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第34話 どうして?


 私の大きな悲鳴。そして、倒れ込み起き上がらないアルベール様と、ナイフを持ったリーセロット様。そんな異常な空間を見てか、周囲の人たちがざわつく。つんざくような女性の悲鳴。慌てふためく男性の声。リーセロット様は、その場で糸が切れたかのように崩れ落ちてしまわれた。


「アルベール!」


 周囲の人たちがざわめき、警備の人たちがリーセロット様を押さえこんだ頃。クールナン侯爵夫人が周囲の人たちをかき分けてこちらに来てくださった。私はただ動揺した目でクールナン侯爵夫人を見つめ、時折アルベール様の身体に触れる。でも、アルベール様はうめくだけで何もおっしゃってくださらない。……どうしよう、私の所為だ。


「アルベール!」


 クールナン侯爵夫人が、アルベール様の顔色を窺い、傷口に手をかざす。必死に呪文を唱えれば、その手からは温かい光が漏れていた。多分、これは治癒魔法なのだろうな。それは、理解した。


「ヨハン! 部屋を一つ貸して頂戴! アルベールが!」

「わ、分かった、姉さん!」


 そうおっしゃって、ナフテハール伯爵がどこかに走って行かれる。華やかなパーティーは、一転して事件の現場となってしまった。その原因の一つは、私。だから、私はただその場で震えることしか出来なかった。……アルベール様に手を伸ばそうとするけれど、今になって触れる資格などないと思ってしまった。


「……やっぱり、私の力は落ちているわね。旦那様! アルベールを運んで頂戴!」

「分かった、ティナ」


 クールナン侯爵が、アルベール様を背負ってお屋敷の方に走って行かれる。……私は、どうしたらいいの? そう思ってただその場でうずくまっていると、クールナン侯爵夫人が私の方に近づいてこられた。私、怒られるのよね。そうよ、だって元はと言えば私を庇ったからアルベール様は刺されてしまったのだもの。


「……シュゼットちゃん」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……」

「違う、謝ってほしいわけじゃないわ。貴女も被害者じゃない。……悪いのは、あのマーセン伯爵家の令嬢よ。ほら、きちんと落ち着いて」


 クールナン侯爵夫人が、私の背を撫でながらそうおっしゃる。だから、私は浅い呼吸を整えようと必死に深呼吸をする。でも、上手く息が吸えない。焦れば焦るほど、呼吸が浅くなる。


「うぅ、ご、ごめんな、さい……!」

「大丈夫よ。……ヨハンに頼んで、一旦屋敷の中に入れてもらいましょう。今日はこのまま解散になると思うから。落ち着くまで、私が付いているわ」


 私のことを優しく抱きしめ、クールナン侯爵夫人はそうおっしゃった。その後、しばらくして「立てる?」と問いかけてくださる。そのため、私は静かに頷いてクールナン侯爵夫人に寄りかかりながら、ゆっくりと会場を出て行った。クールナン侯爵夫人は、強い。一人息子が刺されたのに、こんな風に私のことを気遣ってくださるのだから。


「……私もね、落ち着いているように見えるけれど、実際はかなり焦っているのよ。ただ、ほら。人間って自分よりも焦っている人を見ると脳が冷静になっちゃうの。それに、私はアルベールのことも大切だけれど、シュゼットちゃんのことも大切に思っているのよ。だから、貴女にも傷ついてほしくなかった」

「うぅ……」

「だから、アルベールの判断は正しいと私は思うわ」


 そうおっしゃったクールナン侯爵夫人のお言葉に、私は涙を零してしまった。先ほどまで、驚きから涙何て零れなかったのに。そもそも、私はクールナン侯爵夫人に責められてもおかしくなかったのに。


「ほら、一旦お茶でも飲んで落ち着きましょうね。侍女に、頼むから」


 クールナン侯爵夫人は、ナフテハール伯爵家のお屋敷の一室に私のことを案内してくださると、近くにいた侍女にお茶を頼まれていた。……そう言えば、ここはご実家なのだっけ。


「落ち着いたら、一旦カイレ子爵家に帰りなさい。そこで、まずは落ち着くことをお勧めするわ。その後、連絡をするからそれまではゆっくりするのよ。……アルベールのことは、私たちに任せて」

「……で、も」

「いいから。貴女も目の前で婚約者が刺されて、パニックに陥っているでしょうから。……まずは、ゆっくりと休むこと。アルベールが次に目覚めたとき、貴女が倒れていたらきっと悲しむわ」


 そんなクールナン侯爵夫人のお言葉に、私は頷く。とりあえず、私は落ち着く。落ち着かなくちゃ、ダメなのよね。


「迎えを頼みましょうね。大丈夫、きっと、大丈夫よ」


 そのお言葉はまるで、ご自分に言い聞かせているかのようにも、私には聞こえた。だから、私は涙を零しながらただ震えることしか出来なくて。ナイフの銀色が、未だに私の脳内に焼き付いている。……怖い。


「大丈夫よ、きっと、大丈夫だから。あの子は丈夫だし、貴女は強いわ」


 そう言い聞かせてくださるクールナン侯爵夫人に、私は抱き着いてしまった。そして、ただ神様に祈った。どうか、アルベール様が無事に目覚めて、またいつものようなバカバカしい会話が出来ますように、と。そう祈ることしか、今の私には出来なかった。

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