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12. スクワイア試験(3)

「うわぁ、どうしよう?!」


閣下が領主様だったなんて。その事実を知ってしまった今、どう顔を合わせればいいのか不安でたまらなかった。


「どこかお加減でも悪いのですか?」

「だ、大丈夫だよ!」


隣でハンナがひどく心配そうに覗き込んできたが、体の状態は本当に大丈夫だった。ただ、悩みが増えただけなのだ。


「あはは、庭園がとっても素・敵・ですね」


景色が目に入っているのかも怪しい様子で歩いていると、腕の中にいたビビが急に飛び降りて先へと走っていった。


「ビビ?! どこに行くの」


慌てて後を追うと、すぐにビビの叫び声が聞こえてきた。


「ピィィィィ―!!!」

「ビビ?!」


ただ事ではない悲鳴に顔を強張らせて駆け出すと、そこには思いもよらない光景が広がっていた。


「……ん?」


一本の巨大な木の下に、白金髪の少年が寄りかかって座っていた。その少年の手の上に乗ったビビが、声を上げながら……。


ものすごく喜んでいた。


「……び、ビビ?」


戸惑いを隠せないメリが名前を呼んでみるが、ビビは少年の手の中で飛び跳ねるのに夢中だった。


「ん?」


ビビを眺めていた少年が顔を上げ、そこでようやくメリと目が合った。


(わぁ……)


驚くほどの美少年だった。 肩まで伸びた白金髪を綺麗に一つに束ねており、鮮やかなエメラルド色の瞳は神秘的という他なかった。 透き通るような白い肌に、リンゴのように赤い唇……。


(ちょっと、見惚れてる場合じゃないってば!)


あまりの美貌に呆然としていたが、慌てて首を振って正気を取り戻そうとした。しかし、少年の方が一歩早かった。


「……お前、竜?」


ビビを手に乗せたまま、少年がメリに向かって手を差し出しながら尋ねた。 少年の声もまた、外見を裏切らない美しい響きをしていた。


「うん、私のたった一人のパートナーだよ。ありがとう」


言葉の意図を汲み取ったメリが答え、少年から竜を受け取った。


「ピィ……」


ビビは名残惜しそうに鳴いた。


(もう! 困った子なんだから)


「お前、誰?」


半ば呆れながらビビをあやしていると、少年の問いかけが続いた。


「私?」


自分を指差したメリは、どう答えるべきか困り果てた。


「ええと、私はその……?」


(なんて言えばいいの? 伯爵家の客? それとも……)


どう説明すべきか悩んでいると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「不審者だ」


―コツ、コツと。


庭の林를 横切って現れたのは、赤髪の少年。 メリがまだ知らない、これから対決することになる相手―ライゼンだった。


「うっ……?!」


唐突な物言いに腹を立て、ライゼンに言い返そうとした瞬間だった。


「余裕だな」


ライゼンの無関心な視線が、メリの腕の中のビビをかすめた。


(うっ、何も言い返せない……)


図星を突かれ、メリは黙り込むしかなかった。確かに、今の自分はのんびり散歩を楽しんでいたのだから。


「いえ、ちょっと散歩をしていただけです……か?」


相手が貴族であることを思い出し、慌てて敬語を付け足した。


「……ちっ」


不機嫌そうなライゼンの視線に思わず身を縮めていると、遅れてハンナが駆けつけてきた。


「お嬢様、どちらに……ライゼン様?」


ハンナの目の前には、予想外の光景が広がっていた。伯爵の甥であるライゼン様はもちろん、白金髪が印象的なローゼン公爵家の末息子、レン様までもが揃っていたのだ。


「レン様もいらしたのですね。ご無沙汰しております」


ハンナの丁寧な挨拶に、レンと呼ばれた少年も小さく頷いて応えた。


「……ここで呑気に遊んでいる暇などあるのか?」


ライゼンの指摘が飛んだ。


「……?」


さっきから何を言われているのか分からず首をかしげていると、隣で躊躇っていたハンナが口を開いた。


「あの、メリお嬢様。その……十五日後に、ライゼン様との対決が執り行われることになりました」

「……はい?」


どういうことだろう。 初耳だった。自分の知らないところで、一体何が起きているのか。


「……ん?」


レンと呼ばれた少年の瞳にも、わずかな好奇心の色が浮かんだ。


「……はぁ、まだ教えてすらいなかったのか」


ライゼンの不満げな視線がハンナに向けられた。


「……そ、その、お怪我がまだ完治していなかったので、明日お伝えする予定でした」

ライゼンの顔色を窺いながら、ハンナが申し訳なさそうに答えた。 ハンナの言葉が終わるやい나や、ライゼンがメリに向かって一歩踏み出し、至近距離で顔を止めた。


(近すぎる!)


「お前、スクワイアになりたいと言ったな? ならばその前に、俺に勝ってみせろ」


吐息が触れるほどの距離で、ライゼンは淡々と宣戦布告を告げた。


「行くぞ、レン」


ライゼンが背を向けると同時にレンを呼び、二人は庭園から出ていった。


「……はぁあ?!」

「ピィッ?!」


ようやく我に返ったメリが呆然と立ち尽くしていると、近くに寄ってきた無表情なレンが、興味深げな瞳でメリを見つめていた。


「お前、興味」

「……え?」

「訓練、手伝う」


じっと見守っていたレンが、唐突に提案してきた。


「訓練を、手伝ってくれるの?」

「うん」


メリは不審げな表情で、レンの真意を読み取ろうとじっと見つめ返した。


(どうして助けてくれるんだろう? ライゼンと知り合いみたいだし……)


「うわっ!」


その時、強い風が吹き抜け、花びらが舞い散った。 眩しさに目を細めていると、レンの冷たい指先が触れた。


(手が……冷たい……)


まるで氷に触れたような感覚だった。メリの頬についた花びらの破片を取ってやりながら、レンが条件を提示した。


「代わりに、小さな、竜、散歩」


風が止み、目を開けたメリの視界に、陽光を浴びて輝くレンの姿が真っ先に飛び込んできた。光에 透ける 絹のような 淡い金髪と、北国の 雪景色のように 冷ややかで 澄んだ 青緑の 瞳が、ひと際 美しく 見えた。


そして、そんなレンの無機質な視線は、目を丸くしているビビへと向けられていた。


「……つまり、ビビとお散歩をしたいってこと?」

「うん」


短く明快な答えだった。


「いいよ。ただし、ビビが望むならね」


ビビの意志が何よりも重要だったため、メリも条件を出した。


「うん。明日。演習場。朝九時。じゃあ」


言うべきことを終えたレンは、ライゼンが去った方へと歩いていった。


―へなへなと。


再び緊張が解けたメリは、その場に座り込んでしまった。


(心臓が止まるかと思った……)


激しく刻まれる鼓動を感じながら、メリは不意に流れ出した鼻血を押さえた。


「ひぇっ! お嬢様、大丈夫ですか?!」


横で見守っていたハンナは、メリが血を流しているのを見て大慌てで駆け寄ってきた。 その間、小さな影が静かに庭園を抜け出していった。


「早く屋敷に戻りましょう!」


ハンナが急いでハンカチを取り出し、メリの鼻を止血した。二人が慌てふためいている隙に、姿を消したビビに気づくこともなく、メリはハン나に支えられて屋敷へと向かった。本当に、怒涛の散歩だった。


◇◆◇


「遅かったな」


広い演習場の一角で訓練道具を整えていたライゼンの後ろに、遅れてきたレンが立っていた。


「そうかな」


無関心に応じるレンに向かって、ライゼンは手に持っていた練習用の木剣を放り投げた。


「手合わせ、するか?」


軽々と木剣を受け止めたレンが、瞳を輝かせてライゼンに問いかけた。


「ああ」


ライゼンの言葉が終わるやいなや、レンが先に演習場の端へと移動した。


「いいよ」


いつの間にか静まり返った演習場の両端に、二人の少年が向かい合って立っていた。 先に動いたのはライゼンだった。


―ガキィィン!


剣と剣が激しくぶつかり合い、金属音が演習場に響き渡った。


「残って、何を話していたんだ?」


互いの剣を押し付け合う状況で、先に口を開いたのはライゼンだった。


「んー、別に?」


レンは他愛もないことだと言わんばかりに答え、攻撃を受け流した。


―シャリィン!

受け流した直後、すかさずレンの反撃が始まった。


「訓練を手伝ってやるって、言っただけだよ」


レンの言葉が、珍しく長くなった。


「はっ、お前がか?」


ライゼンは攻撃を一つずつ凌ぎながら、隙を窺った。


―ヒュッ


ライゼンの攻撃を後ろに下がってかわしたレンが、構えを直して言った。


「噂になってるよ、ライゼン。お前と対決するっていう話がね」


服についた埃を一度払い、レンは剣を握り直した。


「……だから何だ?」


理解しがたいことを聞いたかのように眉をひそめ、ライゼンが疑問を呈した。


「そのおかげで、同情が少し混じってね」


剣を突き立てたレンの姿が、日差しを受けて際立って美しく輝いた。


「まあ、実際興味深いだろ?」

「……」

「叶わぬ夢を見るっていうのがさ」


レンの言葉が終わるやいなや、その剣身に淡いマナが宿り始めた。


「それに、あのちび竜。可愛かったし」


どうやらそちらが本音のようだった。見かけによらず、いや、見かけ通りというべきか。 レン、レオナールは案外可愛いものに目がなかった。


「……お前、まさか……」


レンの悪趣味をよく知っているライゼンの表情が、微かに深刻になった。


(あの小さな竜、ビビと言ったか。危険だな)


決して愉快ではなかったが、あの「そばかす」に一言忠告してやらねばとライゼンは思った。 険しい表情のライゼンとは対照的に、レンは余裕の笑みを絶やさず剣を構えた。


「あ、剣気を使うのは反則かな?」


事もなげに言うレンの姿は、どこか無邪気に見えた。


「構わん」


ライゼンの剣先からも魔力が溢れ始めた。穏やかに輝く、黄金のマナが。


―ヒュォォォォ


演習場の空気が一瞬にして変わった。 張り詰めた緊張感が二人を押し潰そうとした、その時。


―ガサッ!


演習場の一角にある茂みから、小さな気配が感じられた。


「ん?」

「……ん?」


気配のした方へ、二人の視線が向けられた。 茂みがガサガサと揺れ動き、その間からとても小さな尻尾が飛び出した。


―ピョコン!


それが合図だったかのように、ついに小さな竜の頭が現れた。


―ピョコッ!


若草のような緑色の瞳が輝いた。


「ピィー!」


フェアリードラゴンのビビだった。

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