02. 私の小さなドラゴン(2)
「メリ、遅いから来ないかと思ったけど、なんでこんなに遅いの?」
客室に着くと、先に来ていたビビアンが新聞を読んでいた。
「ごめんね、ちょっと寝坊しちゃったのよ」
恥ずかしそうにビビアンの向かいに座った。
「わぁ、思ったより広いね」
急いでいて見る余裕のなかった電車内が、ふと目に飛び込んできた。
新聞や写真でしか見たことがなかったので、すべてが新鮮だった。
「首都へ行っても、おしゃべりは控えたほうがいいわよ」
「そうなんか?」
「そう、そんな田舎臭い態度をとると、首都の人たちに騙されやすいんだ」
ビビアンが厳しそうな顔をして喰らうふりをしていると、その様子がかなり滑稽に見えた。
「ふふっ、わかったわ! 気をつけるわよ」
それでも不思議な気持ちを押さえるのは簡単ではなかった。
客室の中は噂通り、人が2~3人座れるくらいの大きさで、向かい合うように配置されていた。
「荷物は上に置いておいてね」
親切なビビアンの言葉に、ふと両手で持っていた荷物の存在が思い出された。
「そうだ、そうだ!さっきから気が抜けないわね」
ビビアンの言葉通り荷物を上に置くとふと、先ほど商人から購入した卵を思い出す。
それは龍の卵だった。
(念のため、バッグから取り出しておこう)
上げた荷物を元に戻し、慎重に中に入れていた卵を取り出した。
「その正体不明の荷物は何?」
やはり取り出すとすぐにビビアンの問いかけが聞こえてきた。
「うん、さっき駅の商人から買った卵だよ」
「卵?」
「うん、それもなんと「ドラゴンの卵」なのよ!」
メリは不思議な気分を隠せない様子で、自慢げに卵をビビアンに見せた。
「シーッ!」
ところが、ビビアンの反応がおかしい。急に慌てふためき、周囲を見渡すのでは?
「やれやれ!メリ、貴族でない者がドラゴンの卵を持つのは違法なのよ」
深刻な表情で小さく呟くビビアンの言葉に、メリは心配するなよと笑みを浮かべながら言った。
「あら、まさかこんな田舎の駅に本物のドラゴンの卵があると思ってるのよ。本物の卵なんて、どうせ鶏の卵だろうからあまり心配しなくていいわよ」
「...お前の言うとおりだ。 でも、龍の卵という言葉を口にするのも気をつけろよ、下手をすると竜騎士団に引きずり込まれかねないぞ」
ドラゴンという言葉自体に拒否感があるのか、ビビアンは辺りをぐるりと見渡し、不安を隠しきれなかった。
メリは小さくうなずいた。
ビビアンの性格からすると、冗談で軽々しく言う話ではないようだ。
「アドバイスありがとうビビアン、気をつけるわ。」
小さなアルを抱きしめ、席に座ろうとした瞬間だった。
遠くで見知らぬ雄大な音が聞こえてきた。
-ぷうう!
「竜騎士団だー!」
近くの車内からの叫び声を皮切りに、人々が一斉に車窓を開けて外を見始めた。
「これは何なの?」
驚いた様子もなく、ビビアンが窓を上げ空の片側を指差した。
「話しが終わった途端に現れたわね。メリ、あそこに竜騎士団が来たわよ」
ビビアンの言葉に、メリは近づき窓の外にそっと顔を出した。
広大な麦畑が広がる平原が見えた。 そして、その上にいくつかの巨大なドラゴンの姿が見えた。
巨大なドラゴンの上には、騎士と思われる人々が乗っていた。
「わぁ…!」
その姿は、まるでおとぎ話に出てくるような空を飛ぶ竜騎士-ドラゴンナイト-の姿だった。
「飛竜騎士を見るのは初めてだよね?」
横からビビアンが尋ねた。
「うん、村のハーマン卿を除いて、竜騎士を見るのは初めてだよ」
人々の視線はすべて飛んでいる飛竜たちに向けられていた。
すると、竜騎士たちのすぐ上に、雲に隠れていた巨大な飛空艇が姿を現し始めた。
太陽の光を反射して輝く飛空艇は、今まで見たどのようなものよりも華やかで壮大だった。
「皇室の飛空艇かな」
隣で一緒に見ていたビビアンが小声で教えてくれた。
皇室の飛空艇という言葉に驚き、メリは思わず大きな声を出してしまった。
「皇室⁉︎」
言い終わらないうちに、ビビアンは手に持っていた新聞を広げ、ページの一面を指差した。
「ここを見てよ、第2皇子殿下が東方巡幸を終え、帰国されると新聞に書いてあるわよ」
「そうなの?」
新聞には、今見ている飛空艇の写真とともに、第2皇子の帰国のニュースが掲載されていた。
「皇族は初めて見るよ….」
ぼんやりと再び窓の外の飛空艇を眺めながらつぶやいた。
しかし、ビビアンの冷静な言葉が続いた。
「敢えて言うなら、皇子殿下が『乗ってる』飛空艇を見てるんだけどね」
「…そうね」
あまりに現実的な言葉に、少し元気が抜けるのも束の間。
遠くの黒い竜騎士の群れの中で、ひときわ目立つ人物がいた。
それは赤髪の騎士だった。
(ん? まさか…)
まさか人を捕まえるなんて。
どこか見覚えのある赤髪に、さっきぶつかった少年を思い出した。
(きっとあの貴族も赤毛だったはずだ…)
考え込むのも束の間、赤毛の男が首を回してこちらを見ているような気がした。
(あれ、なんでこっちを向いているんだろう?)
錯覚だろうか。
一方、そうして窓の外を眺めていると、メリの腕に抱かれた卵から微かな動きが見えた。
しかし、皇室の飛空艇を見ることに夢中で、メリがそれに気づくことはなかった。
皇室の飛空艇を見るのも束の間。
メリは少し疲れた様子で席に座った。
「大丈夫?」
少し心配そうなビビアンの心配そうな声が聞こえてきた。
「あ、うん、思いもよらないことが続いたから、ちょっとびっくりしちゃったわね」
「そりゃそうだ。実際、あんなに皇室の飛空艇を見る機会はそうそうないんだ」
そうして、ビビアンと一緒にしばらくの間、席を外して皇室の飛空艇についておしゃべりしながら時間を過ごした。
◇◆◇
列車内で最も豪華な客室のドアの前で、年老いた執事が慎重にドアをノックした。
「入ってください。」
鈍い声が印象的な貴族の答えが終わると同時に、ドアが開いた。
「失礼します、男爵様」
部屋に入ってきた執事は、男爵の前にティーポットを取り出し、丁寧にお茶を注ぐと同時に、皇室の飛空艇のニュースを伝えた。
「先程、第2皇子殿下の皇室飛空艇が過ぎ去ったそうです」
「思ったより早く戻られたのですね」
客室に用意された豪華な椅子に座っていた男爵が答えた。
「どうやら、ローゼン公爵との交渉がなかなかうまくいかなかったようですね」
執事の言葉と同時に、男爵の手振り一つで茶器が浮かび上がった。
瞬く間に熱いアカシア茶の入ったカップが男爵の前に運ばれてきた。
まさに魔法だった。
「ボナマナしたものだ。第2皇子殿下特有の頑固さが通用するとは言い難い方ですからね」
氷で冷やしたお茶を飲みながら、男爵は執事を見つめた。
「ところで、頼まれたことは?」
「….」
男爵の問いに、執事は沈痛な表情を隠せずに答えた。
「今回も見逃してしまいました。申し訳ございません。男爵様」
「期待を裏切らないな。 あいつがそう簡単に捕まるわけがないだろう」
「…申し訳ございません」
「ヒルトン卿、君が謝る必要はない。 それにしても、まさか私が管理している卵を奪うとはな」
先日、彼が密かに管理している屋敷に大泥棒が入った。
そしてその屋敷の主は、マルトン男爵だった。
彼は帝国全土に広がるマルトン商団の主であった。
時折、皇室機関の依頼を受けて特定の品物を流通させることもあったが、その中には野生用の卵も含まれていた。
そして今回失われた卵も、野生で捕獲して管理していた卵だった。
フェアリ・ドラゴン。
帝国の首都の貴族社会ではペットとして飼育され、よく見かけるドラゴンの一つであった。
そのため、野生種の数が急激に減少し、現在は絶滅の危機に瀕していた。
現在は、研究目的でのみ、野生種の卵を合法的に捕獲することができるようになっていた。
しかし、ここに一つ大きな問題があったのだ。それは、途中で盗まれた卵だったのだ。
「うーん、かなり困った状況だ。 その卵が皇室に流れ込んでいたら、とっくに大騒ぎになっているはずだが、そうでもない」
帝国はドラゴンの国と呼ばれるほど、ドラゴンに対する管理が厳しい国だった。
ドラゴンを扱うには別途資格試験があり、許可された者だけがドラゴンを飼育することができた。関連する研究も許可された学者だけが可能だった。
つまり、一言で言えば、マルトン男爵は無許可で違法にドラゴンの卵を奪っていたのだ。
「ギルドからは何も言われなかったのか?」
事案が事案だけに、闇のルートまで接触した男爵だった。
「盗んだ泥棒が商人に変装したそうです。 聞いたところによると、ある若い女の子が卵を買っていったそうですが、本物の卵かどうかは確認が必要だそうです…」
不確かな情報に執事は言葉を濁した。瞬間、執事の言葉を聞いた男爵が目を輝かせ、尋ねた。
「…少女?」
「はい、茶色の髪に緑色の瞳を持つ普通の女の子だと教えてくれました。 見た目からして平民のようだそうです」
「…平民の少女か。よく見分ける必要がありそうだな」
そう言って男爵は紙を取り出し、何かをかき集め執事に渡した。
「これをギルドに届けてくれたら、報酬を上乗せする用意があるから、できるだけ早く知らせてくれとな」
執事は、男爵から渡された紙を畳みながら答えた。
「はい、男爵様。すぐに渡しますので、それでは失礼します」
すぐに客室から出て行く執事の姿を最後に、男爵は深い考えに耽っていた。
「平民の少女か…これさえうまくやれば、簡単に解決できそうだ」
◇◆◇
皇室の飛空艇が去るのを恐る、すぐに客室を訪れたフードカートの駅員におやつを購入したビビアンであった。
「本当に食べなくていいのかしら?」
美味しそうにお菓子を食べるビビアンを、メリはただ眺めていた。
「うん、おやつに使うお金はもう使い切っちゃったんだ。
「ええと、何に使ったの?」
ビビアンの質問に、彼女は抱きかかえた卵をちらりと見せながら、指を広げて数字の5を指差した。
「その卵が5クーパーだと?」
ビビアンはかなり驚いた様子だった。
「ーうん」
ビビアンは困ったように片手で頭を抱え、首を横に振った。
「本当にドラゴンの卵だと信じて買ったの?」
メリは目を細めながら、その真意を探るように尋ねた。
「まさか、ただの好奇心で買ってみただけよ」
「そのお金でお菓子を2袋くらい買えるお金って知ってるでしょ?」
「だから、しばらく飢えようと思って! ダイエットにもなるし、一石二鳥じゃない?」
天真爛漫な彼女の言葉に、ビビアンは言葉を失った。
「あーあ、本物のドラゴンの卵はないだろうけど、何が出るか分からないから気をつけなきゃね」
そう言いながら、ビビアンはハンカチの隙間から見える卵をじっと見つめ、もっともらしい推測をした。
「形からして、ヘビの卵じゃないかしら?」
ビビアンの言葉に、メリは顔を真っ赤にして反問した。
「えっ、ヘビ⁉︎」
「うん、形や大きさだけ見ると、たまに見かけるヘビの卵に似ているような気もするわね」
「うーん…やっぱりそうかな?」
少し残念そうな顔をしている彼女の様子に、ビビアンが口を開いた瞬間だった。
客室のドアをノックする音が聞こえた。
-コツコツ
二人の視線が同時に客室のドアの方を向いた。
客室のドアの前には、見知らぬ男性が笑顔を浮かべて二人を見つめていた。