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第5話 三ヶ月の約束


「……ですが、いくらアルベール様が婚約の続行を望んでいらっしゃったとしても、私の気持ちはそう簡単には変わらないのですよ」


 それから数分後。私はゆっくりと口を開いてそう言った。そもそも、一度植え付けられた苦手意識というものは、なかなか消えないのだ。たとえ、理由をあれだけしっかり(?)教えていただいたとしても。それを理解するには、かなりの時間を要する。……特に、あんな現実味のない理由だったら、なおさら。だったら、ここは一度持ち帰って次のお茶会の時までに答えを導き出すのが最善だろう。よし、そうしよう。


「なので、この件は一旦持ち帰って次の時に――」


 私が、そこまで言ったときだった。アルベール様は私の顔にご自身のそれはそれは美しいお顔をぐっと近づけてこられる。その美しいお顔に私が見惚れていると、アルベール様は「チャンス! チャンスを、ください!」なんておっしゃった。それも、鼓膜が破れるかと思うほどの大音量で。本日、三度目。二度あることは三度あるとは、よく言ったものだ。


「チャンス、ですか……?

「えぇ、シュゼット嬢に見直していただくためのチャンスです!」


 勢いよくそうおっしゃっているけれど、その表情はどこか悲しそうだ。……まだ、私に苦手と言われたことを引きずっていらっしゃるのだろうか? いや、別にそこまで気にしてほしくないのだけれど。罪悪感が、湧く。


「……いや、私よりもいい人を見つけるという選択肢は、ないのですか?」

「あるわけないじゃないですか! 俺がシュゼット嬢に片想いをして何年が経つと思うのですか? 婚約前から見つめて、見つめて、見つめ続けてきたのに……! なのに、こんなにも簡単にフラれたら死んでも死に切れません! 貴女に憑きますから!」

「ちょっと待ってください。憑くとかそれ以前に、婚約前から見つめていたってどういうことですか?」

「そんなの、貴女に出逢ったその日からですよ。貴女を一目見たとき、俺は思いました。――天使がいるって」


 待って待って、私、間違いなく人間。紛れもない人間。呆然としながら、私は心の中でそんなことを叫んでしまう。……もしかしてだけれど、このお方私のことを神聖化していないかしら? 先ほども聖なる力とか浄化とかおっしゃっていたし……。これ、かなり重症の変態なのでは……!


「……いや、アルベール様。今までの寡黙な態度は何処に置いてこられたのですか?」

「そんなもの、貴女との婚約解消を阻止するためにと捨てました! 貴女のためだったらプライドだって捨てます!」

「うん、お願いですから人前でそんなことを軽々しくおっしゃらないでくださいね」


 アルベール様はこれでも次期侯爵様なのだ。そんな簡単にプライドを捨てるとか、言っちゃダメだ。私とは全然言葉の重みが違うのよ。


「シュゼット嬢ー!」


 私のドレスを掴んで、私の名前を叫び続けるアルベール様。いや、もういい加減本当にドレスを放してくださいよ……。アルベール様のお力だったら、いつ千切れてもおかしくないのだから。今ドレスが千切れたら、私はいったいどんな格好をして屋敷に帰ればいいのだろうか?


「分かりました。分かりましたからぁ! お願いですからアルベール様、ドレスを放してください! 千切れますから……! ドレスが千切れたら、私最悪下着姿で帰らなくちゃいけなくなるのですよ!」

「千切れたら千切れたで、俺が貴女のために密に仕立てたドレスを着ていただくので全く問題ありません。衣装室に部屋分のドレスとワンピースを、貴女のために仕立てたので」

「それは立派な無駄遣いですね……!」


 やばい。このお方、本当に手遅れだ。こんなところで侯爵家のお金と権力を使わないでいただきたい。そう思いながら私はまた呆然と空を見上げた。あぁ、空は青いなぁ……って、こんなことを思うよりもこの最悪の現状を何とかしなくては。


「シュゼット嬢! 一体、何をすれば婚約を続行してくださいますか? 死ねばいいのですか? 死ねば、俺と結婚してくれますか?」

「死んだら婚約の続行も結婚も何もないじゃないですか……。もう、面倒なのでこうしましょう」


 結局、私が折れた。だって、このお方に無茶なことを言ったら間違いなく「死ぬ」とか言い出す。死んだら婚約を続行してもらえるなどという、ぶっ飛んだ発想をするお方なのだ。……会話が、全く通じないわよね。まるで未知の生物を相手にしているみたいよ。


「とりあえず、後三か月はこの婚約を続行します。なので、その三か月の間に……」

「シュゼット嬢への愛を証明すればいいのですか? え? じゃあ、三か月の間に……」

「違います違います! 私の苦手意識を取り除いてくださいって言うことです!」


 私は慌ててそう付け足す。本日分かったことだけれど、このお方は私のことを閉じ込めたいのだと思う。先ほど、そうおっしゃっていたし、先ほどのちょっぴり虚ろな目はそう言うことだ。いくら好意が前提にあるからと言って、監禁ダメ、絶対。もちろん、暴力も暴言もダメ。行き過ぎた束縛もダメ。


「正直に言えば、私もこの婚約自体には魅力を感じています。なので、アルベール様への苦手意識さえなくなれば、私の方にこの婚約に対するデメリットはなくなります」

「分かりました。では、プレゼントは何が欲しいですか? あと、俺の想いを手紙にしたためますので、受け取ってください。この間便箋三十枚勢いで書きましたけれど、それ以上に書きますね!」

「それは突っ込み待ちですか……?」


 誰だ、勢いで自身の想いを便箋三十枚にしたためるのは。あ、目の前にいらっしゃったわ。


 目の前でブツブツと何かを唱えながら私のドレスを掴み続けるアルベール様。そんな彼に冷たい視線を向けながら、私は「はぁ」とため息をついた。……いや、本当に何故こうなった。

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