ダダ王子の陰謀
ナロー姫がお城から旅立つ、数刻前の事でした。
城の奥まった一室に、数人の男たちが集まっていました。
そして、彼らの中心にいるのはー。
なんと、ダダ王子でした。
ダダ王子は普段とは打って変わって、その顔に狡猾そうな表情を浮かべています。
彼の隣にいる男が、声を低くして、王子に話しかけます。
その男は国王に仕える重臣、エプリスタ卿でした。
「ダダ様、これはナロー姫を亡き者にする、絶好のチャンスですぞ。泊まっている宿に刺客を潜り込ませれば、簡単に姫を殺す事が出来ます。王族が大した警備もせずに城の外に出るなど、滅多にない事ですからな」
もう一人の男が、その言葉に呼応する様に、口を挟みます。
彼は、城の警備隊長を務める男でした。
「そうです。そうなれば、この国の玉座は、確実に貴方様のものー」
しかし、ダダ王子は邪悪な笑みを浮かべながらも、彼らの言葉に首を振りました。
「いや、うかつな事をして、我々の計画が露見すれば元も子もない。それに彼女の側にはあの男、シールズがついている。そう、簡単にはいくまい。それにー」
ダダ王子は、さらに邪悪な笑みを浮かべます。
「あの女、すぐに殺すのはもったいない。生かしておけば、色々と楽しめるというものよ。ククククーッ」
自分自身の言葉に興奮したのか、ダダ王子のテンションは、どんどんと上がっていきます。
「王が譲位するまで、おとなしく待っていられるか!すぐにでも俺が、国王になってやる!!そうすれば、この国の女のおパンツは、全て俺のものっ!!お前たちにも、一人2〜3枚くらいなら分けてやろう!クークッククーッ!!!」
周りの男たちは、王子のあまりの邪悪さに身を震わせます。
ダダ王子は、そんな彼らを舐める様な視線で見た後、命令口調で言いました。
「とにかく、出過ぎた真似はするなよ。今はクーデターに備えて、同志を一人でも多く増やさねば。いいか、現国王に不満を持つ者がいたら、すぐに俺に知らせろ。俺が直々に説得して、仲間に引き込んでやる」
そうです、彼らはクーデターを起こして、国王陛下から強引に王位を奪取する為、ダダ王子を中心にエプリスタ卿など現政権に不満を持つ有力者たちを集め結成された、「水玉おパンツ党」と名乗る、秘密の反体制グループだったのです。
もちろん、王位継承の候補者であるナロー姫も、彼らの攻撃目標の一人でした。
彼らは水面下で同志を集め、武力クーデターを起こす準備を、着々と進めていました。
その為、党のメンバーたちはこうして密室でこっそりと集まり、陰謀を成就する為の会合を定期的に開いていたのでした。
ちなみに「水玉おパンツ党」という名称は、ダダ王子が考えたものです。
彼は常日頃から、自分は水玉模様の柄パンツが大好きであり、いつかは国中の女性にそれを穿かせるのが夢だと、堂々と公言していました。
自分は水玉模様のパンツを見ると、異様に興奮するのだとー。
「グワーハハハッー!!水玉おパンツに栄光あれーっ!!!」
王子のその宣言を聞いて、周りにいる男達は、おのおのが忠誠やおもねりの言葉を発します。
「御意ーっ」
「ダダ王子、万歳っ!!」
「ふふふっ、パンツ良いですな。パンツー」
しかし、何故か最後の男の言葉に、ダダ王子は不快そうに反応します。
「違う」
「えっ?」
王子に自分の言葉を否定され、戸惑う男。
ちなみに彼は、この国で文部大臣を務める人物でした。
「パンツではなく、おパンツだ。おパンツと言え」
「はっ?」
ダダ王子が何を言っているのか解らず、素っ頓狂な声を上げる文部大臣の男。
男の戸惑った様子を見たダダ王子は、ついに怒りを爆発させました。
「パンツを呼び捨てにするなっ!!敬意を払えと言っておるのだっ!パンツはなーっ。おパンツはなーっ。何よりも尊く、貴重な存在なのだっ!侮辱する事は決して許さんっ!!おパンツに比べればその中身など、まったく取るに足らんわ!!」
周りにいる男たちは、さすがにそんな事はないだろうと思いながらも、王子に逆らう事は出来ず、彼に追従する言葉を次々と発します。
「い、いや、さすがは殿下。素晴らしいー」
「我らの盟主にふさわしいー」
「お、おパンツ最高ですー」
彼らのへりくだった言葉を聞いて、ダダ王子は満足そうに頷き、高らかな声で言いました。
「皆の者っ!新しき時代が来る日は近いっ!我ら水玉おパンツ党の時代が!!水玉おパンツに栄光あれーっ!!グワーッハッハッハッハーッ!!!!」
王子の下卑た笑い声が、薄暗い部屋に響き渡ります。
そんな彼の姿を、周りにいる同志の男たちは、恐れと疑念の入り混じった瞳で見つめていました。
さて、お城でそんな陰謀が進行しているとはつゆ知らず、ナロー姫は護衛の騎士シールズと共に、冒険の旅をスタートさせていました。
ナロー姫の乗る仔馬とシールズの乗る大きな軍馬、二つの馬影は、お城の近くに広がる田園地帯の小道を、くつわを並べながら進んで行きます。
今から二人は国境付近にある大きな町まで行って、そこを拠点としながら、冒険者としての活動を開始するのです。
なんだかんだ言って箱入り娘であるナロー姫にとって、馬上から見える広々とした景色は、とても新鮮でした。
隣を見ると、お供のシールズが、その鎧で覆われた全身をゆったりとくつろがせて軍馬にまたがっています。
重騎士であるシールズは、その頭まで銀製のフェイスガードに覆われている為、その表情をうかがい知る事は出来ません。
それに基本的に無口で、必要のない事はあまり口にしません。
シールズは幼少時代からナロー姫に仕えているのですが、彼は初対面の子供の頃から全身にフルアーマーを着ており、ナロー姫は実は一度もまともにその素顔を見た事がありませんでした。
鎧のサイズだけは、年ごとに大きくなっていましたが。
シールズに理由を聞くと、どうやら家の掟との事でした。
本当に親しい家族が友人にしか、素顔を見せないのだとー。
その事を聞いたナロー姫は、自分は親しい友人ではないのかと思い、ちょっとだけ落ち込みました。
ともあれナロー姫は、シールズに対して深い信頼を寄せており、こうして未知の旅をしていても不安がないのは彼がいるおかげだと思っていました。
そんな彼女の心を知ってか知らずか、シールズは黙ったまま悠然と馬上で、その長身の身体を揺らしていました。
ナロー姫はそんな彼の姿を横目で見ながら、その隠された素顔を想像して、ちょっと顔を赤らめます。
馬上のシールズは、ナロー姫の視線に気付くと、フェイスガード越しにくぐもった声で彼女に尋ねました。
「どうしました?我が君」
「な、何でもありませんわー」
ナロー姫は誤魔化すみたいに首をブンブンと振ると、照れを隠す為か、鼻歌混じりの歌を唄い始めます。
なろー♪
なろー♪
きっと、なろー♪
なろー♪
なろー♪
明日は、なろー♪
なろー♪
なろー♪
いつか、なろー♪
なろー♪
なろー♪
わたしはナロー♪
フンフンフンーッ♫
田園風景の上に広がる青い空に、ナロー姫の調子外れの歌声が響き渡ります。
一方、そんな風に仔馬に乗って身体を揺らしながら歌う、ナロー姫を横目で見つつ、彼女の隣で軍馬に跨る護衛騎士シールズは、馬上で大きく肩をすくめると、呆れた様に言いました。
「とりあえず、歌手になるのだけは、やめて置いた方がいいですよ」
[続く]