第38話 本当に格好がつきませんね……
その後、私は自分の言葉に恥ずかしくなって俯いてしまった。あぁ、告白なんて多分これが最初で最後だわ。そう思ってアルベール様のお言葉を待つのに、アルベール様は何もおっしゃってくださらない。だから、私は恐る恐るアルベール様の顔を見上げた。すると……アルベール様は、何故か泣いていらっしゃった。いや、どうして!? そう思って私は慌ててテーブルの上に置いてあったハンカチでアルベール様の涙を拭う。
「いや、どうして泣くのですか!? 泣くのは普通私じゃあ……?」
私がそう言えば、アルベール様は「うれ、しくて」とおっしゃる。そして、私が手渡したハンカチでごしごしと目元を拭っていらっしゃった。……なんだか、本当にこういうところはダメな人ね。もっとしっかりしてよ。そう思うけれど、私はアルベール様のこういうところも好きになったのだろう。頼りになるところも、縋ってこられるところも、こんなところも。
「シュゼット嬢が、俺のこと、好きってくれた……! うぅ、嬉しい、嬉しぃ……!」
「今更ですけれど、私のワンピースに鼻水付けるのやめてくださいます!?」
アルベール様は私のことをぎゅうぎゅうと抱きしめながら、私の肩にお顔を押し付けてこられる。いや、ワンピースが汚れるって……って、もうすでに惚れ薬零して汚していたわね。そう思ったら、もうどうでもよくて。私はアルベール様の背を軽くなでた。……クールナン侯爵夫人が、私にしてくださったように。落ち着くように。
「……アルベール様、その、私のこと、まだ好きって思ってくださっていますか?」
それから、私は一番不安だったことを問いかける。もしも、もう気持ちが冷めたとか言われたら。そう思って怖かったけれど、アルベール様は「もちろん、好きですよ。大好きです、愛しています!」なんて好きの三段活用をしていらっしゃった。うん、嬉しいのだけれど……ちょっと、重い。
「……よかった。私、不安で。もし、アルベール様が次に目覚めたとき、私のことなんて好きじゃないって、おっしゃるのではないかって」
それは、私が思っていた本当の気持ち。目が覚めたら、私のことなんて忘れてしまっているのではないかって。そんなことも、私が不安を感じてしまう原因の一つだった。もう好きじゃない。そう言われたら、きっと立ち直れなかった。
「もしも、記憶がなくなったとしても、俺は間違いなく何度でもシュゼット嬢のことを好きになりますよ、だって」
「だって?」
「先祖に、そう言う人がいますから!」
「……でしょうね」
私はアルベール様のお言葉に納得してしまった。あれが遺伝だとしたら、そう言う人がいてもおかしくはないもの。はぁ、執着って素晴らしいわ。でも、アルベール様の執着は少し嬉しく思ってしまう……かも。アルテュール様の執着は、あんなにも嫌だったのに。
「シュゼット嬢」
ふと、アルベール様は私の額とご自身の額を合わせてこられる。だから、私は自然と上目遣いになりながらアルベール様を見据えた。すると、アルベール様はにっこりと笑ってこられる。何が、おっしゃりたいの?
「俺、シュゼット嬢のこと大好きです。シュゼット嬢も、俺のこと好きって思ってくれたんですよね?」
「えぇ」
「じゃあ……キスくらい、してもいいですか?」
そして、そのお言葉だった。普段だったらきっと「無理です」とか「嫌です」とか「ふざけないでください」とか言っていたと思う。だけど、今日は違う。せっかくだし、今日だけはアルベール様に対して素直になる日ということに、しておこう。アルベール様のおかげで、私は助かったのだから。
「はぁ、今日くらいは、いい、ですよ」
だから、私は静かにそう告げた。その瞬間、アルベール様の表情がぱぁっと明るくなり、アルベール様のお顔が私に急接近する。その後……私の唇に何かが触れた。
(って、キスはいいけれどいきなり唇にします!?)
私はそう思って一瞬パニックになるけれど、今日くらいはいいやの精神で何も言わなかった。まぁ、私もアルベール様が生還してくれて嬉しいって思っているし。これくらいで、アルベール様に報いることが出来るのならば、何度だってキスする覚悟よ。そうお、思っていたのだけれど。
「シュゼット嬢……」
ふと、アルベール様がずるずるとその場に崩れおちてしまう。いや、一体どうしたのですか? そう思って私がアルベール様のお顔を望み込むと、アルベール様はすごく青白い顔をされていた。いや、どうしてって思ったけれど、多分……。
「傷口、まだ綺麗に塞がっていなくて……。動いたら、すごく痛いんです」
「でしょうね! 私も今その可能性にたどり着きましたよ……」
アルベール様がそうおっしゃって、私のワンピースに縋ってこられる。……本当に、格好がつかない人だ。そう思って、私は「もう、人を呼びますよ!」と言ってアルベール様を支えた。あぁ、重いわ。
「うぅ、シュゼット嬢、ご迷惑をおかけします……」
「その自覚があるのでしたら、早く治してください」
私はアルベール様をソファーに寝かせて、そのまま侍女を呼びに走った。
アルベール様は本当に格好がつかないお方だ。せっかくならば、最後までかっこよくしてほしい。そう思ったけれど、まぁ、あのお方だから無理よね。そう思ってしまう。そのまま私が廊下に出れば、すぐにエスメーと出くわした。
「エスメー、アルベール様が……」
私がそう言えば、エスメーは一瞬だけ驚いたような表情をしたものの、すぐに「はい!」と言って私のお部屋に向かってくれる。
これで、平和が訪れればいいのだけれど。そう思いながらも、私はエスメーの後に続いて自分のお部屋に戻る。窓から見える空は、真っ青で。とても、美しかった。