ほんのりかわいい系の基礎!?2
本格的に、ほんのりかわいい系の基礎レッスンが始まった。
ユラはにこにこしながら、大きな鏡の前でサクラに動作や言葉遣いの指導をしている。
「女王さま、もう少し笑顔に柔らかさを……そう、手を胸の前に添えて……」
「……こうか?」
サクラは真剣な顔で、教わった通りにぎこちなく手を胸元に持っていく。
俺はその様子を少し離れた場所から見ていた
けど――
……何か、違う。
確かに、かわいいっちゃかわいい。
でも、人って、こんなふうに誰かに教えられて作られるもんじゃない。
思い出す……さっきまでの、ちょっと不器用で、でも一生懸命俺と向き合ってくれたサクラを。
俺……何してたんだ……
胸がズキリと痛む。
サクラは、俺のために必死になって……
それなのに、俺が欲出して、無理に女の子らしくさせて……
「……!」
気づいた瞬間、俺は立ち上がっていた。
「ユラ!」
俺はピシャリと言った。
ユラが驚いた顔でこちらを向く。
「はい?」
「レッスン、もういい!帰ってくれ!」
サクラとユラ、同時にきょとんとした顔になる。
……うっ、サクラのきょとん顔、今じゃねぇ!!!
ユラはすぐに態度を整えた。
「ですが、女王さまの命令です」
「それでもいい!俺が言ってんだ!」
俺は必死だった。
その時――
サクラが冷たい声で言った。
「アル。勝手なことするな」
ズキン、と胸が痛んだ。
でも……
「こんな、無理してかわいくなった姿なんて、俺、見たくねぇんだよ!」
俺は叫んでいた。
部屋の空気がピリつく。
ユラは俺を見て一瞬だけ何かを察した顔をすると、静かに一礼した。
「……了解しました。では、私はこれで」
ユラは静かに、けれどはっきりとした足取りで部屋を出て行った。
バタン、とユラが出ていったあと、部屋には微妙な沈黙が流れた。
……ヤベェ、気まずい……
それでも、逃げるわけにはいかない。
俺はぎゅっと拳を握って、サクラを見る。
サクラは少し距離を置いたまま、じっと俺を見つめていた。
うん……この距離もサクラらしい。
俺は深呼吸して、口を開いた。
「サクラ」
静かに名前を呼ぶと、サクラは小さく首を傾げた。
「……ごめん」
サクラは瞬きをして、小さな声で尋ねた。
「ごめん、とは?」
「……えっとな」
できるだけ優しく、言葉を選びながら伝える。
「相手に悪いことをしたり、迷惑をかけた時に……申し訳ないって気持ちを伝える言葉」
サクラはじっと俺を見つめたまま、黙って聞いている。
……ちゃんと、伝えろ俺!
「……俺、サクラに悪いことしたって思ってる」
「無理させたよな。……本当はさ、サクラは、サクラのままでよかったんだ」
喉が少し詰まる。
でも、ちゃんと言葉で伝えたい。
「誰かに教わって、作られたサクラじゃなくて」
「不器用でも、ぎこちなくても、サクラは――そのままのサクラが、いい」
まっすぐ、サクラを見て伝えた。
「……他の誰でもない、サクラがいいんだ」
言葉にしたら、胸がすっと軽くなった気がした。
サクラは、しばらく黙ったまま俺を見ていた。
やがて、小さく一歩だけ、俺に近づいた。
「……理解した」
その声は、かすかに震えてた気がした。
そして、はっきりと言った。
「許す」
それだけで、胸がぐっと熱くなる。
サクラは小さく瞬きして、それから小さく息をついた。
ほんの少しだけ、柔らかく微笑んだ気がした。
俺は自然に微笑み返して、静かに言った。
「……ありがとな」
サクラは言葉を返さなかったけど、その無言がちゃんと気持ちを受け取ってくれたように感じた。
……サクラは、サクラのままでいい。
俺は心の中で、改めて強く誓った。
もう、絶対に、無理なんかさせないって。
そう思ったその時だった――
突然サクラが、無表情で告げる。
「明日は外出が早い。これより、汚れを落とし、休息する」
……は?
急に無に戻ったような口調になるサクラに、思わずポカンとする俺。
「アルトも同行しろ」
言葉の意味が理解できなかった。
「同行……?って、どこに!?」
サクラは振り返りもせず、バスルームの方へ向かっていく。
ちょ、ちょっと待て!!
「ま、まさか……風呂!?」
「当然だ」
サクラは無感情に言い切った。
「汚れを落とさなければ、休息の質に支障が出る」
「いやいやいやいや!!!」
慌てて両手を振る俺。
「俺は別に、ほら、自分でなんとかするし!!一人で!一人でいけるからぁぁぁぁ!!」
必死に叫び続けるも、サクラは無表情のまま。
そして、ぴたりと立ち止まった。
「二人行動の規則を、忘れたか?」
「規則ってぇぇええええ!!!」
そ、そんな義務感満載のノリで風呂連れてかれたら俺、死ぬ!!!
パニックに陥る俺をよそに、 サクラは淡々と続けた。
「安心しろ。入浴設備は個別に区切られている」
「そ、そ、そういう問題じゃねぇぇぇ!!」
顔が一瞬で真っ赤になる。
あああああ!!!無理だろこんなのぉぉお!!!
サクラはそんな俺をきょとんと見た――かと思えばすぐに無表情に戻り、さらに一言。
「アルト、速やかに行動しろ」
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
心の中で絶叫しながら、俺は必死に頭を抱えた。
これ、今日一番の修羅場だろぉぉぉお!!!
俺はバスルームの前で足を止めたまま、必死に頭を回転させる。
俺が監視されるのはわかる。
でも、逆の場合は……思い出した!
確かレイが――
『不可侵領域だ。女王が許可しない限り、接近も禁止』
そして、ミリ――
『存在確認は必要』
存在確認……?
いやいやいや、じゃあこの場合の風呂って、どういう立ち位置なんだよぉぉぉ!!
俺はついに耐えきれず、ぜえぜえと息を切らしながらサクラに詰め寄った。
「な、なぁ、サクラ!!」
サクラはバスルームの前で立ち止まり、無表情のまま振り返った。
「なに」
その冷静さが逆に怖い。
「……あのさ、これ、どういう……意味なんだ?」
「意味?」
「そう!!ほら、俺、女王さまには不可侵とかなんとかって聞いたし!!存在確認は必要とかもミリが……!!」
必死に説明する俺。
サクラはきょとん、としながら一瞬だけ考えるそぶりを見せた。
そして、淡々と答える。
「不可侵領域への侵入は禁止だが、視認可能範囲にいることは義務だ」
「視認……」
「つまり、物理的に確認できれば問題ない」
「お、おおぉぉぉぉ……」
頭を抱えそうになる。
つまり、裸で視界に入らなければいいってこと……!?
いや、でも近くにいるとか、聞こえる範囲とか、そういうレベルだろ!?
「……で、でも!!俺が、俺が見ちまったら、どうなんだよぉぉ!!?」
俺は半泣きで叫んだ。
サクラはまた無表情で、すぱっと言った。
「アルトが、視界から逸れるだけでいい」
「逸れろってぇぇぇえええ!!!」
めっちゃ無感情で言いやがった!!
「安心しろ」
「できねぇぇぇええええ!!!」
俺は壁に手をついてがっくり項垂れた。
サクラはその俺の横にすっと来て、さらに追い打ちをかける。
「汚れを落とす行為に、問題はない」
「問題だらけだよぉぉぉぉ!!!」
パニックの俺を、無表情のサクラがただじっと見つめている。
……これ、どうすればいいんだ俺……
ドキドキとバクバクと汗だくだくで、 俺はただ、逃げ出したい衝動と戦っていた。




