想い出と記憶
☆ 想い出と記憶
約20年前、私は小学校低学年だったが、あの日の事はハッキリ覚えている。
私の同級生で同じクラスのA君が行方不明になったのだ。A君が最後に目撃されたのは、彼が昼休みに校庭を歩いているところだった。
大人たちは、これは誘拐だから身代金の要求が来るはずだとか、何処かで事故に遭って動けなくなっているとか、これは神隠しに違いないとか、各々の意見を言い合っていたが、それ以降A君の消息は完全に途絶えた。
A君は市議会議員の息子で、とりまきは沢山いた。いわゆるお坊ちゃんで、希望して叶わなかった事は、殆ど無かったように見えた。クラス編成から半年も経つと、とりまきと一緒に同級生達を侮辱し、蔑む様になった。ターゲットにされた子は、発言力を失い、次第に卑屈になっていった。
A君が居なくなり、クラスの平和が戻ってくると皆が思ったが、実際は違った。以前ターゲットにされていた者達が、A君のとりまき達に、仕返しを始めた。悪い種は森を破壊するのだ。
A君にとって私は特殊なターゲットだったはずだ。私の父は、A君が失踪し
た後、数ヶ月間、土木関係の仕事をしていたが、支払いの件で揉めて相手を刺す事件を起こしている。相手の怪我が軽かった事で執行猶予は付いた。A君はこれをネタに、私に万引きを要求した。私はむしろ捕まった方が、全て明らかになり有利だと思っていたので、適当に万引きをしていた。私はA君を恨んでいないし、むしろ好感を持って「力とはこういうものか」と観察していた。しかし内心は多少違ったかもしれない。
A君の遺体は、水道関係の施設を建てるための地ならしで、古い井戸から見つかったらしい。首に絞められた跡があり、殺人、死体遺棄は間違いないが、いずれにしても時効である。
A君の正確な死亡時刻がわからないので、アリバイ捜査は出来ず、20年の歳月は人の証言も曖昧にする。今、この事件に関わる刑事は居ない。
今まで話したのは、私の想い出だ。
私にはこの事件に強い記憶がある。それはA君に向かって思い切り首を締めた、この手の心地よい記憶だ。