エピソード2
そのまま約1ヶ月が経過した。いつも笑顔で紳士的にふるまい、暇さえあれば雑用をこなしているネロは、メイド達のアイドルになっていた。常に胡散臭さしか感じていないローサにとって、メイド達の反応は意外だった。
確かに、メイドと話しているところをよく見かける。ローサを相手にする時と同様、相手をまっすぐ見て話すことはなかった。
「ダナ!ブランシェはどこ!?」
礼儀作法の授業が終わり、部屋に戻ろうと歩いていたローサは、大ベテランメイドのポーラが大声を張り上げているところに居合わせた。
「旦那様のベッドシーツを変えに行って、なかなか戻ってこないのよ」
「たまたま通りかかったネロさんと二人で旦那様のお部屋に入ったところまでは見ましたが、その後は見ていません。あの子、お嬢様の授業中、手が空いているネロ君と一緒にいることが多いようです」
「最近メイド達がネロ君に浮かれていることは仕事に差し障りなければ見逃すわ。ただ、あの子は特にひどい!見かけたら私が呼んでいたって伝えて!ネロ君も同年代の女の子だから話しやすいのかもしれないけど、自分も仕事中でしょう。大体ね…」
鬼の形相とはこのことだ。ポーラはダナにグチグチ文句を言っているが、ローサはこれ以上聞きたくなかったため、足早に部屋へ戻った。数分後にネロが部屋を訪れた。走ってきたようで息が乱れている。
「お嬢様、授業が終わった後はお迎えに参ります。その場でお待ち下さい」
「屋敷の中なのよ。お父様が信頼している方しかいないわ」
「お嬢様は危機感がなさすぎます。先日のパンプロナ商の事件を思い出して下さい。窓を数センチ開けた直後に頭を撃たれています。飛び道具を使われたら外部からでも殺されます。私がいれば盾になれますが、いなければお嬢様に当たり、下手をすれば即死です」
「そう。以後気を付けるわ。でも、貴方もブランシェとおしゃべりしていないで私の用事が終わるとほぼ同時に迎えに来なさい」
「…善処します」
これ見よがしにネロが大きなため息をついた。なんとなく腹が立ったので、意地悪しようと話題を変えた。
「ところで、いつも思っているけど、そんなに前髪が長くて左側は見えているの?左から攻められたら一巻の終わりじゃない」
「子供の頃からこの髪型です。もう慣れています。気にしないで下さい」
ネロの顔が引きつったような気がした。やはり左目については触れられたくなかったのだろう。ローサはそれ以上何も言わず、本棚から本を取り出し、テーブルに座った。ネロが部屋にいるときは、席に着くようにしたのだ。
読書に没頭しているローサは気づいていなかったが、ネロのいつもの笑顔が消え、彼女をじっと見つめていた。