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初めてのクエスト

 さて、お城でそんな陰謀が進行しているとは、つゆ知らず、ナロー姫は従者シールズと共に、冒険者としての活動をスタートさせようとしていました。 

「へっぽこ亭」で一泊した翌朝、早起きしたナロー姫とシールズは、まずは食堂へ行き、そこで、グレンダおばさんが作ってくれた朝食をお腹いっぱい食べました。

それから厩舎から馬を出すと、それに乗って二人は、意気揚々と宿屋を出立しました。

二人の目的地は「へっぽこ亭」から少し離れた場所にある、国境近くの大きな森でした。

シールズが言うには、この森は冒険の初心者が経験を積むのには、最適の場所との事でした。

昼なお暗きこの森は、多くの魔物の住処でしたが、森の奥深くまで入らなければ強力な魔物は出現せず、森の入り口付近に現れるのは最弱に近いモンスターばかりなので、ナロー姫にはちょうど良いと、シールズは考えたのでした。

馬に乗った二人はくつわを並べ、鬱蒼と茂る木々の間を、ゆっくりと慎重に進みます。

さすがのナロー姫もちょっと怖いのか、隣で馬を並べて自分に付き従う、護衛騎士シールズの方を、チラチラと横目で見ています。

すると、そのシールズが何かに気付いたのでしょうか、馬上でスッと片腕を上げると、前の方を指差して言いました。


「見て下さい、姫様。獲物が現れましたよ」


彼の隣で仔馬に乗るナロー姫が、驚いて前方を見ると、二人の進行方向、森の奥へと続く木々に挟まれた一本道の真ん中に、両手を広げたくらいの大きさの、丸くてプヨプヨとした青っぽい半透明の物体が、まるで地面にへばりつくみたいに横たわっていました。


「姫、あれが、かの有名なスライムですよ。さあ、やっつけちゃって下さい」


シールズが、ナロー姫をせっつきます。

しかしナロー姫は、シールズの指示を受けても、どうすれば良いのか判らず戸惑うばかりです。


「あ、あれがスライム。ゲームやラノベに、よく出てくるモンスターですわ。で、でも、一体どうすればー」


彼女の隣で軍馬に跨るシールズは、馬上で激しく腕を振って、ナロー姫に指示を出します。


「何でもいいから攻撃するんです。魔法でも武器による直接攻撃でも、どちらでもいいです。いくら姫でも、あいつにだったら、必ず勝てます。そうすれば、経験値が入って、能力のレベルが上がり、いずれはもっと強いモンスターとも戦えるようになります」


「わ、わかりましたわ」


ナロー姫はシールズにうながされ、仔馬を駆って、地面に横たわるスライムの方へと、そっと近づきます。

シールズは後方から、ナロー姫の様子をじっと見ています。

スライムの前まで来たナロー姫は、仔馬に乗ったままで、手にした魔法の杖を両手で大きく頭上に振り上げると、それでスライムを打擲する構えを取りました。

振り下ろされた魔法杖の一撃で、スライムのゼリー状の身体は跡形も無く四散するはずです。

ナロー姫は目標であるスライムの丸っこい姿を、馬上からじっと見つめます。

そして、力を込めて、杖を打ち下そうとしたその時ー。

青く半透明なスライムの身体に、二つの丸い目が浮かび上がりました。

そのつぶらな両眼は、ナロー姫の顔を無邪気に見つめ返します。


「・・・」


上段に振り上げたナロー姫の杖が、力無く下に落ちます。

背後で馬に乗り、ナロー姫を見守っていたシールズは、びっくりして彼女に声をかけました。


「どうしました、姫!?早くしないと、逃げられます!」


ナロー姫が答えます。


「・・・出来ません」


「へ?」


馬上で、素っ頓狂な声を上げるシールズ。


「可哀想で出来ませんわーっ!!!」


ナロー姫の悲痛な叫びが、静かな森に響き渡ります。

その瞬間、シールズはガクリと大きくのけぞり、危うく落馬しそうになりました。


それからしばらくして、森からトボトボと引き返してくる、大小二つの馬影がありました。

それはもちろん、それぞれが馬に乗ったナロー姫とシールズでした。

結局、彼らは一匹も魔物を倒す事が出来ませんでした。

仔馬に揺られながら泣きベソをかき、シールズに不満をぶつけるナロー姫。


「こんなの、おかしいですわっ!罪も無い生き物を殺さなきゃ、レベルが上がらないなんてー。人間のエゴですわ!!」 


一方、彼女の隣で軍馬に乗るシールズも、ぐったりと疲れている様子でした。

ナロー姫に反論する元気も無く、言葉少なに彼女に言いました。


「とにかく、今日はもう、宿屋に帰って休みましょう。明日、また仕切り直しです。別のクエストに挑戦しましょう」


「うう〜っ、わかりましたわ」


泣きベソをかきながら、返事をするナロー姫。

彼女の冒険者としての前途には、早くも暗雲が立ち込めて来た様でした。

「へっぽこ亭」に帰った二人は、その晩は食事と入浴を済ませた後で、早めに就寝しました。

翌日の新たなクエストに、備える為です。

さあ、果たして今度はうまくいくのでしょうか?



翌日の朝、二人はまた早起きし、グレンダおばさんの作ったご飯をお腹いっぱい食べた後、昨日とは別の方向へ、馬に乗って出かけて行きました。

一晩ゆっくり休んだおかげで、ナロー姫は再び元気を取り戻していました。

仔馬に乗って身体を揺らしながら、隣で大きな軍馬に跨って付き従う、シールズに向かって尋ねます。


「今日はどうするんですの?モンスター退治とは、別のクエストなのですか?」


軍馬に跨るシールズは答えます。


「今日は、薬草を取りに行きます。これなら戦う必要は無いし、第一、安全です。出来る事から始めて、コツコツとスキルを上げましょう」


ナロー姫も、馬上でコクリと頷きます。


「わかりましたわ。地道に一歩ずつですわね」


どう見ても戦いには不向きなナロー姫に、いきなりモンスター退治をやらせたのは先走り過ぎだったと、シールズは反省しました。

ですから、まずは安全で簡単な薬草取りを姫にやらせて、少しでも自信をつけさせようと思ったのでした。

小さな成功体験を積み重ねて自信をつければ、いずれは大きな困難にも打ち勝つ、強い精神力を身につける事が出来ると考えたのです。

そんな訳で二人は、薬草を取りに行くクエストを、はりきって開始したのでした。

ちなみに、目標の薬草は高い山の中や岩場に生えており、そこまで馬に乗って行くのは不可能だったので、彼らはふもとの農家にいったん馬を預けてから、徒歩で山を登り始めました。

温室育ちのナロー姫にとって、急な山道を歩くのは、かなり大変だったのですが、彼女はここが踏ん張りどころだと考え、必死に頑張りました。

ところがー。

二人で山の中腹まで登り、涼しい木陰で寝転びながら休憩していた時の事でした。

なんと、シールズがついウトウトと居眠りをしている間に、彼の傍らに居たはずのナロー姫が、突然いなくなってしまったのです。

実はナロー姫は、シールズが寝ている間に、目の前に飛んで来た綺麗な蝶を見ると、それをフラフラと追いかけて、深い山奥にまで入り込んでしまい、とうとう迷子になってしまったのでした。

シールズが目覚めた時には、周りにナロー姫の姿は無く、付近一帯を懸命に捜しても見つかりません。

結局、翌日の昼過ぎにナロー姫は、必死に彼女を捜していたシールズによって、山奥で動けなくなり、木の根元で泣きベソをかいている所を発見されました。 

歩き疲れたナロー姫は、自力で立つ事も出来ず、泣きながらシールズにおんぶされ、やっとの事で下山したのでした。

もちろん、お目当ての薬草を、手に入れる事は出来ませんでした。

こうしてナロー姫は、またしても大失敗してしまったのです。


[続く]









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