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第8話 落ち着かない時間


「……あの、アルベール、様?」

「どうかしましたか、シュゼット嬢」

「一つだけ、言わせてくださいませ。……近くありませんか!?」


 クールナン侯爵家の家紋があしらわれた広々とした馬車の中。私とアルベール様は隣同士で座っていた。うん、それは別に構わない。でも、問題は――その距離が滅茶苦茶近いこと。肩と肩が触れ合うぐらい、といえば想像がつくだろうか。ちなみにだけれど、この馬車の中はとても広い。くっつかないといけないというわけではない、決して。


「これぐらい普通なのでは? えぇ、むしろそうしろと教えてもらったので……」

「いや、いったいどんな教えですか……」

「単純ですよ。狭いところではくっつけって」

「そうですね。それは恋人同士、もしくはとても仲の睦まじい婚約者同士にだけ、あてはまることですね」


 少なくとも、私とアルベール様ではあてはまらない。もっと、距離を取ろう。そう思って私は移動するけれど、アルベール様ももれなく着いてこられる。あのですね、これでは意味がない気がするのですが……?


「そもそも、アルベール様にそんな間違った教えをされたのは何処の誰ですか? それから、間違いなくその恋愛指南は間違っています」

「……完全に間違っているとは思いませんけれど、俺は。だって、実際にそれで俺の母は結婚したのですから」

「……指南されたのはクールナン侯爵ですか。そうですか。……なんだかなぁ」


 そうつぶやいて、私は膝の上で手のひらをぎゅっと握りしめる。もう、意味が分からない。この間まで素っ気ない態度ばかり取っていらっしゃったのに、いきなりべったりになるなんて。しかも、常軌を逸したべったり具合。何、これ。罰ゲームですか? 私を殺す気ですか? そうなったら死因は何になるのかしら? ドキドキしすぎたことでしょうか。でも、決していい意味のドキドキではないわね。


「……そもそも、あのお花だって量が多すぎますよ! せめて、花束一つに出来なかったのですか?」

「いえ、量が重要、インパクト重視だと言われたので」

「量より質っていう言葉、知っていらっしゃいますか? あれじゃあ家で花屋が開けますよ、本当に」


 アルベール様が私にプレゼントしてくださった花々は、使用人たちに指示してしっかりと屋敷の中に飾ってもらうことになった。しばらくは、屋敷中でお花が見られるだろう。……とても高価なお花が。お父様方、帰ってきてひっくり返らないといいけれど。


 そんなことを思って私が呆れていると、ふとアルベール様が私の手を凝視されていることに気が付いた。……何か、あっただろうか? そう思ったけれど、その原因はすぐに分かった。多分、この間いただいた指輪を私が付けているからだ。


「アルベール様? どうかなさいましたか?」

「……あぁ、いえ。やっぱり、似合っているなぁって思いまして……指輪」


 アルベール様はそうおっしゃって、少しだけ口元を緩められた。それは、きっと喜びからなのだろう。……私はこの指輪を付けているとひやひやものですけれどね。主に、落とさないかという意味で。出来ればずっとしまい込んでいたい。けど、いただいた以上付けるのが礼儀かなぁって思った。ただ、それだけの理由で付けている。


「次はその指輪と同じデザインのネックレスとか、どうですか? あ、あと、イヤリングとかもいいですよね。髪飾りも……」

「それは、何かのお祝いのプレゼントですか?」

「そうですねぇ……。あえて言うのならば、シュゼット嬢と会えた記念日ですかね」

「……意味が分かりませんよ、それ」


 やっぱり、このお方とは金銭感覚が合わない。そりゃあ、アルベール様は名門侯爵家のご令息。しかも、跡取り息子。クールナン侯爵家はとても裕福だと有名だし、幼い頃からお金に苦労をしたことがないのだろう。うぅ、その点は素直に羨ましいと思える。カイレ子爵家は名ばかりの貴族だから、お金も発言権もない。はぁ、天と地の差だなぁ。


「アルベール様。お金をもう少しでいいので、大切にしましょうね。降ってわいてくるものではないのですから……」

「分かっていますよ。……父が、俺の母に常々そんな説教を受けていますから」

「じゃあ、何故アルベール様は出来ないのですか」

「父が全く言うことを聞いていないので」

「お金遣いの荒さは遺伝ですか。そうですか。出来る限り直してください」


 そう言えば、クールナン侯爵も結構お金遣いが荒いという噂も、聞いたことがあった気がする。買い物は女性ものの衣装やアクセサリー、後は異国の美味な食材……とか、だったような。うん、食材はともかく、女性ものを買いあさるのは既視感が……。


「まさかですが、クールナン侯爵は夫人へのプレゼントを購入されているのですか? 噂だと、女性ものばかり購入しているとか、何とか……」

「そうですよ。おかげで宝石商とかデザイナーとかがよく屋敷に出入りしていて。まぁ、俺もそのおかげでシュゼット嬢をイメージしたドレスとかを変えるので、感謝していますけれど」


 悪びれもなくそんなことをおっしゃるアルベール様に、私はどう反応すればいいかが分からなかった。そもそも、そのお話を聞くにクールナン侯爵は夫人に怒られている気がする。私だったら、怒る。


「……クールナン侯爵は、夫人にいつも怒られていそうですよね」

「まぁ、大体いつも怒られていますよ。怒られるたびに俺の母に泣きついて縋っていますけれどね。あれ、結構面白いですよ。見ている分には」

「……アルベール様も、似たようなことをされていましたよね?」


 なるほど、縋るのも遺伝だったのか。納得……って、出来るわけないわよ! はぁ、この人の歪んだ倫理観を正して常識を植え付けたい。何とかして、まともな人間になっていただきたい。そう、心の底から思ってしまうのだけれど……私っていったい、アルベール様の何なのだろうか? 婚約者って、元は赤の他人のはずよね?


(私は、アルベール様の母でも姉でもないですってば……)


 心の中でそう思いながら、私は小さくため息をついた。


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