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11. スクワイア試験(2)

「ビビちゃ~ん」

「ピィイイ~!」


メリはビビと一緒に平和な時間を過ごしていた。 まだ大きな壁が残ってはいるものの、スクワイア(従者)になれるかもしれないという喜びに、昨日から一日中ずっとにやにやと笑みがこぼれていた。


「そんなに嬉しいんですか?」


 傍らではハンナが、外出の準備を甲斐甲斐しく手伝ってくれていた。


「うん! スクワイアだもん!」


ベッドに寝転んでビビをあちこち放り投げながら遊んでいたメリが、勢いよく起き上がった。


 ―ガバッ!  


こんなことをしている場合じゃない!


「ねぇ、あの赤髪の坊ちゃん……ええと……」 「ライゼン様のことですか?」

「うん! どこにいるか知ってる、ハンナ?」


いつの間にかハンナの頼みで、メリは彼女に対してタメ口で話すようになっていた。


「ふふ、他の侍女たちから聞いた話では、他の若様方と一緒に演習場の方にいらっしゃるとか」

「演習場?」

「はい、騎士様たちが訓練をする場所のことです」

「ほうぉぉ!」



騎士の訓練場所という言葉に目を輝かせたメリが、両手をぎゅっと握りしめて潤んだ瞳でハンナを見つめた。


「ハンナぁ~」

「ピィ~」


メリの行動を真似するように、ビビも小さな前足を合わせて鳴き声を上げた。

二人の(一人と一匹の)あざといほどのおねだり攻撃に、ハンナは思わず顔を覆ってしまった。 特にビビの愛くるしい仕草は、まさに致命的な可愛さだった。


「こほん。……ですが、まだ動いてはいけませんよ! 絶・対・安・静です」


昨晩、伯爵の配慮により、邸宅のお抱え医師がメリとビビの状態を診てくれた。 かなり回復してはいるものの、あと二, 三日は静養が必要だという診断だった。 メリの専属侍女となったハンナは、医師の指示を忠実に守っていた。


その一方で、使用人たちの間でメリに向けられている冷ややかな空気も察していた。特に専属侍女である自分への当たりも、決して良いとは言えなかった。


『使用人の地位は仕える主人の地位に従う』という格言を、彼女は初めて身をもって実感していた。些細な肩のぶつかり合いから、大量の雑務の押し付けまで。


(はぁ……)


担当するレディは邸宅の険悪な空気など露知らず、のんきに喜んでいるので、心配が尽きなかった。


(まだ耳に入っていないようですが……)


ライゼン様と伯爵の会話は、すでに邸内中に広まっていた。他でもない、メリの『スクワイア資格試験』が行われるという内容だ。 中級侍女であるラエル様の助言通り、今は口を閉ざしてはいるが、不安が消えることはなかった。


「ねぇ~お願い、ハンナ~」

「ピィイイ~ピィ~」


 似た者同士の飼い主と竜である。どうしてこうも行動がそっくりなのか。その愛らしい姿に、ハンナはついに吹き出してしまった。


「ふふっ。……わかりました。周辺の庭園を散歩するくらいなら大丈夫でしょう」

「庭園?!」


初めて聞く場所に興味を惹かれたのか、メリの瞳がさらにキラキラと輝いた。


「はい。伯爵邸の庭園は、非常に美しいことで有名なんですよ」 「わぁ、庭園! 本でしか見たことない!」


いわゆる大衆小説の中でしか接したことのない場所だった。


「本当に噴水とかあるの?」

「ええ、南部のバイエルン侯爵家から贈られた、美しい人魚の彫刻の噴水がございます」

「に、人魚?!」


童話の挿絵でしか見たことのない人魚の噴水。好奇心を抑えきれなくなったメリは、ハンナを急かして庭園へと向かった。


◇◆◇


「わあああ!」

「ピャあああ~!」

 

まさに『この主にしてこの竜あり』。庭園に到着したパートナー二人は、まったく同じ表情で驚嘆の声を上げた。


「本当に素敵でしょう?」

 

先導していたハンナが、どこか誇らしげな表情で庭園を紹介した。  ハンナの言葉通り、庭園は幻想的だった。 色とりどりの美しい花々が咲き乱れ、手入れの行き届いた端正な雰囲気が漂っている。


特に数ある花の中でも、ひと際華やかに咲き誇る『青い薔薇』が目を引いた。


「伯爵邸の自慢、青い薔薇でございます」


ハンナの説明によれば、伯爵閣下が長年の投資の末に品種改良に成功した薔薇だという。


(おかしいな。これ、私の隣の村の特産物のはずだけど……?)


メリの故郷は小麦農家だったが、小さな森を抜けた先にある隣村では花を育てていた。青い薔薇は、その隣村の特産として有名だったのだ。メリの疑問を抱くやいなや、ハンナの補足説明が続いた。


「アリスタ伯爵家は、東部で最大の平野地帯の半分を領地として所有しており、主に小麦などの食料を生産する一方で、一部の土壌では花卉類も育てているのです。」


ハンナの説明をじっくり聞いていたメリの思考が、その瞬間ピタリと止まった。 あまりにも聞き覚えのある名前を耳にした気がしたからだ。


「……え? ちょっと待って。……アリスタ、伯爵家?」


いつの間にか歩みを止めたメリを不思議に思い、ハンナが振り返って尋ねた。


「はい、アリスタ伯爵家でございますが。どうかなさいましたか、お嬢様?」


心配そうに覗き込んでくるハンナだったが、メリの目には入っていなかった。


(……お、終わった……)


なぜ今まで気づかなかったのか。  メリが住んでいた故郷の地の主。そして、メリを助けてくれたあの伯爵様こそが。滅多にお目にかかれないという……本物の『領主様』だったのだ。


◇◆◇


「いやはや、まさかあのお嬢さんの頼みをそのまま聞き入れるとは」


アリスタ伯爵の執務室。実務に没頭していた伯爵に、補佐官のラウルが歩み寄った。


「……」


伯爵はラウルに目を向けることもせず、仕事を続けている。


「ちょっと言ってみただけだったんですがね。一体何を考えていらっしゃるんですか、我らが閣下は?」


ラウルは含みのある表情で伯爵を観察し、回答を待った。だがその待ちぼうけを食らわせるかのように、伯爵は羽根ペンを走らせるばかりで、望む答えが返ってくる気配はなかった。


「……業務は終わったのか?」


長い沈黙の末、ようやく伯爵の重い口が開いた。  伯爵はかけていた眼鏡を少しずらし、ようやくラウルへと視線を向けた。


「もちろんです。完璧に片付けておきましたよ」


大げさな仕草で一礼したラウルが伯爵に歩み寄り、懐から書状を取り出した。


「例の裏帳簿です。派手にやってくれていましたよ」


ラウルから受け取った書状を伯爵が広げ、内容を確認している最中、ラウルの報告が続く。


「ああ、そういえば。あの男爵、死体で発見されました」 「……?」


書状に目を落としていた伯爵の顔が、ラウルを向いた。  先を促すような視線だ。


「見事に首が跳ね飛ばされていました」

「……犯人は?」

「さあ、わかりませんね。確かなのは、あの腕前なら皇室騎士団でも滅多にいないレ

ベルの達人だろうということくらいですか。あまりにも鮮やかすぎて、逆に絞り込みやすいですよ」


「……お前の見立てはどうだ?」

「おっと、私の情報はそう安くはありませんよ、伯爵閣下」


舌打ちした伯爵が、引き出しから小さな宝石を取り出してラウルに投げつけた。


「おほぉ、なかなか良い輝きだ。上等品ですね」


それは魔石だった。すぐさま魔石を口に放り込んで噛み砕き始めたラウルが、もぐもぐと咀嚼しながら答えた。


(今回のは酸味があるな……)

「あの実力なら、どう見ても皇室騎士団級です。騎士団と密接な勢力を持つ第一皇子か第三皇子側の人物ではないか、と推測しているところです」

「やはりそうか」


現在の帝国の情勢は、極めて複雑だった。現皇帝は皇后を置かない代わりに、各地域の有力家門から計四人の皇妃を娶った。正式に即位した年、精力的な皇帝は四人の皇妃をほぼ同時期に懐妊させ、四人の皇子を授かったのである。


皇室の法上、庶子や私生児は皇位継承権を持てない。継承権を主張できるのは、正式な妃の所生のみだった。皇宮をはじめとする首都では、皇妃たちが『次期皇后』の座を巡って熾烈な争いを繰리広げた。


同年代の皇子が四人もいたため、出身地の異なる四人の皇妃たちは、それぞれ東部、西部、南部、北部の貴族を糾合し、巨大な勢力を形成し始めたのだ。 そこに四人の皇子たちが加わったことで、帝都は一日として静かな日のない紛争の地と化した。


皇帝は皇妃以外にも数多くの後宮を置いていたが、その四人の皇子以降、後継ぎが生まれることはなかった。しかし、たった一度だけ例外が起きた。


『第五皇子の誕生』


皇妃たちの勢力均衡がようやく保たれ始めた時期のことだ。皇帝の五番目の息子が生まれた。皇帝の子を産んだのは、皇帝が寵愛した身分の低い侍女でも、舞姫でもなかった。高貴な血統を持つ『侯爵』が産んだ息子だったのだ。


さらに、皇帝が幼馴染であったその侯爵を皇后に冊封するという噂が流れ始めた。これに対し、各皇妃の家門は阻止せんと侯爵への謀略を巡らせたが、結局、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまった。


帝国で最も裕福とされる南部アルゼン公爵家出身の第三皇妃が主導し、侯爵に反逆罪を着せたのである。それに同調する他の皇妃たち。事実上、『四大公爵家 vs 侯爵家』の戦争だった。


アルゼン公爵家は領地戦という名目を掲げて先陣を切った。そして、誰もが特別な後ろ盾のない侯爵が生き残るとは思っていなかった。だが、最後に勝利したのは意外にも侯爵だった。


少数精鋭の私兵だけでアルゼン公爵家へと乗り込んだ侯爵は、そのまま皇妃の兄であった公爵の首を刎ね、アルゼン皇妃へと送り届けたのである。『不要な戦利品である』という書き置きと共に。


◇◆◇


「侯爵閣下は、相変わらず沈黙を貫いていらっしゃるのですか?」

いつの間にか魔石を味わい尽くしたラウルが、伯爵の思索を破った。


「姉上は……相変わらず蟄居ちっきょ中だ」


「ふーむ、困りましたね。従弟に厄介者たちを押し付けて自分は行方をくらますとは。……ましてや最近は牽制も激しいでしょう?」


侯爵の勝利により帝国は混乱に陥り、結局、アルゼン家は侯爵の影響下に置かれることとなった。その時になってようやく皇帝が事態の収拾に乗り出した。


皇帝はこれ以上の紛争を防ぐため、侯爵と四大公爵家にある提案を行い、各皇妃と家主たちは泣く泣くそれを受け入れた。そして現在、その提案によって公爵家の息子たちがこの伯爵邸にいた。


人質兼、後継者として。

久しぶりの更新です。完結まで一気に走り抜けるつもりですので、お付き合いいただければ幸いです!

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