ほんのりかわいい系の基礎!?
「……おい、ちょっと待てよ?」
俺は慌てて声を上げた。
「この世界じゃさ、前の名前を捨てるって、最初にレイから聞いたけど……」
サラは無表情でこっちを見ている。
「サラは俺を本名で呼んでいいのか?」
サラは一拍置いて、静かに答えた。
「私は女王だ。私がいいなら、それでいい」
「――適当すぎだろぉぉぉぉお!!!」
俺は思わず叫んだ。
でもサラは気にする素振りもなく、さらに淡々と続ける。
「ただし、二人きりの時だけだ」
そう言って、サラは―― ちょこんと小指を立て、指切りげんまんのポーズをした。
え、かわっ……
ドクンと心臓が跳ねる。
「……っ、な、なんだよ」
「再度、約束を確認する」
俺はゴクリと息を飲んだ。
「……あ、ああ、わかったよ……」
そっと自分の小指をサラの小指に絡める。
俺またドキドキしてる……やばい……
「……なぁ、サラ」
俺は思い切って聞いてみた。
「サ、サラの本名を聞いたらダメか?」
サラは少しだけ首をかしげた。
「理由は?」
「……サラだけ本名で呼ぶとか……ずるいじゃん」
「ずるい?」
無表情のまま、サラは小さく呟く。
「……本名、カスガイ・サクラ」
小さく、だけど確かに、そう答えた。
「カスガイ・サクラ……?」
俺は、呟くように繰り返した。
……なんか、めちゃくちゃ日本っぽい名前じゃねぇか。
偶然なのか……?それとも俺のかすかな願望なのか……?
胸の奥がざわつく。
でも、気になった俺は、止まらなかった。
小指を絡めたまま、俺は思わず口を開いた。
「なぁ……サクラ」
「?」
無表情のまま、サクラが首をかしげる。
「……向こうの世界、つまり……元の世界では、何歳だったんだ?」
サクラは少しだけ目を伏せて、珍しく考え込むような仕草を見せた。
「……言う必要があるのか?」
「知りたいんだよ」
俺は小さく笑った。
「本当のサクラのこと、ちゃんと知りたいから」
サクラは小さく息を吐くと、静かに答えた。
「……19」
「――19?」
思わず聞き返す。
「アルトは?」
サクラが逆に問いかけてきた。
「俺? 俺は……はたち、20」
たった一個違い……
しかも俺のほうが年上じゃん……
なんだか、妙に心臓がバクバクしてきた。
「……ほぼ同い年、だな」
サクラは淡々と呟いた。
「う、うん……そ、そうだな……!」
あれ……これって……
もしかして……いや、いや、深く考えるな俺!!
無理やり自分を落ち着かせようとするけど、顔がどんどん熱くなるのがわかる。
サクラはそんな俺を、きょとんと見つめたままだった。
そして――
「……指切りげんまん」
小さな声で、サクラがそっと言った。
「――嘘ついたら」
俺は慌てて続ける。
「……えっ、えっと……俺の視界から消える!」
やべぇ、サクラが前に言ってたのと同じこと言っちまった!!
するとサクラは、ぱちりと瞬きをして、静かに答えた。
「絶対、しない」
うわあああああああ!!
小指同士が、きゅっと絡んだまま。
サクラの無表情の奥に、かすかな――ほんのかすかな温度が宿ったような気がした。
……なんだよこれ、かわいすぎる……
俺はまた心臓を押さえて、静かに悶絶していた。
やっべぇ、なんか楽しくなってきた……
俺は止まらないテンションに任せて、サクラにふざけた提案をしてしまった。
「なぁ、サクラさ」
「?」
サクラが無表情で俺を見る。
「もうちょっと……女の子っぽい話し方に、語尾だけでも変えたり……しない?」
サクラはまた小さく首をかしげた。
「女の子……?話し方……?」
「そ。なんつーか……こう、語尾に“だよ”とか“なの”とか、かわいいやつ」
サクラはしばらく真剣に考えたあと、ぽつりと聞き返してきた。
「どんな風にだ?」
うわ、マジで聞いてきた……!!
俺は一瞬で焦った。
「いやっ、いやいや!やっぱなんでもねぇ!気にすんな!」
慌てて両手を振りまくる。
「そのままでいい!今のサクラで十分だから!」
教えたら絶対死ぬ、俺が!!
サクラはそんな俺をじっと見たあと、あっさりと言った。
「学習はできる」
「えっ」
「教えてくれ」
う、嘘だろ……!?
あのサクラが……!?
心臓がまたドクンと跳ねる。
「ま、マジで?」
「必要ならば」
「ひ、必要かどうかは……」
サクラの無表情にぐいぐい押される俺。
うわぁぁあああ、どうすりゃいいんだこれ!!!
必死に頭を抱えながら考える。
ど、どうしたら伝わるんだ?
女の子っぽくとか、かわいくとか……言葉で説明するの無理ゲーだろ!!
俺はしばらくぐるぐると悩んでから、ポツリと言った。
「……たとえば、“〜だよ”って優しく語尾に付けるとか……?」
サクラはコクンと頷く。
「理解した」
「え、理解したのかよ!!?」
いや、絶対理解してねぇ顔だろこれ!!
その時――
サクラは真顔のまま、静かに口を開いた。
「……アルトだよ」
「ぶふっ!!」
か、かわいいぃぃぃいいいいいい!!!!
俺のHP、ゼロぉぉぉぉお!!
サクラはきょとんとしたまま、俺を見つめ続けていた。
「……あ、ユラがいた」
ふと、サクラがぽつりと呟いた。
「ユラ?」
聞き返す俺をよそに、サクラはポケットからあのカード型の通信端末を取り出し、淡々と操作を始める。
俺が首をかしげていると 数分後――
コンコン、と控えめなノック音がして、 部屋の扉が静かに開いた。
「女王さま、お呼びでしょうか?」
静かに開いたドアの向こうには、ベージュ色の前髪をきれいに分け、肩下まで流れるさらりとした髪を揺らす女の子が立っていた。
同じ制服――灰色のセーラー服に身を包み、きりっとした目でサクラを見つめている。
「入れ」
サクラ――いや、女王のサクラが冷たい声で促す。
ユラは一礼して、すっと中に入ってきた。
サクラはすぐに切り替わった。 無表情ながらも、自然と背筋が伸び、まるで女王そのものの雰囲気をまとっている。
……やべぇ、さっきまでのきょとんサクラどこ行った!?
俺は驚きながらその様子を見つめた。
ユラは、ぴたりとサクラの前に立ち、再び恭しく頭を下げた。
「ご命令を」
「ユラ、私を女の子っぽくしてくれ」
えぇぇぇええええ!?
あまりに唐突なサクラの言葉に、俺は盛大にズッコケそうになった。
ユラは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに静かに頷いた。
「承知しました、女王さま」
そして、サクラはちらりとだけ俺を見た。
その一瞬だけ、確かにきょとんとしたサクラが戻った気がした。
……やべぇ、ドキドキ止まんねぇ……
俺はこっそり胸に手を当てた。
「女王さま、どのような女の子になりたいか、お考えはありますか?」
ユラはまるで接客のプロみたいに、にこやかに尋ねる。
な、なに聞いてんだぁぁぁ!?
俺はその言葉に思わずビクッと肩を揺らした。
つか、女王さまに“なりたい女の子像”とかあんのかよ!?
サクラは、ユラの問いかけに一度だけ静かに瞬きをした。
そして――
「アル」
「えっ、俺!?」
いきなり振られて、俺は裏返った声を出す。
サクラは冷静そのものの顔で、すっと言った。
「アルの意見を聞く」
ひぇぇぇぇぇええ!!
心臓が爆発しそうになる。
俺以外のみんなは女王さまモードのサクラしか知らねぇんだよな……
必死に冷静を装いながら、言葉を探す。
「え、えっと……その……あんまりバリバリな女の子っていうより……」
「表情とか……ちょっと柔らかくしてもいいかも……? 言葉も、優しくして……」
気づけば、どんどん欲が出てきてた。
「仕草とかも、こう……自然に笑ったり、照れたり……?」
気づけばどんどん口が勝手に動いてる!!
うおおおお!!俺なに言ってんだ!!
頭の中では勝手に想像が暴走していた。
サクラが、ふわっと微笑んで、ちょっと恥ずかしそうに髪をいじったり――
言葉に小さな語尾がついたり――
それで無表情がふいに崩れたら……?
ぶっはぁぁぁああああ!!!
鼻血が出そうだった。
そんな俺の様子を、ユラは小さく笑いながら聞き流していた。
サクラはじっと俺を見つめて、
「了解した」
と、静かに言った。
ユラも優しく微笑む。
「承知しました、女王さま。それでは“ほんのりかわいい系”の基礎から始めましょう」
ほんのりかわいい系ってなんだよぉぉぉお!!!
心の中でツッコミながら、止まらないドキドキを必死に抑えた。
サクラはふいに、ちらりと俺を見た。
……え?
ほんの一瞬だけ、無表情の奥に―― 微かに、柔らかい光が宿った気がした。
……絶対気のせいじゃねぇ!!
俺はまたしても胸を押さえて、うずくまりそうになるのをこらえた。




