前編
本当は短編にしようと思ったのですが、めっちゃ長くなって二つに切りました。
「アントニア・ブランナイツ! 俺は君との婚約を破棄する!!」
ああ、やっと待ちに待ったこの時がやってきましたわ!
今わたくしに婚約破棄を宣言した公爵令息のエグモント・アルトマン様の隣には、わたくしの義妹であるベティーナがいます。
そして、少し離れたところに、実妹のレナーテが、心配そうにこちらを眺めている……。
まぁ、なんてこと! レナーテにこんな顔をされるなんて、姉失格ですわ!!
「了解いたしました。その申し出、お受けいたしましょう。ですが、婚約破棄をなされる理由をお伺いしても? 生憎、わたくしには理由がわかりませんわ」
「ハッ、わからないだと? もちろん、お前が義妹であるベティを虐げたからに決まっているだろう!!」
はいはい。ちなみに、その愛称呼び気持ち悪いので止めてもらってよろしいでしょうか?
言いたい言葉を呑み込み、淑女として正しい笑みを浮かべておきます。レナーテの額に青筋が立っているのは見なかったことにしておきますわ。
「わたくしがベティーナを虐めた証拠は?」
「そんなもの、彼女の証言だけで充分だ! 逆に、お前がやっていない証拠はあるのか!?」
『彼女の証言だけで充分だ』ですって。傑作ですわね。全く、この男はいつからこんな馬鹿になったのでしょう……。
「何も言えないのだな。当たり前だ。身も心も醜いお前と違って、ベティはどちらも美しいからな。ベティが嘘を吐くはずがない!」
結局、貴方が観ていたのは見た目だけだったということですわね。まぁ、知っていましたけれど。
鼻で笑いそうになったのを堪えた私を褒めてほしいわ。
「心が腐った貴方に、何故無駄なことをしなければならないのです? 公爵令息ともあろう方が……」
「何だと!?」
「お姉様、今ならば謝れば許しますわ! さぁ、早く!」
突然、黙っていたベティーナが高らかに声をあげました。まるで、小説の中の断罪シーンのようですわね。いや、断罪シーンですわ。
「嫌ですわ。いい加減疲れましたので、わたくしはこれで失礼します」
「待てっ!!」
待てと言われて待つ人間がいるとお思いなのでしょうか。つくづくアホですね。
「行きましょう、レナーテ」
「はい、お姉様!」
可愛らしい笑顔で駆け寄ってくるレナーテは、きっと神が遣わしてくれた天使なのですわ。はぁ、本当に可愛い。
「おい、レナーテ! お前は俺達と共に公爵家へ行くんだ! 有り難く思え!」
「は?」
この「は?」は、決してわたくしが言ったわけではありませんよ。もちろん、レナーテでもありません。
「ちょっと待ってください、エグモント様! なんでレナーテまで!?」
「安心しろ。正妻は君だ。レナーテは妾として扱うから気にしないでくれ」
じっくり痛めつけて殺しますわよ?
「誰の同意の下でその言葉を口にしたのです? ふざけるのも大概になさって下さいませ」
「ふざけているだと!? それはお前だ! まず、その肥えた腹! 次に青白い不細工な顔! そしてその汚らわしい心だ!!」
ちょっと殴ってよろしくて?
でも、確かにそうですわね。今のわたくしの容姿は、お世辞にも美しいとは言えないものですから。
「そうですか。その件については、これから始まる卒業パーティーのときにお話しいたしましょう」
「フン、そのくらいの考える猶予は与えてやろう。だが、俺の心はもう決まっている。これから変えることなどないのだからな!」
いえ、変えてもらっては困りますわ。
だって、卒業パーティーが終われば、わたくしはレナーテと共に逃げる予定ですから。
「では、今度こそ失礼いたします」
「わたくしはお姉様の許から離れるつもりはありませんからねっ!」
まあ、なんて嬉しい言葉! 神よ、レナーテという天使をこの地に降り立たせてくれて感謝いたしますわ!!
卒業パーティーの準備をしていた生徒達があっけにとられているのを横目に、わたくしとレナーテは一度自室に戻りました。
「お姉様、あのクズはわたくしが殺りますわ!」
「まあまあ。貴女の手が汚れることを、わたくしが望んでいると思って?」
「それは……」
憤慨してくれているレナーテは可愛いですが、ここはやんわりと窘めます。
「それはそうと……。この姿、とても暑いのでやめてよろしいかしら」
「ええ、もちろん!」
レナーテの青と赤のオッドアイが輝きました。ふふ、可愛いわ。
愛らしい顔を見つつ、わたくしは制服のジャケットを脱ぎました。見えたブラウスには、大量の布が巻かれています。
さっさと布を外し、鏡台の前にあった化粧落としで丁寧に化粧を落とします。
「ふぅ、これで戻ったかしら」
鏡に映っているのは、先程までの太っていて厚化粧をしすぎて目の色すらわからない不細工なわたくしではありません。
レナーテと同じの綺麗な銀髪を下ろし、金と青のオッドアイが輝く、(自分で言うのは恥ずかしいですが)女神のようなわたくしです。
「お姉様はやっぱり世界で一番美しいです!」
「まぁ、それは貴女でしてよ?」
ふたりで笑い合いながら、扉の前で立っている侍女を呼び寄せました。ドレスに着替える為です。
髪をセットし終え、横を見てみると、そこにはふわふわの淡い青のドレスを身に纏い、同色の綺麗なリボンで髪を編み込んだレナーテがちょこんと座っていました。
「レナーテったら、妖精のように可愛いですわ! いっそ、わたくしと結婚するつもりはなくて!?」
「いいですわよ、お姉様! わたくしも女神よりも美しいお姉様と結婚したいです!!」
年頃の娘ふたりが言い合っている姿が、冗談に見えなかったのでしょうか。侍女に引き離されてしまいました。
「お嬢様方、お二人共本当に美しいので、とっととパーティーに行ってくださいませ!」
部屋から追い出されたので、仕方なくパーティー会場に向かうことにしました。
「お姉様、着きましたわよ」
「これからが本番ですわね……」