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天国の扉  作者: 海凪
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8. メモ

「あぁ、藤木さん。お呼び出しして、申し訳ございません」


「は、はぁ。別に、自分は構いませんけど」


「では、私はこれで」


 比津地が退室し、昨日と同じように再び天子と二人きりの空間が訪れる。

 あぁ、クソ。苦手なんだよな、これ。この女と一緒にいると、独特の緊張感みたいなものが発生する。それがこの女の持つ力というやつに起因しているのか、俺が教祖という肩書に対して畏怖の感情を抱いているのかは分からないが、非常に居心地が悪い。


「ふふっ。そんなに畏まらないで大丈夫ですよ。別に、怒るわけじゃないんですから」


 そんな俺を見かねて、天子は鼻で笑いながら、語りかける。


「藤木さん。どうですか? 一晩、ここで暮らして、心境の変化はありましたか?」


 さて、どう答えるべきだろうか。

 あるかないかで言えば、当然そんなものはない。こっちは教団のインチキを暴くために潜入取材をしているんだからな。だが、それはあくまで俺の記者としての役目だ。それらの感情を無視して、答えるのならば──


「……正直なところ、まだあまり変化はありません。でも……ここで暮らす人たちに、興味が出てきました」


「興味、ですか?」


「えぇ。現代社会からかけ離れ、不便という言葉で溢れかえっているこの場所でも……ここの人たちは皆さんからはどこか不思議なエネルギーを感じます。恐らく、その原動力は私や外の人たちが持っていない何か特別なものなのでしょう。その正体が少し……気になりますね」


「……へぇ」


 天子は俺の心の奥底にある感情を探るように、目を合わせてくる。

 一瞬、その迫力に気圧され、視線を逸らそうとしたが──思い留まった。ここで逃げるのはどこか俺に敗北感を与えてしまうような気がした。それはただの“意地”以外の何物でもない行為だったが、記者にとってはその意地というやつが案外重要なものなのだ。


「ふふっ。面白い人ですね。藤木さんは。そんなことを言う人、初めてですよ」


「そう……ですかね」


「えぇ、他の人にはない、情熱のようなものを感じます。赤く、燃え滾るような……炎。でも、気を付けてくださいね。その炎は自らを焦がすものかもしれませんよ?」


「……はい?」


「失礼します。天子様」


 その時、扉をノックする音が響き、信者と思われる男が部屋に入ってきた。


「どうしました? 今、私は藤木さんと対話中ですよ」


「すみません。ですが“降誕祭”の件について、ちょっとお話が」


「……そうですか。ごめんなさい、藤木さん。ここで少し待ってもらえますか? すぐに戻りますので」


「は、はぁ。別に構いませんけど」


「では、失礼しますね」


 そう言うと、天子まで退室し、彼女の部屋には俺だけが残されてしまった。

 なぜか教祖の部屋に一人きりという奇怪な状況に直面し、俺は若干困惑しながら周囲を観察する。


「……そういえば、降誕祭ってなんだ」


 そして、少し落ち着きを取り戻したところで、先程の天子の会話を思い出す。

 降誕祭。確かに彼女はそう言っていた。その言葉が指す意味は──おおよその目星はついている。ふと、部屋に飾られているカレンダーへと視線を移す。


「クリスマス……だよな」


 現在の日付は十二月二十二日。ちょうどあと二日で、クリスマスが訪れるのだ。世間ではクリスマスイブは本番であるクリスマスの前夜祭というイメージが持たれているが、厳密にはそれは間違いだ。正確に言うならば、日付変更の境界が日没のユダヤ暦でのクリスマスは二十四日の日没から二十五日の日没まで。当然、この教団でもその法則に沿って、二十四日に何らかの催事があるだろう。しかし、そうなると疑問が湧く。この天国の扉での降誕祭は──誰のことを指すのだろうか。

 本来のクリスマス、降誕祭はイエス・キリストのことを指すということは今更語るまでもないだろう。しかし、この教団ではキリストという単語は一度も聞いたこともない。彼らが信仰しているのは“お父さま”と“お母さま”だ。これがキリストや聖母マリアを指すということは──考えにくい。

 クソ。また謎が増えちまったじゃねえか。今日を含めると、まだ二日半残ってはいるが、聞き取りだけだと限度がある。さすがに、そろそろ何か証拠を握っておきたいな。


「…………っ」


 その瞬間、俺の中に悪魔的な発想が噴き出す。

 もしかして、今、この時間は──天国の扉の秘密を探る絶好の好機なのではないだろうか。

 教祖天子の部屋に、侵入が成功し、彼女は席を外している。退室してからまだ二分も経っていない。移動時間を考えると、最低でもあと五分は帰らないと見積もっていいはずだ。つまり、その間は──自由に室内を物色することができる。

 い、いや、いいのか。そんなことをして。やることはほぼ泥棒だぞ。それに万が一、天子の帰りが早かったらどうする。現場を見られたら、言い訳は不可能だ。取材自体が終了する。

 しかし、それらのリスクを加味しても、千載一遇のチャンスだった。天国の扉の確信に迫ることができるかもしれない。謎の正体がすぐそこにある──そう思った瞬間、俺は自分自身の好奇心を抑えることはできなかった。

 部屋の外を確認する。人影はない。大丈夫、数分間は誰も来ないはずだ。それに本人以外は必ず入室前にノックをすることは分かっている。つまり、天子以外の来訪者ならば、対処が可能だ。


 まずは彼女のデスクへと歩み寄った。鍵穴らしきものは確認できないから、施錠はされていないだろう。

 そして、ゆっくりと中を確認する。あぁ、このパンドラの箱を開くような高揚感と緊張感。記者としての生を実感するな。

 中にあったのは無数の紙束だった。ざっと内容に目を通すと、教団の予算に関連した資料だろう。献金の額から信者の個人情報までびっしりと記載されている。これらの全てを確認する時間は──ないな。携帯が手元にないことから、記録に残すことも叶わない。名残惜しいが、これは求めているものではない。

 俺が知りたいのはもっと教団の信仰に関連する情報だ。お父さまとお母さま。この二人の正体は誰なのかを知りたい。何か、経典のようなものはないだろうか。

 四コマ漫画を捲るような速度で資料を確認するが、デスク内には金に関連する資料しかなかった。ここはハズレだな。

 時計を確認すると、既に一分三十秒を過ぎていた。残りは三分といったところか。急がなくては。

 次に確認するのはデスクに備え付けられているオフィス用のキャビネットだ。引き出しの数は三段。こちらも鍵のようなものはない。とりあえず、急いで一段目を開いて中を確認する。


「……これは」


 そこに収納されていたのは一枚の書き写されたメモ帳のような紙切れだった。他には何もない。デスクの資料と比較すると、ずいぶんと情報量が少ない。

 しかし──そこに書かれている“数字”に、なぜか俺の目は惹かれた。




 1978 〇

 1987 ×

 1993 ×

 1994 ×

 1997 ×

 2000 ×




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