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第3話 シュゼットの想い


「俺はシュゼット嬢が好きです! シュゼット嬢一筋です! シュゼット嬢しか、眼中にないのです!」

「わ、分かりました、分かりましたから、一旦落ち着いてくださいませ……!」


 今にも泣きだしそうなアルベール様を宥めながら、私はそんなことを言う。そして、ゆっくりと落ち着かれ始めたアルベール様を引き離して、私の方もほっと一息をつく。アルベール様は私から引き離されても、未だに私のドレスを握って「捨てないで……!」と告げてこられる。……いや、普通に考えれば捨てられるのは私ですよね? 立場的に考えたら。


「……いや、アルベール様。捨てられるのは私の方ですよね? 立場的に考えて」


 身分もアルベール様の方が上だし、容姿の良さもアルベール様の方が断然上。将来有望なのもアルベール様。もうここまで揃ったら、私がアルベール様に勝てる要素などない。だから、普通に考えて「捨てないで!」と言って縋るのは私のはずなのだ。……決して、アルベール様がおっしゃることではない。


「いえ! 俺はシュゼット嬢を捨てるなんてこと、考えたこともありません! 捨てられるのは俺の方だって、常々危機感がありましたし……」


 しょぼくれたようにそうおっしゃるアルベール様に、不意に胸がときめいた。って、いや、何故今更? そう思ったのだけれど、私の前でアルベール様がこんなにも感情を露わにしてくださったのは、初めてだ。だからだろう。そう自分自身に言い聞かせて、納得させる。と言いますか、私に捨てられる危機感なんて持ち合わせていらっしゃったのね。そうですか。私、どれだけ極悪非道な女だと思われていたのかしら?


「私、アルベール様を捨てようなんて思ったこと一度もないのですが……。何故、そんな発想に……」

「だって、シュゼット嬢はとてもお美しいじゃないですか! 俺みたいなのじゃ、足元にも及ばないぐらいですから、いずれは容姿のいい男性の元に行くのだって思っていて……!」

「いやいやいや! ご自分のお顔きちんと見てくださいよ! とってもお美しいですよ!?」


 私はアルベール様に勢いよく詰め寄ってそう言う。未だに私のドレスをつかんで離さないのはさすがだと思う。しかし、こんなところで根性を発揮しないでいただきたい。それが切実な本音だった。


「それに、身分的に考えてアルベール様の方が上じゃないですか。私が捨てるなんて、そんな図々しいこと出来ませんよ」

「今、婚約の解消を頼んできたじゃないですか……」

「それは、アルベール様が私との婚約を不満に思っていらっしゃると思っていたからで……」

「それでも一緒なのです!」


 アルベール様は私にその綺麗なお顔をぐっと近づけて、そんなことをおっしゃる。いや、この場合も捨てられるのはやっぱりアルベール様じゃなくて私ですよね……? そう言いたかったけれど、声にはならなかった。


「だって、俺の周りの男性はすごく顔のいい奴ばかりなのですよ!? あんなの見たら、俺の顔が綺麗だとは思えるわけないじゃないですか!」

「いや、アルベール様も負けていませんよ……」


 そりゃあ、ね? アルベール様が同性のご友人として関わっていらっしゃるご令息方は、それはそれはお美しいお方ばかり。儚げな美形に、凛々しい美形。女性にも見間違える美形等々。でも、一番男らしくてかっこいいのはアルベール様だと私は思っているのですよ? うん、私大して美形に興味ないけれど。


「あの中で一番男らしくてかっこいいのはアルベール様じゃないですか。もっとご自分に自信を持ってくださいな」

「……本当ですか? 本当に、本当にシュゼット嬢はそう思ってくださっているのですか?」

「え、えぇ、まぁ……」


 うん、あの中で一番男らしいのはアルベール様だと私は勝手に思っている。けど、アルベール様のお言葉にまっすぐな返事は出来なかった。なんだか、怖かったから。……なんだか、言いくるめられているような気がしたから。


「そ、そもそも! 私のことが好きなのでしたら、どうしてあんな風に嫌われるような態度をとるのですか! おかげで私、アルベール様に付きまとう図々しい女って周囲から思われていたのですよ!?」


 その思い込みの所為で、私は嫌がらせばかり受けていた。そりゃあ、味方をしてくれる人もいた。でも、敵の方が圧倒的に多くて。たまーに出る社交界ではドレスに果実水をかけられるのは当たり前。一番ひどいときは、階段から突き落とされたこともある。その時は偶然兄が側にいたこともあり、その犯人のご令嬢は表に出てこれなくなったけれど。噂では、修道院に送られたとかなんとか。


 でも、アルベール様が普通に私と接してくださればこの嫌がらせは少しでも減っていたと思う。だって、相手方のご令嬢はいつもおっしゃっていた。


 ――嫌われているのに、未だに付きまとうのね、と。


「アルベール様が、どういう意味であんな態度を私に取っていたのかは分かりません。ですが……それでも、それでもっ! 私は辛かった……!」


 嫌味とか言われて、嫌がらせをされて。たかが子爵令嬢のくせにって見下される。そんな日々がどれだけ辛いか。男性のアルベール様にはきっと理解できないだろう。普通、こういうシチュエーションでは婚約者が守ってくれるのが鉄則だろう。なのに、その婚約者であるアルベール様は私のことを嫌うような態度。これで苦手になるなという方が無理だった。


「シュゼット嬢……」

「おかげで私はアルベール様のことが大の苦手になっちゃったんですからね!」


 そして、勢いに任せてそんなことを言ってしまった。……それから三秒後。激しい後悔が私を襲った。

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