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第22話 そこは自慢するところじゃないです……!


「あぁ、そうだ。シュゼット嬢。俺、シュゼット嬢が元気になったら叶えてほしいことリスト、作りました!」

「……ごめんなさい、まず第一に。そのリストには一体いくつのお願いが書いてあるのですか?」

「ざっと数えて五十強ですかね!」

「お願いします、一つだけにしてください」


 私はアルベール様が取り出したノートを見つめて、そう言う。五十強もお願いをされたら、私の身体がいくつあっても足りない。せめて一つ。一つだけだったら……まだ、叶えることが出来る、と思う! プリンのお礼だけれど。我ながら絆されている感が否めないけれど。


「……でも」

「でも、じゃないです。私の身体一つじゃ、出来ることは限られていますから」

「……はい」


 アルベール様はしょぼくれたようにそうおっしゃると、ノートをぺらぺらとめくられている。大方、叶えてほしいことリストから最も叶えてほしいお願いを探されているのだろう。……何を望まれるのだろうか? そう思いながら私はぐっと息をのんでアルベール様を見据える。すると、アルベール様は決められたのかノートをめくる手を止められた。


「じゃあ、シュゼット嬢。元気になったら俺と街に出て、デートをしてください」

「……そんなことで、いいのですか?」

「えぇ、これが俺の一番叶えてほしいお願いです」


 私は思わずそう訊き返してしまった。だって、そうじゃない。アルベール様のお望みなんて、かなりのものだと思っていた。「屋敷に監禁させてほしい!」くらいおっしゃるのかと思っていた。私がお願いに目を丸くしていると、アルベール様は「いろいろと、行きたい場所がありまして!」とそれはそれはお美しい笑みでおっしゃった。……行きたい場所、か。私も街には出向かないから、新鮮かもしれない。


「分かりました。では、元気になったら私と街に出向きましょう」


 だから、私は素直にそう言えていた。笑顔を浮かべて、街で行ってみたい場所を考える。街のレストランとか、雑貨屋とか言ってみたい。あと、下位貴族の令嬢間で話題になっているという劇も、観てみたいなぁ。うぅ、考えたらいろいろと行ってみたい場所が思い浮かぶ。


(そう言えば、アルテュール様との一件があってから、周囲がいろいろと過保護になっていたわね)


 アルテュール様に小屋に閉じ込められるという一件があって以来、私の周囲は異常なほど私に過保護になった。アルベール様と婚約した当初は、クールナン侯爵家のお屋敷で開かれる二人きりのお茶会さえ、両親に渋られていたくらいなのだ。でも、私はクールナン侯爵家と縁を繋ぐことが、私にできる唯一のことだと信じていた。だから、その二人きりのお茶会に参加していた。……どれだけ口数が少なくても、睨まれても。それでも、婚約を続けてきたのにはそう言う理由があったから。


 ……でも、まさかアルベール様が私のことを愛しすぎてああなっていたということは、予想外過ぎたけれど。


「アルベール様。私、行きたい場所を考えていてもいいですか? いろいろと、行ってみたい場所があるのです」


 私が声を弾ませながらそう言うと、アルベール様は「もちろんどうぞ」とおっしゃってくださった。何処に行こうかな……。そう思ったら、心がワクワクとする。たとえこれがアルベール様とのデートだったとしても、街に出向けるのならばそんな些細なこと全然構わない。……両親には悪いけれど、私はこの過保護にされる生活にかなり嫌気がさしていたのだ。


「シュゼット嬢、可愛らしいですね。……抱きしめたいですよ。少しだけ、抱きしめてもいいですか?」

「……それは、その」

「大丈夫。勢いあまってキスとかしませんから……! ただ、抱きしめるだけで……!」


 そうおっしゃったアルベール様が、じりじりと私との距離を縮めてこられる。無理。そんなの……無理! そう言うことをする覚悟が、今の私にはない。うぅ、どうやって断ろう……。


「そ、その、私今、風邪気味ですので……治ってからに、していただければ、と。移ると、大変なので……」

「むしろ、俺に移せば軽くなりますよね? 俺、シュゼット嬢からのプレゼントだと思ったら風邪でも嬉しいですから……!」

「そのポジティブ思考、素晴らしいですね。ですが、私の罪悪感がとんでもないことになりそうなので、そう言うのは止めていただけると」


 私ににじり寄ってこられるアルベール様と、逃げようとする私。もうここはとんでもない空間になっていた。私を抱きしめたいアルベール様と、抱きしめられたくない私。この攻防戦、勝つのはどちらか……! って、こんなことを考えて現実逃避している場合じゃないわ。何とかして、納得していただかなくちゃ。


「シュゼット嬢!」

「無理です! 絶対に無理です! そもそも、私はまだアルベール様に苦手意識があるのです!」


 もう、そう言うことしか出来なかった。


 アルベール様は馬鹿正直だ。


 アルベール様は愛が重い。


 アルベール様は若干変態である。


 それでも、悪いお方ではないということだけは、知っている。私には嘘をつかない方だということも、知っている。


 でも、でも――……!


(愛が重すぎて、事故物件化しているのよ……!)


 重すぎる愛ゆえに、事故物件となっているアルベール様。お屋敷だったとしたら、その愛の重さで屋根がつぶれている。むしろ、地盤沈下くらい起こしていそう。地面が、可哀想。


「せめてその愛の重さを直してから、私に迫ってくださいよ!」


 逃げ場を失った私は、そう叫ぶことしか出来ない。浮気されるよりはマシかもしれないけれど。でも、この愛情は私一人で受け止めることが出来ない。本当に重すぎる。


「嫌です! 俺のこの愛情はシュゼット嬢にしか向けれらないのです。シュゼット嬢限定の愛情なのです!」

「一人分にしては重すぎます! これ、多分百人分の愛情です!」

「いいえ、普通の人で数えたら千人分です!」


 そこは自慢するところじゃないです! そう言う意味を込めて、私はアルベール様の頭を軽くはたいた。……やはり、慣れというものは心底恐ろしいものだった。

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