでもわかる。
……そっか。本当のこと、俺に言いたくないんだ。
じわじわと広がる痛みを押さえながら、俺はそっと手探りでドアの位置を探した。
……もう、いいよ。俺が、バカだったんだ。
ギュッと手に触れたドアノブを握る。
「……わかった」
俺は絞り出すように、そう呟いた。
そっと、ギィ……とドアを押し開ける。
まだ目は閉じたまま。
ギリギリの気持ちで、俺は脱衣所を一歩、また一歩と出た。
背中には、何の気配も、声も追いかけてこない。
ただ、静かにドアが閉まる音だけが、耳に残った。
……俺、サクラに、何してんだろ。
胸が重たく沈んでいくのを感じながら、俺はただ、静かに歩き出した。
「レイとリオとは、そこにあるモニターで確認し合っていた」
背後から、かすれたサクラの声が聞こえた。
「……え?」
俺はびくりと肩を震わせたが、振り向けなかった。
目をぎゅっと閉じたまま、ただ耳を澄ます。
サクラの声が、必死に続く。
「バスルームの中だけじゃない……外の壁にもモニターがある」
外……?
頭の中に、脱衣所の壁が浮かぶ。
確かに、見慣れないパネルみたいなものがあった気がする。
「そこから……お互いに存在確認していた」
存在確認……
息を飲む。
「自動的に……顔だけ映す仕様」
……顔だけ……
信じられない気持ちと、安堵がない交ぜになって、胸がじんわりと熱くなる。
「わ、私だって……それくらいの分別は、つく!」
普段無表情なサクラの、珍しく強い声音。
背中越しにも、必死な気持ちが伝わってくる。
サクラが……こんなに……
「……お前に、誤解されたくない」
ぽつりと、静かに落ちた言葉。
っ……!
俺は目をぎゅっと閉じたまま、脱衣所の方向に向かって言った。
「……ごめん」
かすれた声だった。
「勝手に……変なこと考えた」
沈黙。
でも、すぐに。
「許す」
小さな、小さな声。
……ああ、俺、やっぱりサクラが……
目を閉じたまま、俺はサクラの存在を、ただ感じていた。
脱衣所の中から伝わる、小さな気配だけが、やけにリアルだった。




