エピソード1
高級住宅地内でも一際大きな、小さめの城と勘違いしそうな屋敷。豪邸と広い庭のある外観だけではなく、室内も成金とアピールしている派手なこの屋敷に勤めている2人のメイドが、朝からうわさ話をしていた。
「パンプロナ商って、コールマン様の会社とも取引していたみたいよ」
この屋敷に2年程勤めている20代半ばのメイドのダナが、半年ほど前に入職した後輩のブランシェに話を振った。2人とも雇い主であるコールマンのベッドシーツを変えに行く途中だ。
「聞きました。あんな大企業が旦那様の会社と取引しているのだろうと思っていたら、闇取引していたからですね」
「旦那様のことだから、騙されて知らない間に密輸に参加させられていそう」
「ありえそうですね」
雇い主の悪口で盛り上がっているメイド達は後ろにいる、ピンク色にも見える金髪ロングヘアの少女に気付いていなかった。
「……」
上質な白いブラウスにネイビーのミモレ丈スカートを穿いた少女は、自分の部屋のシーツも買えるようお願いしようとしていたが、今の話で気分が悪くなり、他のメイドに頼むことにした。
「何よあの人達」
少女の名はローサ・コールマン。ヴァイオレットの瞳とストロベリーブロンドのウェーブヘアが特徴的だ。彼女はこの屋敷の一人娘である。
(お父様が頼りないのはわかっているけれど、屋敷で話題にしなくったっていいじゃない)
手の空いているメイドをぷりぷりしながら探していると、執事に声をかけられた。父であるコールマンが、ローサを捜しているという。自室にいると伝えられ、ローサはそこへ向かった。
コールマンの部屋の扉をノックし、返事を待って開ける。父・コールマンと共に見たことのない黒いスーツの青年が立っていた。細身で中背、顔は人並みか中の上。青白い肌を除けばどこにでもいそうな青年だが、左右目の色が違う。右目は真っ黒な髪の色と似た黒い目だが、左目が血のように赤い。隠すように前髪を左側に流しているため、はっきりと見えなかった。
青年はローサを見るなり笑顔で挨拶をした。笑顔なのに、こちらをまっすぐ見てはいない。若干左を向いている。そちらの方向には壁しかない。
「はじめまして。ネロと申します」
胡散臭い笑顔、とローサは思った。
ネロは自己紹介以外特にしゃべらず、即座に任務に就いた。とはいっても部屋の中で何をするでもない。話しかけてこないだけまだ荷が重くない。
部屋の中では自由行動なので、ローサは天蓋付きのキングサイズのベッドに寝転んで読書に没頭した。本を読み終えて起き上がると、部屋にある大理石のテーブルに腰かけたネロがこちらを見ていた。
「お嬢様、お行儀が悪いです。目にもよくありません」
「誰かが見るわけじゃないし、いいじゃない」
「私が見ています」
言い返そうとしたローサに、ネロはさらに続けた。
「目はとても大切です。手元灯を用意してきちんと席に座ってください。目が悪くなってしまったら、後悔しかしませんよ」
先ほどの胡散臭い笑顔が嘘のように真顔になっている。その鬱陶しい前髪の方が目に悪そうだが、赤い目がちらりと見えてやめることにした。彼には彼の事情があるのかもしれない。
善処すると返事をすると、ネロは初対面時と同様の胡散臭い笑顔に戻った。
ボディガードの名前通り、ネロは基本的にローサの傍にいた。とはいえども、学校と同じくらい家庭教師による勉強の時間があるため、その際に姿を消していることもあるし、一緒に入浴するわけにはいかない。それが彼の休憩時間だろう。現に授業後に合流すると入浴後だったり着ているスーツが変わっていたりしていた。
眠る部屋も同じだ。若い男女を同じ部屋に放り込むコールマンに呆れるが、何の気も起こさずにベッドサイドで座って任務を続けるネロも大概だ。
ずっと沈黙している気まずい空気に耐えられず、少しだけ雑談を試みたが、彼の年齢しか聞き出せなかった。ネロはローサの2歳上の19歳だった。最初は特に気にならなかったが、同年代と生活を共にしている事実に、ローサは緊張してまともに眠れなかった。
私を仕事の道具としか見ていないのだろうか、男が好きなのか。どのみちあまりいい気持ちがせず、ローサは深いため息をついた。