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第4話 婚約者の態度の意味


「……苦手」


 アルベール様が、私の言葉を復唱する。うん、私はアルベール様のことが大の苦手なのです。この際、開き直ってやろう。……そう思ったけれど、そうは言えなかった。だって、どうにも追い打ちをかけるようになりそうだったから。今のアルベール様は、心の底からショックだとでもいうように、今にも泣きだしそうな表情になられていたから。いや「冷血貴公子」の面影ゼロですよ。何処に行ったの、面影。そう突っ込もうかと思ったけれど、それも止めた。するだけ無駄だ。


「シュゼット嬢は、やっぱり俺のことを捨てる気なのですね……!」


 そして、そのお言葉だった。いや、何度も言っているじゃありませんか。捨てられるのは私だって。そう告げるけれど、アルベール様は聞く耳を持ってくださらない。さらには私のドレスを相変わらず掴んで、放さない。もうここまで来れば根性を通り越して執念だ。逃げるに逃げられないじゃない。


「ですから、捨てるとか捨てないとか、そう言うことじゃなくてですね……! あぁ、もうっ!」


 もう、このままだと埒が明かない。だったら、もうさっさと納得していただくしかないじゃない。そして、アルベール様側の説明もきちんと聞く。その上で、私が折れるかアルベール様が折れるかの、仁義なき戦いが始まるのだ。……とにかく。まずは、アルベール様の主張を聞こう。そうしないと、何も始まらない。


「分かりました。分かりましたよ! では、アルベール様が何故あんな態度を私に取っていらっしゃったのか、理由を教えてくださいませんか!?」


 私がそう言ってアルベール様に詰め寄れば、アルベール様は露骨に私から視線を逸らされる。その頬は少しばかり赤くなっており、なんだか意外だった。……もしかして、照れていらっしゃるのだろうか? 今の言葉のどこに、照れる要素があったのかは分からないのだけれど。


「え、えっと……じゃあ、まずは何処から……」

「……私が質問をさせていただきますので、それに答えていただければ、と」


 このお方に長々と話をさせると分かりにくい気がする。そう思ったので、私が問いかけたことに対して回答していただくという形をとることを提案した。すると、アルベール様は静かに頷かれる。どうやら、納得してくださったようだ。


「じゃあ、まず一つ目。何故、私と会話をしてくださらなかったのですか? ほかのお方とは、まだ会話をされるのに」


 私は一つ目にその質問を選んだ。アルベール様は実はほかの貴族のご令嬢とは、まだ少しだけ会話をされるのだ。とはいっても、アルベール様側の返答は「あぁ」「違う」「そうか」の三つのみ。あれで会話が成り立つのだから、ある意味素晴らしいと思う。ちなみにだけれど、仲のいい同性の方とはきちんと話す。……というか、今のアルベール様には寡黙の面影もありゃしない。


「……シュゼット嬢のことを見たら、言葉が頭から消えるのです。なんといいますか……まるで、聖なる力で俺の言葉が浄化されているような……」

「いや、私、浄化するような聖なる力なんて出していませんけれど……?」


 アルベール様は真剣な表情でそうおっしゃる。現実味のない回答だったけれど、その表情からしてどうやら嘘ではないようで。……もしかしてだけれど、この後もこんな現実味のない回答ばかりなのだろうか? そう思って、私は一度だけ身震いする。


「次に二つ目。何故、私と会話をする際にほとんど視線を合わせてくださらないのですか?」


 普通、会話をする際は視線を合わせると思う。しかし、アルベール様は私と会話をする際に視線をほとんど合わせてくださらない。会話をする際以外はまだ合わせるのに、会話になると途端に逸らされる。これじゃあ、嫌われていると思ってしまうだろう、誰だって。


「……シュゼット嬢の目は、とても美しいじゃないですか。それに声もとても綺麗で……。二つ同時に体内に取り入れると、尊すぎて死にそうなのです……」

「私の声と目は有害物質ですか!?」


 私はそう大声で突っ込んでしまった。そもそも、目を見ても声を聞いても体内に取り込むことにはならないと思う。このお方は、まずその部分の認識がずれている。そう思いながら、私はコホンと一度だけ咳払いをして、次の質問に移る。正直に言えば、これが一番重要な質問だった。


「最後に。何故……私のことを睨みつけていらっしゃったのですか?」


 アルベール様の目は、とても鋭い。あれで睨みつけられたら、大人でもひとたまりもなく怯んでしまうだろう。そんな目で睨み続けられること、一年と半年。私の精神と寿命がどれだけすり減ったかは、想像もできない。そういう意味を込めて疑い深い視線をアルベール様に向ければ、アルベール様は何故か赤面されていた。……いや、今回もどこに照れる要素があったの?


「しゅ、シュゼット嬢の装いとか髪型とか、全部脳裏に焼き付けたくて……。俺、集中すると目つきが悪くなってしまって。だから、睨みつけたと勘違いされたの、だと」

「……脳裏に焼き付けて、どうされるのですか……」

「そんなの、思い出して悶えるに決まっているじゃないですか! あぁ、あの装いは可愛らしかったなとか、あの装いはシュゼット嬢をうまく引き立てていたなとか。まるで女神様みたいだったなとか。あと、誕生日プレゼントを選ぶ際の参考にしたりしようかと……」

「まさかですが、私の装いを全部覚えていたり……」

「そりゃあもちろん! 婚約をする前から全部脳裏に焼き付けてノートに記録していますから!」


 ……聞きたくなかった情報、どうもありがとうございます。そう思って、私は頭を抱えたくなった。どうやら、アルベール様と私は勘違いからすれ違っていたよう。……元々、このお方は不器用なお方なのだろうな。だから、こういうことになってしまった。でも、私の中で芽生えた苦手意識は完全に消えることはないだろう。……さて、どうしたものか。


「……えっと、今教えていただいたことを踏まえると、アルベール様は私との婚約を解消したくない、ということでしょうか……?」

「もちろんですよ! むしろ、今すぐにこのまま結婚したい! それから、貴女を屋敷に閉じ込めて独り占めしたい!」


 ……本当に、聞きたくなかった言葉が聞こえてきたわ。そんなことを思いながら、私は「はぁ」と小さくため息をついた。これから、どうしよう。そう思って、私は唐突に空を見上げた。あぁ、空は青いなぁ。相変わらずアルベール様は、私のドレスを掴んだままだ。もう、執念さえ通り越して狂気にしか見えなかった。

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