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閑話4 アルベールの幸せ


 ☆★☆


「うぅ、シュゼット嬢、シュゼット嬢がぁ……!」


 夜の八時過ぎ。空が真っ暗になったくらいの時間に、俺はとある部屋の前でウロチョロとしていた。この部屋は、愛しの婚約者であるシュゼット嬢が眠っている部屋だ。多分母様に見られたら怒鳴り散らされるでしょうが、俺は部屋の前でウロチョロすることを止められなかった。……母様や侍女たちがシュゼット嬢を看てくれていますが、それでも心配は尽きない。……あぁ、やっぱり俺があの場所を離れたのが原因か……。


「シュゼット嬢の側に、いるべきだった……」


 オフィエルとの約束なんて、すっぽかせばよかった。仕事の話なんて、いつでもできたのに。シュゼット嬢を放ってまで、することじゃなかった。後悔は先に立たないと知っているのに、脳内に浮かぶのは酷い後悔ばかり。……あぁ、どうしてこんなことになったのだろうか。


「アルベール。シュゼットちゃんの目が覚めたから、少しだけお話をしなさい」


 俺がそんなことを思っていると、ふと部屋の扉が開いて母様が顔を覗かせた。……そ、そう、ですか! シュゼット嬢、目が覚めたのですね……! そう思って、俺は「はい」とだけ返事をし、緩む表情を必死に取り繕いながらシュゼット嬢が休む部屋に足を踏み入れた。


 部屋の中では、寝台に腰かけるシュゼット嬢がいて。その愛おしさに……俺は病み上がりのシュゼット嬢の身体に、タックルをかましてしまった。


「シュゼット嬢! よかった、本当に、よかった……!」


 そんなことを呟きながらシュゼット嬢の首筋に顔をうずめれば、シュゼット嬢は俺の胸を押してくる。でも、離れたくない。シュゼット嬢があのまま目覚めなかったら、そんな最悪のことが頭の中に何度も何度も思い浮かんできて、生きた心地がしなかったのだ。


「……アルベール様。私、ご迷惑をおかけしましたよね……」


 でも、それからしばらくして。シュゼット嬢はそんなことを申し訳なさそうに言ってくる。そんなの、別に構わないのに。シュゼット嬢にかけられる迷惑だったら、俺は嬉しい。むしろ、迷惑だなんて思わない。役得だって思う。だって、それはシュゼット嬢が気を許してくれているという証拠になるから。


「いえ、全然迷惑じゃないです! 俺は、シュゼット嬢が無事だったらそれでいいです! むしろ、役得ですよね。シュゼット嬢を抱っこできたのですから……!」

「途中までの私の感動を返してください。全部台無しですよ、最後の方の言葉で」


 そんなことを言って、俺のことを軽く睨むシュゼット嬢に、なんだか嬉しくなる。あぁ、いつもの調子が戻ってきてくれたようだ。そう思ったら、俺の心が弾む。そもそも、シュゼット嬢を抱っこできた時点で、役得というレベルを通り越しているのだ。シュゼット嬢、滅茶苦茶いい匂いがした……! しかも、すっごく軽いし柔らかいし……!


「アルベール様。今、変態まがいのことを考えましたよね? お世話になっているのは悪いとは思っていますが、変態思考は慎んでくださいませ」

「いえ、俺は全く……」

「顔がにやけています」


 シュゼット嬢のそんな的確な言葉に、俺の頬は余計に緩む。あぁ、シュゼット嬢は間違いなく天使だ。可愛らしすぎる。今ここで普通にシュゼット嬢を見つめている俺は、絶対に褒められるべきですよね……!


「……そう言えば、カトレイン様にもとんでもなくご迷惑をおかけしてしまったのですが……」

「あぁ、そこは大丈夫ですよ。カトレイン嬢、シュゼット嬢が倒れたのは自分の所為だと言っていましたが……。オフィエルが慰めていましたから。後で元気な顔を見せてあげてください。そうすれば、彼女もきっと落ち着きます」

「……そう、ですか」


 あぁ、そこまで友人の心配をするシュゼット嬢は本当に尊い……! ちょっとはにかんだような表情も、すっごく尊い! 俺は別にオフィエルたちが倒れても、心配しない。むしろ「婚約者にでも殴られたの? ちょっとでも頭が正常に戻ればいいですね!」って声をかける自信がある。いや、むしろ奴らが殴られたら喜んでいる。そうすればちょっとは……と期待するので。


(あれ? でも、そのお法則から言ったら俺も殴られた方が……)


 シュゼット嬢の可愛らしい手を見つめながら、俺はそんなことを思ってしまう。シュゼット嬢にならば二階から突き落とされても、殴られても蹴られても、半殺しにされてもきっと幸せでしょう。夫婦喧嘩って、そこまでするのが普通みたいですし……。でも、俺はぜったにシュゼット嬢には手を出さない。それは、約束できる。


「あの、シュゼット嬢?」

「どうしましたか?」


 そう思ったら、これはシュゼット嬢に伝えなくては。そう思って、俺はふんわりと笑って言う。


「――俺、シュゼット嬢にならば半殺しにされても幸せです」


 と。


 その結果、シュゼット嬢に思いきり頭をはたかれた。でも、幸せだった。あぁ、これが幸せ。世間一般の幸せの感じ方とは少々違うかもしれないが、俺は幸せなので何の問題もない。そう思い、俺は愛しの婚約者であるシュゼット嬢を抱きしめた。

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