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第6話 何故こうなった……


 ☆★☆


「あっ、お嬢様。おかえりなさい……ませ」


 私が自室に入ると、私の専属侍女であるエスメーが私の姿を見て目を丸くする。そりゃそうだ。今の私は誰と戦ってきたのか、と問いただしたいぐらいボロボロなのだ。ドレスはしわくちゃだし、髪の毛は綺麗にセットされていた面影もない。嵐の中に突っ込んできたのか、と言われてもおかしくなかった。正直に言えば、こうなるのことは私も予想外だった。


「お、お嬢様!? 本日は婚約者の方とのお茶会だったのでは……? 何故、そんな戦場に出向いたかのような格好に……」

「えぇ、本日は確かにアルベール様との二人きりのお茶会だったわ……」


 遠い目をしながら、私はエスメーにそう言う。そりゃあ、エスメーも普通にアルベール様とお茶とお話をして帰ってくると思っていただろう。誰も嵐の中に突っ込みに行ったり、戦場に出向くなんて思うわけがない。


「え、えっと……はっ、まさか、婚約者の方に乱暴されて……!」

「違う違う! ……いや、ある意味違わないけれど……」


 最後の方は、自分にしか聞こえない程度の音量だった。多分、エスメーの想像する乱暴とは既成事実を作ろうとしたとか、暴力とかそう言うことだろう。私がされた行為は乱暴といえば乱暴かもしれないけれど、そういうことじゃない。あの行為は――……。


「いや、ただ単に大きな赤子をあやしていただけ……だと思うわ」


 そう、あれは大きな赤子の面倒を見ていただけ、みたいなものよ。ドレスを掴まれて、放すのを拒否された。その理由はアルベール様曰く、「もういっそ一緒に住みたい!」ということだった。いや、いろいろとぶっ飛んでいる。それだけならばまだしも、お姫様抱っこをされて屋敷の中に運ばれそうになったのには本気で焦った。あそこで逃げていなければ、私は間違いなく監禁されていただろう。あの目は、本気だった。今思い出しても震えてしまいそう。


「……一体、それはどういう意味で?」

「エスメー。世の中には知らない方が幸せなことだって、あるのよ」


 私だって、アルベール様のあんな本性なんて知りたくもなかった。アルベール様が私のことを嫌っていなかったことは、素直に良かった……と言える。でも、それ以上にあの執着心の凄まじさと愛情の重さは知りたくなかったと思ってしまう。


 アルベール様は、私のことをじっと見つめていらっしゃったらしい。それこそ、私が参加する数少ない社交界ではずっと私だけを見つめていたらしい。しかも、移動すればついてきていたと。……いや、それってストーカーでは? そう思って尋ねたけれど、アルベール様は「愛情があるので正当な行為!」とおっしゃっていた。うん、あのね。ストーカーって多分みんなそう言うと思うのよ。


 さらに驚いたことは、私のことを階段から突き落としたご令嬢を修道院に追い込んだのはアルベール様らしい。そのおうちの弱みをいろいろと握り、娘を修道院に送らなければ家を没落させると脅したとかなんとか。……ちなみにだけれど、私が暴言を浴びせられていたことは知らなかったそう。なんでも、私を観察するのに夢中で他人の声なんて耳に入っていなかったとかなんとか。肝心なところで、役に立っていないじゃないか。


 それから、別れ際にアルベール様はとんでもないほど高価な宝石が埋め込まれた指輪を、私に渡してくださった。曰く、私に似合うだろうとかなんとか。いや、その前にそんな高価な宝石は身に着けられない。心の中でそう思いながらも、私は渋々指輪を受け取った。……アルベール様が引かなかったから。


『今度はドレスを用意しましょうね! あと、次会う時までに俺の気持ちを便箋にしたためておきます。五十枚ぐらいで足りるでしょうか……?』

『十枚以内でお願いします。読むのが辛いので……』

『分かりました。十枚以内にびっちりと書いて、数回に分けて送りますね!』


 それから最後に、そんな会話を交わした。その最中、私は思っていた。「……違う、そういう意味じゃない」と。五十枚を一度に送られるのと、十枚を五度に分けて送られるのでは意味が変わっていない。それどころか、郵便料の無駄になる。それに、目を通すのが大変だしそもそも置いておく場所に困る。一応、婚約者からのお手紙なので捨てるわけにもいかないし。


「エスメー。着替えたいのだけれど……とりあえず、湯あみだけさせて頂戴。準備してくれる?」

「承知いたしました。お嬢様」


 エスメーにそう指示を出せば、彼女はてきぱきと仕事に戻る。とりあえず、湯あみでもして汗を流そう。湯あみをすれば、頭がすっきりとするかもしれないし。そう思いながら、私は「ふわ~」と一度だけ大きくあくびをした。……正直、疲れたからか眠い。


「どうしてこういうことになったのかなぁ……」


 私の予想では、「婚約を解消してください」「分かりました」で終わるはずだったのに。なのに、気が付けば「捨てないで!」と縋られてドレスを掴まれて、現実味のないことを延々と聞かされた。予想していたことと正反対に近くて、頭がパンクしそうだし。


「……三か月で、私の苦手意識ってなくなるのかな……?」


 自分でこの条件を出しておいて言うのはおかしいけれど、苦手意識を三か月で解消するのってかなり難しいのでは……。そう、私は思ってしまう。でも、アルベール様だったらどんな手段を使ってでもやりそうな気がするわ。そんなことを考えて、私は小さくため息をつく。はぁ、これからどうしよう。


 この時の私は、まだ知らなかった。


 ――アルベール様の愛情の重さの、本質を。彼が、常軌を逸した執着男だったということを――……。

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