第25話 ライバル登場……?
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「シュゼット嬢、その……」
「何を不安になっていらっしゃるのですか? 私は面白かったですよ」
「……よかった」
劇を見終え、私とアルベール様は近くのカフェでお茶をしていた。アルベール様が劇に心配を覚えた理由は、私にも一応わかる。だって、ちょっぴり際どいシーンもあったのだもの。でも、あれくらい刺激がある方が貴族には人気が出るのよね。自由に恋愛が出来ない分夢を見たいということで。……まぁ、私はアルテュール様に意地悪ばかりされた所為で、男性が苦手になってしまったのだけれど。その所為で、恋愛もくそもないと思っている。
「男性からすれば、ああいうのはお嫌いですか?」
「嫌いっていうか……その。会場が女性ばかりで、気後れすると言いますか……」
「まぁ、そうですよね……って、アルベール様ずっと私の顔ばかり見ていましたよね? 劇を観ていたのですか?」
「……微妙ですね」
劇を観ている間、アルベール様は間違いなくずっと私の顔を見ていらっしゃった。だって、アルベール様に視線を向ければ必ずと言っていいほど、視線が交わったのだもの。そして、その後露骨に視線を逸らされるまでがワンパターン。そんなことがあること約十回。さすがに鈍い私でも、気が付く。
「……はぁ、私の顔って、そんなにも面白いですか?」
「はい、見ていて面白いですよ。俺が知らないシュゼット嬢を、知れるような気がして、いつまでも見ていられます」
「……そう、ですか」
私は目の前のパンケーキに視線を向けながら、少し照れてしまった。って、こんなのキャラじゃないわよね。そう思って、私はブルーベリーのソースがたっぷりとかかったパンケーキを一口大に切り分けて、口に運ぶ。……美味しいけれど、甘いわ。
「アルベール様、私のことがそんなにも好きなのですか?」
ふと、好奇心からそう訊いてしまった。アルベール様が私に重すぎる愛情を注いでいることは、私にだって分かる。「好き」「大好き」「愛している」なんてお言葉、ここ最近聞いてばかりだ。でも、なんだかふと気になってしまうのだ。それは、本当なのかって。……軽々しく好意を伝えられると、安っぽく感じてしまうということなのだろうか。もしもそうだとしたら……女って、面倒な生き物ね。
「もちろん、好きですよ! シュゼット嬢以上に愛せる人はこの世に居ませんから! シュゼット嬢が俺のすべてです!」
「……大袈裟ですねぇ。でも、ありがとう、ございます」
何故だろうか、今日に限って私は素直にお礼が言えていた。アルベール様のことを苦手だって思う気持ちは、まだ確かにあるのに。愛情が重すぎて、束縛だって酷そうだし、執着されまくりだけれど……それでも、悪くないって思う気持ちが少しずつ芽生えている。……はぁ、私ってこんな人間だっけ? なんだか、アルテュール様に再会してから弱くなっている気がするわ……。
「シュゼット嬢が俺の好意を受け止めてくれた! 今日はパーティーを開きたいです!」
「止めてください、迷惑です」
だけど、こんなにもつまらないことでパーティーを開くのは勘弁願いたい。だから、私はアルベール様に心の底からの冷たい視線を向けた。……なのに、何故かアルベール様は楽しそうに笑っていらっしゃった。……どうして? 本当にどうして? マゾなの? そう思ったけれど、口には出さなかった。だって、ここは外だもの。
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「美味しかったですね~。シュゼット嬢と一緒に食べると、十割増しくらいで美味しく感じます!」
「そうですか。私は普通ですね」
カフェを出て、二人で並んで歩く。相変わらずアルベール様は私の手首を掴んで離さない。……手、繋ぐことくらい許可した方が良いのだろうか? う~ん、でも……。
(やっぱり、無理だわ……)
なんというか、私の潜在意識の中にある男性に対する苦手意識が、それを拒否してしまう。最近、マシになっていたのに。やっぱり、アルテュール様の所為……なのよね。
「アルベール様。あのですね――」
私が、アルベール様のお顔を見上げて声をかけようとしたときだった。アルベール様が、突然前のめりになられる。それは、後ろから誰かがタックルしてきたからで。……って、誰?
「アルベール様! ここで会えるなんて、まさに運命ですわね!」
「……だれ、ですか?」
そのまま、その誰かはアルベール様の腰に手を回される。よくよく見なくても、その誰かは女性だった。美しい茶色の髪をガンガンに巻いており、その髪型は一部では「縦ロール」と呼ばれているものだ。その身に纏っているワンピースは高価なものであり、後ろには何人もの従者が大きな荷物を持って控えている。……貴族のご令嬢、か。
「……もう一度訊きます、誰ですか?」
だけど、アルベール様はそのご令嬢を引きはがすと、強くにらみつけてそう尋ねていらっしゃった。でも、そのご令嬢は負けない。ぷくぅと頬を膨らませ、とても可愛らしい表情を浮かべる。その後、私のことを軽く一瞥されると「はっ」と意地悪く笑われた。……感じ悪い。
「アルベール様は、わたくしのことを覚えてくださっていないのね。わたくしはアルベール様の婚約者候補の筆頭だった、リーセロット・マーセンですわ!」
そうおっしゃったご令嬢――リーセロット様はその縦ロールを手で華麗に払うと、アルベール様に微笑みかけていらっしゃった。