織姫は、プライバシーが欲しい
「ちょっと、何見てんのよ!」
「お、織姫、ちょっと落ち着いて?」
天の神の娘、織姫は、今年も元気にぶちキレている。
「やーだ。もう、あっち行ってよ!」
「織姫、それはムリだから。彼らの移動能力では、僕たちが見えない場所に移動するのすごく大変だから。無茶ぶりだよ?」
北半球に住む人間たちがベガとアルタイルが見えない場所まで移動するのがどれだけ大変か知っている彦星は、なんとか織姫をなだめようと必死だ。
(す、すみません。お義父さん。いつもの『雨』、お願いします)
(らじゃ!)
昔々、長年モジョだった娘の織姫を気の毒に思った天帝が、まじめな牛飼いの青年・彦星と出会わせてあげたところ、はじめてのリア充ライフにはっちゃけ過ぎた織姫がまーーーーったく仕事をしなくなったので、罰として二人を天の川の両端に隔離してしまった。
ところが娘がブチ切れてストライキを起こしたので、「まじめに働けば、年に1度会わせてあげるよ」と言ったところ、まじめに働くようになって、めでたしめでたし。
と、なるところだったのが、この話を教訓にしたがった人間の間で大いに広がってしまった。今となっては、肝心の教訓は忘れ去られ、毎年七夕の日にはお願い事を書いて、二人の逢瀬を見物する日になってしまった。
「こういうの、『出歯亀』っていうのですって。のぞきは、変態行為なのよ! なんであんなに堂々としてるのよ!!」
「あぁ、その言葉、たまに見るね。そういう意味だったのか…… 確かに、人間同士の行為は覗き見たら警察に捕まるっていうね? でも、上を見たら見えちゃうんだから、仕方がないじゃないか?」
彦星は、ヒステリー気味になる織姫を抱きしめて、よしよしと背中をさする。
「酷いわ。お父様。わたくしたちを離れ離れにしたばかりか、年に一度のデートの日まで、衆目に晒されて思うようにイチャイチャできないじゃない!!」
「よしよし。ぐずってる織姫もかわいいね。プライバシーが欲しいんだよね? さっきお義父さんに『雨』をお願いしたから、もう少ししたら、隠してもらえるから……」
彦星は、ちゅっ。っと泣いている織姫の額にキスを落とす。
彦星だって、イチャイチャしたいのである。
「大体おかしいのよ! わたくしが毎日頑張って働いている姿を見て賞賛してくれる人なんていないのよ? それなのに、デートの日だけのぞき見ようとするなんて、ひどすぎるわ!!」
「君が頑張っている姿は、僕がしっかり見ているよ。ひたむきに頑張っている君を、とても素敵だと思っているよ。それだけじゃ、だめかな?」
彦星は、織姫の涙をぬぐった後、その頬をするりと撫で、唇に小さなキスを落としました。
「ほんとに? わたくしも。わたくしも彦星がお仕事している姿をいつも見ています。ち、ちゃんと休憩時間によ? 働く貴方の姿に見とれて手が止まっている時がないとは言えないけれど……」
彦星は織姫の手を引いて、ソファーに誘い、自分の膝に座らせ、腕の中にしまい込みます。
織姫は、うるんだ瞳で何かを期待するようなまなざしを彦星に向けます。
「あぁ、織姫は、本当にかわいいね。たまには君からでも、いいと思うんだけど、どうかな?」
「まぁ、わたくしから? はしたなく、ない?」
織姫は、顔が真っ赤です。
彦星は首を振った後、優しい笑顔で織姫を待ちます。
織姫は意を決して、その唇を彦星の唇に近づけ、そっと触れました。
彦星は、初めての織姫からのキスに歓喜して……
ザァッーーーーーーーー
「えー。また雨?」
「七夕って、いっつも雨降るよね?」