魔女の裏切り
さて、いよいよ冒険者としてスタートを切ろうとしているナロー姫でしたが、一方、彼女のホーム・グラウンドであるカスニート王国のお城では、ダダ王子によるクーデター計画が着々と進行していました。
城内の隠し部屋で真夜中に行われる、クーデターの賛同者たちによる密会の参加者の数も徐々に増え、今やその勢力を持ってすれば、クーデター計画の成功は確実かと思われました。
彼らの中には、現役の大臣や軍の指揮官、更には国王の親族である有力な大貴族もいました。
そして今宵も、彼らの秘密会合が、お城の奥まった一室で行われようとしていました。
その集会場になっているのは、お城の奥の目立たない所にある一室で、知る人も少ない、いわば隠し部屋の様な場所でした。
数十人入ればいっぱいになる程の大きさの殺風景な石造りの部屋で、その真ん中には会議用の長いテーブルが置いてあります。
部屋の床に置かれた、その長いテーブルを中心にして、反逆者たちは熱心にクーデター計画について話し合い、夜な夜な議論を重ねていたのでした。
また今夜も、彼らの放つ熱気で、石造りの部屋の空気はムンムンと燃え立つかの様です。
声をひそめながらも野望に眼を血走らせ、陰謀をめぐらせる男達。
そして、彼らの熱気が最高潮に達した刻を見計らったかの様に、ついにクーデター計画の首謀者ダダ王子が、その部屋に姿を現したのです。
反乱の盟主ダダ王子が、とうとう、その姿を見せた事で、メンバー達の士気は更に高まる筈でした。
しかしー。
彼らの前に現れたダダ王子を見て、クーデター計画のメンバー達は驚愕します。
「お、王子!その姿はっ!?」
「ううっ、ほ、本当に、王子なのですか!?」
何とダダ王子は、頭から女性物のパンツをすっぽりと被り、その顔は、両目以外は完全に下着の布地で覆い隠されていました。
そう、まさしく変態仮面です。
彼の顔は、小ぶりな女性用のパンツですっぽりと覆われていて、もはや、その人相さえ定かではありませんでした。
わずかに脚を入れる二つの穴から、血走った両眼をそれぞれ覗かせており、薄い布越しにフシューフシューと荒い息をして、なんか某有名S F映画の悪役みたいでした。
部屋の中に入って来たダダ王子の異様な姿を見て、驚愕するクーデター計画のメンバー達。
しかし次の瞬間、王子の背後からスッと現れた一人の背の高い女性の姿を見て、彼らは更に驚きました。
「あ、あなたは!」
「宮廷魔術師マーリン様!」
そう今、ダダ王子に影の様に寄り添っている女性こそ、ナロー姫の師であり、国王の信頼厚い、宮廷魔術師マーリン女史その人だったのです。
部屋に集まったクーデター計画のメンバー達の間に、驚きと疑問が、さざ波の様に広がります。
まさか、国王の懐刀と呼ばれるマーリン女史までが、クーデター計画に関わっていたとはー。
驚きのあまり、一人の男がマーリンに聞きました。
「ま、まさか貴女までが、クーデター計画のメンバーだったとはー。で、でも、どうして?王にあんなに重用されている貴女がー」
マーリンはその言葉を聞くと、フンッと鼻を鳴らし、部屋を埋め尽くす男どもの様子を、ぐるりと一べつしました。
そして大きく胸を張り、自信に溢れた声で宣言します。
「このマーリンは、このまま、宮廷付きの魔術師の地位で満足する様な小物ではありません。ダダ様は、クーデターが成功した暁には、私に、この国の宰相の座を与えると約束してくれました。そうっ、私はやれば出来る子なのです!」
どこかで聞いたセリフだなーと、部屋に集まった連中は思いました。
マーリン女史は不敵な笑みを浮かべ、話を続けます。
「本来ならクーデターを決行する日まで、私は表には出ないつもりだったのですが、今回はダダ様が「覆面おパンツの荒行」を行っている為、あなた方と直接、話す事が出来ません。そこで不詳、このマーリンが、会の司会役を買って出たのです」
「ふ、ふくめん、おパンツ・・・」
「あ、荒行とは・・・?」
顔のほとんどを女性物の下着で覆われたダダ王子を見つめながら、部屋に集まった人々は、口々に疑問を発します。
マーリンは厳かな口調で、その疑問に答えました。
「ダダ様は顔全体をおパンツで塞ぐ事で五感を研ぎ澄まし、己れの超感覚を極限にまで高めているのです。これぞ「覆面おパンツの荒行」。並の精神力の持ち主では、とてもやれる事ではありません」
・・・確かに並の変態ではないと、みんな思いました。
と、その時でした。
「も、もう嫌だーっ!!こんな連中の、仲間でいるのはっ!!ナロー様の方が、ずっとマシだーっ!!!」
部屋の中に集まっていた男たちのうちの一人が、急に心変わりでもしたのか、絶叫と共に部屋から逃げ出そうとしました。
しかしー。
「えいっ」
マーリンは胸元から小さな杖を取り出すと、逃げ出そうとしている件の男の背中の方に向かって、それを軽く振りました。
するとー。
「か、身体が動かないー」
なんとマーリンの魔術によって、逃げ出そうとしていた男の身体は、一瞬で硬直し、自分の意思では全く動かなくなってしまいました。
マーリンは金縛り状態になっている男を軽蔑の目で見つめると、彼の周りにいる他の男達に冷たい声で命令を下します。
「裏切り者を捕えなさい」
周りにいる者たちによって、たちまち拘束される、逃げ出そうとした男。
金縛りの術で身体が全く動かない彼は、必死に叫び、抵抗します。
「た、助けてくれーっ!!見逃してくれーっ!!」
そんな男に対してマーリンは、氷の様な声で言いました。
「裏切り者は許しません。とりあえず、牢屋に入れて置きなさい。後からゆっくりと、裏切り者にふさわしい罰を与えてやります。・・・そうね。クーデターの決行日に合わせて「水玉おパンツの刑」に処してあげるわ。きっと、いい見せしめになるでしょう」
「水玉おパンツの刑!!!」
部屋中の男達が、驚愕の声を上げます。
部屋から脱出しようとして、拘束された男も、恐怖で震え上がっています。
水玉おパンツの刑とは、ほとんど全裸の状態で、水玉柄の女性物のパンツのみを穿かされた上、更にその画像をS N Sにアップされるという恐ろしい刑罰でした。
「いやだぁーっ!!そ、それだけはーっ!!!」
金縛り状態のまま両手両足を拘束され、他の男達に部屋から引きずり出されて行く、逃げ出そうとした男。
部屋から去っていく彼の断末魔の様子を、冷たい目で見送った魔女マーリンは、あらためて、その場に残った他のクーデター計画の賛同者たちの顔をぐるりと眺めました。
そして、ぞっとする様な表情を、その顔に浮かべて言いました。
「ダダ王子を裏切る者は、こうなるのです。わかりましたか?」
マーリンの言葉を聞いた、陰謀計画の参加者たちの背中に、一斉に悪寒が走ります。
彼女の隣に立つダダ王子は、相変わらず無言のまま、顔をすっぽりと覆った下着越しに、フシューフシューと荒い息をしています。
隠し部屋に集まった面々は、今更ながら、とんでもない事に首を突っ込んでしまったと思い、それぞれが心の内で、恐怖と後悔の念にさいなまれるのでした。
だけと、もう、引き返す事は出来ません。
クーデターの決行日は、目前に迫っていたのです。
マーリン女史は、部屋に集まった数十人の反逆者たちを、舐めるような視線で見回した後、ニヤリと邪悪な笑顔を浮かべながら言いました。
「さぁ、それでは、クーデター当日の手筈について、詳しく話し合う事にしましょう。まずはー」
緊張の面持ちで彼女の声に耳を傾ける、部屋に集まったクーデター計画のメンバー達。
魔女の隣に立つ、下着で顔を覆ったダダ王子の放つ異様な呼吸音が、静まり返った部屋の中に、フシューフシューと不気味に響いていました。
[続く]