女王さまを落とすどころか落とされてる!?2
「……なぁ、これ、マジで俺だけ持ってないのか?」
俺は立ち上がり、ちらっとサラを見る。
窓際に立つサラは、無表情のままこちらを見ていた。
よし……聞くしかねぇ……!
俺は意を決して、サラのもとへ歩み寄った。
「なぁ、サラ!」
サラはぴたりと俺に視線を向けた。
「……なんだ」
「その、さ……通信端末。俺、持ってないんだけど」
ストレートに切り出すと、サラは一瞬だけまばたきしてから、淡々と答えた。
「まだ、渡せない」
「……え?」
あまりにもあっさりした返答に、俺は一瞬ポカンとする。
「な、なんでだよ!」
必死に食い下がると、サラは変わらぬ無表情で言った。
「観察中だからだ」
「それはわかってるんだよぉぉぉお!」
思わず声が裏返った。
「異世界適応、行動傾向、精神状態、総合データ」
「うわぁぁぁぁ!!監視しすぎぃぃぃ!!」
パニックになりながら、俺はさらに詰め寄った。
「ど、どうして俺だけなんだよぉぉお!!」
俺が絶叫すると、背後からレイの声がした。
「……俺たちは初日にもらったが」
リオも、ぽりぽりと頬をかきながら続ける。
「うん、もらったね。女王さまから、最初に」
「ええええええええええ!!!」
マジかよ、余計つらい……
俺は床にへたり込み、今にも泣きそうになった。
「アル、落ち着け」
レイがそっと肩に手を置く。
「アルくん、ドンマイだよっ!」
リオは明るく励ましてくれるけど、全然ドンマイできてねぇぇぇ!!
な、なんだよこの一喜一憂のジェットコースター……!
目の端に涙を浮かべながら、俺はぐすぐすと鼻をすすった。
サラはそんな俺をじっと見て、無表情のまま一言。
「まだ渡せない。わかったか?」
「ぐすっ……わ、わかったよぉ……」
完全敗北。
俺は肩を落としながら、なんとか立ち上がった。
そんな俺を見て、リオがふわっと笑う。
「じゃあ、僕たちはそろそろ行くね~」
「え、あ、もう?」
「うん、夜間の巡回があるからさ」
リオは軽く手をひらひら振りながら言った。
レイも静かにうなずく。
「また必要があれば呼べ」
クールにそう告げると、レイとリオはドアの方へ向かう。
ミリもひょこっと立ち上がると、いつもの無表情でぽつり。
「行動予定、次の時間帯に移行」
「……ミリ、お前もかぁぁ」
俺は寂しく手を振った。
「じゃあね、アルくん!」
「また話そうな」
「アル、また」
3人はそれぞれ短く言葉を残して、部屋を出ていった。
バタン、とドアが閉まる音がして――
俺とサラだけが、広い部屋に取り残された。
……しーん
な、なんだこの空気……!!
静まり返った空間で、サラは窓際に立ったまま俺を見ていた。
その無表情な茶色の瞳が、じっと俺を射抜く。
やべぇ、緊張する……
「そんなに通信端末が欲しかったのか?」
サラの無感情な声が静かに部屋に響いた。
俺が部屋の隅でしょんぼりしていると、サラがすたすたと歩いてきて、俺の目の前に立った。
「理由を言え」
「えっ……」
俺は慌てて顔を上げた。
茶色の瞳が、じっと俺を見ている。
うわ……ち、近い……!
心臓がドクンと跳ねたのをごまかしながら、
俺はしどろもどろに言った。
「み、みんな持ってるし、レイたちと連絡取りたいし……ぐすっ……ぐすっ……」
わざとらしく鼻をすすりながら、必死で訴える。
そんな俺を見下ろして、サラは静かに言った。
「その相手は、私じゃダメなのか?」
「……は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
今、なんて……?
「どうして今日も、レイやリオを呼んだ?」
サラの声はいつも通り冷たいはずなのに――
ほんの少し、寂しそうに聞こえた。
あ……
俺はハッとして、すぐに言った。
「サラ……」
俺はポケットの中でギュッと拳を握ると、
まっすぐサラを見つめた。
「通信端末、やっぱりいらねぇ」
サラは一瞬だけ、まばたきをした。
「なぜだ」
「だって、これからもずっと一緒にいるんだろ?」
俺は、少しだけ笑った。
「だったら、俺、何でもサラに直接言うよ」
「……」
サラは、無表情のまま黙って俺を見つめる。
この沈黙が、なんだかすごくドキドキした。
「それにさ――」
俺は手を差し出した。
「日本には、約束する時のポーズがあるんだ」
「……約束」
サラが小さく、呟く。
「うん。こうやって、小指と小指を絡ませるんだ」
俺は自分の小指をサラに向かって立てる。
サラは少しだけ戸惑ったように、小指を差し出してくれた。
そっと小指と小指を絡める。
「でな、「指切りげんまん、嘘ついたら……」って続くんだ」
「嘘ついたら……?」
サラが首を傾げる。
「そう、嘘ついたら……の後は、サラが考えていいよ」
俺は優しく笑った。
サラはじっと考えるように小さな沈黙を置いて、すごく小さな声で続けた。
「……私の視界から、消える」
「……!」
不意に、胸がぎゅっと締め付けられる。
そ、そんな……
「そんなこと、絶対しねぇよ!!」
俺は即答した。
サラは無表情のまま、小さくうなずいた。
「おい、顔が真っ赤だ。どうした?」
サラが、首をかしげながら無表情で言った。
う、うわああああ!!
俺は慌てて小指を離し、顔を両手で覆った。
「な、なんでもねぇよ!!」
「理由を言え」
ズバッと返される。
無理無理無理!!
心臓バクバク言わせながら、俺は必死に首を振った。
「い、言えるわけねぇだろぉぉおお!!」
「なぜだ」
「なぜって……なぜってぇぇぇぇ!!!」
あまりの追及に、俺はぐらぐら後ずさる。
だってなぁ……サラと指切りして、その指があったかくて、しかもあんなセリフまで言われたら……
意識するなって方が無理だろぉぉおお!!
「アルト」
「な、なんだよぉ……」
「顔がさらに赤くなっている」
サラはまじまじと俺の顔を覗き込んできた。
だから、ち、近いんだっつーの……!!
「心拍数も、通常値を超過している」
「測るなぁぁぁあああ!!」
叫びながら俺は後ろによろけた。
サラは無表情のまま、首をかしげる。
「アルト、病気か?」
「違うわ!!」
顔面真っ赤のまま、俺は叫び返す。
あああああああ!!!もうダメだ!!!
「……アルト、休息が必要か?」
サラは静かに問いかけてくる。
その声音は冷たいはずなのに、どこかほんの少しだけ、心配してくれている気がして。
……マジでこの無自覚攻撃、反則だろぉぉお!!
俺はうなだれながら、「だ、大丈夫……」と蚊の鳴くような声で答えるしかなかった。
サラは静かに俺を見つめたまま、首をかしげた。
「……アルト、やはり休息が必要だ」
また名前。
また――本名で呼ばれた。
あれ……?なんか、さっきから違和感ねぇか?
今までほぼ、お前って呼ばれてた気がするんだけど……
今はずっと、アルトって――
ドクン、ドクンと心臓が騒ぎ出す。
や、やべぇ……これ……無意識か!?
俺はドキドキを抑えきれず、そっと声をかけた。
「……なぁ、サラ」
サラは無表情で俺を見つめたまま、淡々と答える。
「なんだ」
ああ、だめだ……その顔でそんな無自覚攻撃やめてくれぇぇぇ!!
「……さっきからさ……俺のこと、ずっとアルトって呼んでるよな?」
「当然だ」
「え?」
きょとんとした顔で、サラは続けた。
「指切りげんまんをした」
――あぁぁぁぁあああ!!!
一気に指先まで熱くなる。
そうだった。指切りげんまん。
サラと約束したんだ――。
……いや、でも!
「それ、俺が勝手にした約束だろ?」
俺は思い出しながら、慌てて言う。
「サラは……何か、約束したか?」
サラは首をかしげた。
「していない」
即答だった。
……だよなぁぁぁあああ!!!
俺の心臓がまた跳ねる。
つまり……俺だけが一方的に約束しただけで、サラは何もしてねぇってことかよ!!
サラは何も気にしていない様子で、また一言。
「だが、指切りげんまんは嘘をついてはいけない行為だと認識している」
「そ、そうだけどさぁぁぁ!!」
「だから、呼ぶ」
「いや、そんな単純な……!!」
俺は頭を抱えた。
……やべぇ、やっぱこの子、律儀すぎる……!!
「アルト、顔が赤い」
「うるせぇぇぇええええ!!!」
何度も顔を両手で隠す俺。
「隠す意味が不明だ」
「わかれよ!空気読めぇぇぇええ!!」
無表情で首をかしげるサラ。
……やばい、またかわいく見えてきた……
これ、絶対俺だけだよなぁぁぁあああ!!!
ドクドクと高鳴る鼓動に、 俺はまた、ひとりで勝手に苦しむしかなかった。




