第33話 再会と……
それから一時間程度は何の問題もなくパーティーを楽しむことが出来た。それはきっと、このパーティーがそこまで大きな規模のものではなかったからだと思う。どうやらこのパーティーに招待されているのは、伯爵子爵くらいの家柄の人が主らしく、そこまで身分の高い人はいらっしゃらなかった。このパーティーに招待されている中で最も身分が高いのは、クールナン侯爵夫妻とアルベール様だし。
「シュゼット嬢。何か欲しいものはありますか? 飲み物、取ってきますよ」
「い、いえ、それくらい自分で出来ますから」
「歩くの、辛いんでしょう? 無理しなくてもいいので」
アルベール様にそう声を掛けられて、私はただ俯くことしか出来なかった。確かに、歩くのが辛い。元々靴擦れしやすい足なのか、慣れていない靴で歩くとすぐに足が痛くなってしまう。たまに血まみれになることもあるし。そう考えたら、ここは甘えた方が良いのかな?
「で、では、お願いします……」
「はい、頼まれました。シュゼット嬢は、ここに居てくださいね」
そうおっしゃったアルベール様は、私を休憩用の椅子に座らせると颯爽と飲み物を取りに行かれた。その後ろ姿を見つめながら、私は呆然とする。やっぱり、アルベール様は美形なのよね。周囲のご令嬢がうっとりとしたような表情で、アルベール様のことを見つめているもの。
(元々、私は釣り合わないって思っていたからアルベール様に婚約の解消をお願いしたのよね)
そう思うけれど、今は全然違う意味で婚約の解消がしたいと思っている。そりゃあまぁ、前よりはこの関係を続けてもいいかなぁと思うようにはなった。だけど、あの人と一生を添い遂げる勇気が今の私にはないのだ。あれだけ私のことを守ってくださろうとする男性、きっとほかにはいらっしゃらないのに。
「……シュゼット・カイレ様」
そんなことを考えていると、不意に私の名前が呼ばれる。その声は、この間確かに聞いた女性の声で。私が慌てて顔を上げれば、そこには相変わらず髪の毛をしっかりと巻いたリーセロット様がいらっしゃった。……リーセロット様、このパーティーに招待されていたのね。
「リーセロット様」
私がゆっくりとその名を呼ぶと、リーセロット様は目を柔和に細めて私に笑いかけてくださった。その後、一歩一歩踏みしめるかのように私の方に近づいてこられる。……その歩き方は、何処か人形のようだった。なんというか、一定の歩幅で一定のスピードで歩いていらっしゃるからだろう。
「わたくしね、貴女と、とてもお話がしたかったの」
リーセロット様のその声は、抑揚もなくただ淡々と原稿か何かを読み上げているようだった。だから、私はそんな彼女が恐ろしくて椅子から立ち上がって後ずさる。周囲の人たちは、誰一人として私とリーセロット様の異常には気が付かない。これじゃあまるで、アルテュール様の魔法の空間にいるみたいじゃない……!
「わ、私は、何も、ありません……から」
「そんな悲しいことをおっしゃらないで。わたくしはずっとずーっとシュゼット様と、お話がしたかったのよ?」
リーセロット様は相変わらず一定のスピードで、私に近づいてこられる。私は後ずさるけれど、距離は縮まるばかりだ。こういう時は、相手に背を向けるのはよくない。だから、落ち着くように促して後ずさりをするしかない。
「……何が、目的なのですか」
「あら、わたくしの目的なんて、一つしかないじゃない」
……そう、よね。リーセロット様の目的は、アルベール様との婚姻。邪魔な私を排除すること。つまり、リーセロット様は私に「アルベール様との婚約を破棄するように」とおっしゃりたいはず。……でも、今の空気だとそんなことをおっしゃりたいわけではないと思う。この空気は、そう。肌を刺すようなピリピリとしたものなのだ。殺気に満ち溢れている、と言えばいいのだろうか。
「ふふっ、わたくし、貴女が気に食わないの。そう、貴女が生きているだけで憎悪が湧きだしてしまうくらいには、ね。だから――」
そうおっしゃったリーセロット様は、何やら呪文を唱えられる。すると、その手には銀色に輝くナイフが握られていた。……あれで、私を殺そうということなのよね。少し、ナイフが濡れているように見えるのはどうして? そう思ったけれど、今の私にそんなことを考える余裕はなくて。私はやはりじりじりと後ずさることしか出来なかった。
(叫びたいのに、喉が震えて何も声が出ないわ……)
人間とは、本当の危機に陥ったら叫ぶことが出来ないのね。そう、思う。でも、時間は止まってくれない。ナイフを私に向けて近づいてこられるリーセロット様から、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ。そう思うのに、肝心な時に足がもつれて転んでしまう。ダメ、これじゃあ私、ここで刺されて――。
「シュゼット嬢!」
そんな時、だった。私の身体に誰かが覆いかぶさってくる。その後、何やら気持ちの悪い音が私の耳に届いた。……何? そう思って、慌てて瞑ってしまった目を開ければ、私に覆いかぶさっているのは間違いなく……アルベール様。
「アルベール様?」
私は恐る恐るアルベール様に声をかけるけれど、アルベール様は小さく「だいじょう、ぶ、ですか?」とおっしゃる。まさか、まさかだけれど――。そう思って私がアルベール様の身体に触れようとすれば、アルベール様がその場で倒れこまれる。その瞬間、私はすべてを理解した。
「……いやぁぁっ!」
アルベール様が、私を庇って刺されたということ。それを私は理解した。理解してしまった。