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天国の扉  作者: 海凪
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7. 農作業

 朝食は夕食とはメニューが少し違っていたが、相変わらずの味だった。昨日と同様に水で腹を満たし、何とか完食する。あぁ、ここで一か月も暮らせば、嫌でもダイエットは成功するだろうなと冗談を心の中で吐きながら、食堂を去る。


「では、藤木さんにはこれから本格的に我々の活動を手伝ってもらいます。とは言っても、まだ体験の段階なので、リラックスしてくださいね」


「え、えぇ。よろしくお願いします」


「ところで、藤木さんは体力に自信はありますか?」


「体力……ですか? まあ、人並みなら」


「それはよかった。なら、安心して任せられます」


 にっこりと、比津地は俺に向かって笑みを向ける。どことなく、嫌な予感がするが──恐らく、俺に拒否権はないだろうなと、覚悟を決めることにした。




「はぁ……クソ、なんで俺はこんなことしてんだ」


 季節は十二月にもかかわらず、額から零れ落ちる大量の汗を拭いながら、俺は呟く。


「藤木さーん。そろそろお昼にしようかぁ」


「はーい。今行きまーす」


 背後から聞こえてきた老婆の声に返事をする。

 やっと昼か。ってことはあれから三時間も経っていたのか。そりゃ疲れるわけだ。息を切らしながら、休憩所へと向かう、


「はい、これが藤木さんの分だ」


「どうも……」


 渡されたのは塩むすび二個。これだけエネルギーを消費したのに、こんだけかと落胆しながら、俺はおにぎりを頬張る。

 比津地から紹介された教団の仕事、それは──農作業の手伝いだった。予想自体は昨日の段階ではしていたのだが、まさかここまでこき使われるとは思わなかった。まだ体験の段階だぞ。入信させる気はあるのか。一応、普段から鍛えてはいるつもりだが、それでもこの作業量は四十の中年にはきつい。

 ここ三時間、俺はひたすら鍬を振り、畑を耕していた。こんなのはトラクターを使えば一瞬で済むだろうに、ここではその手の機械は使わないらしい。なら車も使ってんじゃねえ。矛盾してんだろうが。


「どうだ。藤木さん。うまいか」


「え、えぇ……おいしいです」


 と、まあ心の中ではボロクソに貶しているのだが、当然こんなことは言えるわけがない。

 しかし、なぜだろうか。意外と昼食のおにぎりは食堂の飯と比べて本当に美味に感じた。疲労した体が塩分を欲しているからだろうか。もしも、これがあのまずい飯に慣れさせるために意図的に組まれた食事だとするのならば、かなりの策士だな。


「“遠藤さん”は……天国の扉にどれだけいるんですか?」


「私はもう五年になるねぇ。いいところだよ。ここは」


 遠藤ヤス子──それがこの老婆の名前だ。御年七十六歳。教団の中でも、かなりの高齢者に部類されるだろう。だが、歳の割にはまだまだ元気だ。俺が畑仕事に苦戦している間に、楽々と収穫の仕事をこなしていた。もしかして、俺より体力があるんじゃないか。

 それから、彼女と休憩がてらしばらく他愛のない雑談をしていた。こういう一般の信者と交流できるのはこれ以上にない取材のチャンスだ。役職を与えられていないからこそ、生の意見が聞ける。


「それで、どうしてここに移住することになったんです?」


 さりげなく、俺は入信のきっかけを聞き出す。


「実は私、この近所が地元でねぇ。正直、最初は胡散臭い集団だと思ってたんよ。でもねぇ、あれを見ちゃったらねぇ」


「あれ?」


「うんうん。天子様、あの人の力は本物よ。私も、実際に目の前で見ちゃったもの。あれを見たら、ねぇ……」


「あれって、一体なんです?」


「天子様はねぇ。病気を治す力があるんよ」


「……病気を?」


 心霊治療、というやつだろうか。これもカルトではよく聞く話だ。霊感商法や自然療法を利用して、自らに病気を治す力があるということをアピールする。

 しかし、これもほぼインチキとみて間違いはないだろう。確かに、一時的にだがこの手の処置によって、病状が回復したという例も報告されている。しかし、それはあくまでもプラシーボ効果、治るという暗示によってもたらされており、科学的な根拠は一切ないのだ。実際に、医学の知識がない教祖が誤った知識の元で処置を施してしまったために、信者が死亡するという事件も珍しくはない。


「それって、具体的にはどんなことがあったんですか?」


「うちの亡くなった主人はねぇ。ずっと足が悪かったのよ。でも、天子様が主人の足に触れたらねぇ、何ともなかったみたいに、治っちゃったの」


「…………」


 この段階ではまだ何とも言えないな。当事者に実際の状況を聞くのが一番手っ取り早いが、既に亡くなっているならまた話は変わってくる。天子は一体、どのようなトリックを使って治療をしたのだろうか。


「主人はねぇ。ずっと天子さんに感謝してたんよ。だから……最期まで、天の国に身を捧げることに、なーんの後悔もなかった。私も、もう覚悟はできてるからねぇ」


「……はい?」


 今、なんと言った。

 天の国に身を捧げる──覚悟。その言い方だと、まるで自らを供物にするように聞こえるぞ。


「遠藤さん。結局、旦那さんってどうなった──」


「藤木さーん」


 その時、俺の言葉は後方からの声で途切れてしまった、


「あ、比津地さん……」


 現れたのは比津地だった。何やら少し急いでいる様子で、息を切らしている。


「今、空いてますか?」


「え、ええ。昼休憩に入ってるので、大丈夫だとは思いますけど」


「それはよかった。なら、ちょっと来てください。天子様がお呼びです」


「え?」


 天子が──俺を直々に呼ぶだと。何かやらかしたか。いや、心当たりは何もない。正体はバレていないはずだ。なら、何の用だ。

 その刹那、様々な可能性が俺の脳裏に浮かぶが、考えても仕方ないだろう。ここは大人しく従うしか道はない。比津地に連れられて、俺は天子の元に向かった。

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