第32話 ナフテハール伯爵家のパーティーにて
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「シュゼット嬢、大丈夫ですか?」
「大丈夫、です。きちんと高いヒールで歩く練習も、してきましたから」
あれから一週間後。私はアルベール様と共にとある伯爵家で開かれているパーティーに参加していた。この間のようにクールナン侯爵家で全身を着飾っていただいて、そのままアルベール様と共にパーティー会場にやってきていた。ちなみに、アルベール様は馬車の中でやたらと引っ付いてこられて、私を褒めてこられた。いや、確かに私綺麗になったと思いますけれど、褒め言葉が大袈裟すぎて……ちょっと、ねぇ?
「ふらついても大丈夫ですよ。俺がきちんと支えるので!」
「支えていただけるのはありがたいですが、下心満載ですよね?」
「そんなことありませんよ!」
そうアルベール様はおっしゃるけれど、間違いなく下心満載だ。そう思いながらも、私はアルベール様と絡めた腕に力を込めた。いや、練習したと言っても完ぺきではないのよね。ふらつくの、怖いし。そもそも、転んだら間違いなく笑い者だわ。
「そう言えば、主催の伯爵家はクールナン侯爵家と近しいのですよね?」
「そうですよ。このナフテハール伯爵家は母様の実家です」
「えっ⁉」
「あれ、言っていませんでしたっけ?」
アルベール様は何でもない風にそうおっしゃるけれど、私そんなこと一言も聞いていないのよね。特に、クールナン侯爵夫人は実家のことをにあまり触れられたくないらしく、話題に上ることもあまりないらしいし。まぁ、これも私が社交を最低限しかしていなかったというのが、根本の原因なのかもしれないけれど……。
「うぅ、勉強不足でした」
「いえ、俺が話していないんでしたら、俺が悪いです。……それに、今はある程度名誉が回復したと言っても、元々ナフテハール伯爵家はかなり落ちぶれていましたから」
そうおっしゃって、アルベール様はパーティー会場を見渡す。装飾は結構豪華。まぁ、テーリンゲン公爵家には負けるのだけれど。
本日はナフテハール伯爵家の当主であるヨハン様の誕生日を祝ったパーティーである。クールナン侯爵夫人のご実家ということは、夫人のお兄様か弟様なのよね。いつも以上にしっかりとあいさつをしなくちゃ。
「アルベール」
それからしばらくした頃、ふと一人の男性に声を掛けられる。その男性の顔立ちは渋くて、ダンディといった言葉が似合いそうだ。それは、若い頃は大層モテたであろうことも容易に想像が出来た。そして、何処かクールナン侯爵夫人と雰囲気が似ていた。
「ヨハンおじ様。お世話になっております」
「いや、こちらこそ。アルベールが来てくれて、とても嬉しいよ。そちらが、アルベールの婚約者かい?」
「はい」
アルベール様のその返事を聞かれた男性――ナフテハール伯爵は、私の方に視線を移されると「綺麗な子だね」とおっしゃってくださった。なので、私は静かに落ち着いて一礼をする。その後「シュゼット・カイレと申します」と自己紹介をする。その際にふらついたのはご愛嬌だ。
「そう、シュゼット嬢だね。僕はヨハン・ナフテハール。ナフテハール伯爵家の現当主だ。シュゼット嬢、アルベールのことをよろしく頼むよ。僕はこれでも姉さんの子供であるアルベールを、実の息子のように思っているからね。ま、僕独身なのだけれど」
「どく、しん、ですか?」
「うん、家を復興させようと頑張っていたら、婚期を完全に逃してしまってね。跡取りに関しては、アルベールの子を据えようと思っているから、ぜひとも二人以上子供をもうけてね」
「……はぁ」
ナフテハール伯爵はそうおっしゃって、アルベール様の肩をポンと叩かれた。……独身。あの素晴らしき顔立ちで、独身。なんというか、世の中の不思議を見てしまった気がする。でも、家を復興させるのに必死だったらそれもあり得る……のかな?
「ヨハンおじ様は、クールナン侯爵家のある程度の援助をうまく活用して、家を復興させました。なので、俺はあの人のことを尊敬しています」
アルベール様はナフテハール伯爵を見つめながら、そんなことをおっしゃる。……クールナン侯爵夫人も、家のことでかなり苦労されたみたいだし、アルベール様もいろいろと思うことがあるのだろうな。
「ま、今回のパーティーは完全な他人の家のパーティーというわけではないですし、気楽にいきましょう、シュゼット嬢」
「はい」
私はそう返事をして、アルベール様と絡めた腕に力を入れた。うん、もう無理。足がふらつく……! そう思っていると、アルベール様がにっこりとされて私の方を見つめてこられた。絶対に、役得とか思っていらっしゃるのでしょうね。だって、胸当たっていますし。
(そう言えば、この間のドレスと違って胸が苦しくないわね……)
まさかだけれど、このお方私の胸のサイズを把握していらっしゃるのでは……? そう思ったけれど、考えると怖いので考えないようにした。アルベール様の横顔をちらりと見つめれば、そのお顔はとても凛々しくて。……絶対に違うと、思いたかった。まぁ、願望なのだけれど。真実は、知らない。