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第19話 風邪を引きまして


 ☆★☆


「熱は高いですが、大方精神的な疲労が原因だと思われます。ただ、出来れば五日程度は安静にされた方がいいかと」

「……そうですか。ありがとうございます」


 人のよさそうな顔をした侍医は、それだけを残して私のお部屋を出ていく。私の診察に付き添ってくださったお母様は、侍医を玄関まで送っていくと私に耳打ちされると出ていかれた。……はぁ、絶対に侍医の言う通り精神的な疲労だわ。覚えがありすぎるもの。


「三十八度も熱があるのですから、しばらくゆっくりとしてくださいませ。お嬢様」

「……分かっているわよ。さすがに昔みたいに走り回らないから……!」


 エスメーの言葉に、私はそれだけを返した。確かに十歳を迎えるまで、私は三十八度の高熱を出してもピンピンとしてお屋敷中を走り回っていた。でも、今はもうそんな元気がない。むしろ、三十七度後半でも辛いくらい……。しかしまぁ、またやってしまったなぁ……。


「お嬢様。お嬢様は無理をしすぎなのですよ。だから、こんな風に風邪を引いてしまうのです」

「うぅ、何も言えないわ……」


 私の額に置いてある濡れタオルを取り換えながら、エスメーはそんなお小言をぶつけてくる。私にとってエスメーはお姉さんみたいな存在だから、エスメーの言うことには基本的に逆らえない。そう言えば、私がエスメーに懐いたのは年の近い侍女が彼女しかいなかったからなのよね。彼女、確か十二歳からカイレ子爵家に従事してくれているし。今年で七年目だっけ。


「ほら、お嬢様。早く直して婚約者の方に無事を知らせなくては」

「……勝手に死んだみたいにしないでよ……」

「今のお嬢様、死にそうなお顔をしていらっしゃいますから」


 クールナン侯爵家のお屋敷から帰ってきた日の夜。私は熱を出した。朝になっても下がらなかったため、一応ということで侍医を呼んだのだ。その結果告げられた診断が、あれだ。……精神的な疲労。間違いなく、アルベール様の所為だわ……!


「テーリンゲン公爵家のパーティーに出向かれて、倒れられて熱を出されるなんて、本当に散々ですね」

「本当にそうよ。……それに、最悪の相手にも再会してしまったし……」


 私はエスメーにそう零してしまった。すると、エスメーは「まさか、ですが……」と言って驚愕の表情を浮かべる。エスメーはアルテュール様のことを知っている。だから、「最悪の相手」と聞いて彼のことが真っ先に思い浮かんだのだろう。


「プレスマン伯爵家の、ご令息……」

「そうよ、それからアルテュール様よ。いい加減名前を憶えてあげて」

「すみません。私、人のお名前とお顔を一致させるのが不得意なものでして……」


 そう言って、エスメーは私を安心させるかのように笑いかけてくれた。……エスメーは、本当に素晴らしい侍女だ。だから、顔と名前を一致させるのも本当のところは得意。これは彼女なりのジョーク。……まぁ、アルテュール様に関しては本当に覚えていない可能性もあるのだけれど。いろいろと、苦手みたいだし。


「ですが、お嬢様にはもうすでに婚約者の方が……」

「えぇ、アルベール様がいらっしゃるわ」


 まぁ、その婚約もどうなるか分かりませんけれどね! いつものようにそんな副音声を付け足すけれど、エスメーには届いていないに決まっている。というか、やっぱり私は事故物件男を引き寄せるプロなのかしら? アルベール様と言い、面倒な男性に好かれやすい体質なのかしら? ……はぁ、今すぐにでもこの体質を捨てたいわ。出来れば、素敵な「普通」の男性との出逢いが、欲しい。


「でも、アルテュール様に再会して、私は実感したわ。……彼は、変わっていないって」


 私に嫌われることを喜んでいる彼は、あの時のままだ。私に嫌われて、私に憎悪を向けられることを喜ぶような変態。それが、アルテュール・プレスマン様。面と向かって「変態!」と言ったこともあったわね。だけど、彼はそれを聞いてただにっこりと笑い、喜ぶだけだった。


「それは、お嬢様を諦めていないということでしょうか?」

「……それで間違いないと、思うわ。でも、もうあんな目に遭うのはこりごりよ」


 そう言って目を瞑れば、アルテュール様にされた意地悪が蘇る。髪の毛を掴まれて引っ張られたり、大嫌いな虫を服につけられたり。そんな軽いものから、薄暗くて埃っぽい物置に閉じ込められたという最悪なものまで。さらには、その時アルテュール様は小屋の中で泣き叫ぶ私の声を、小屋の外で聞いていたというのだから質が悪すぎる。おかげで私はすっかり暗所恐怖症になってしまったというのに。


「……私、今でもあの時のことを悪夢で見るの。だから、彼が別のところに住むと聞いた時、嬉しかったわ。……けど、帰ってきていたのね」


 私は寝台に横になったままそんなことを呟く。彼は私が十三歳の時、母親の実家に移り住んだ。曰く、そちらで教育を受けるとかなんとか。それに、私は歓喜した。もう彼に振り回されることも、嫌がらせをされることもない。そう、信じていた。


「はぁ、本当にどうして私ってこんなにも男運がないのかなぁ……」


 天井を見上げて、そうつぶやく。アルテュール様との一件で、すっかり男性嫌いを拗らせてしまった私。それでも、家のためをと思ってアルベール様と婚約したのに。……何故、私にはこんなにも男運がないのかと問いただしたい。


「失礼いたします、お嬢様。婚約者のアルベール様から、お見舞いが届いておりますよ」


 そんなことを考えていた時、別の侍女がお部屋に入ってきて封筒とお花を手渡してくれた。普通の厚さの封筒と、赤と青の薔薇が一本ずつ。……いや、病人に薔薇って。そう思ったけれど、二本だけになっている時点で成長されている。……そう、思うことにした。

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