閑話3 アルベールとオフィエル
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「あのさ、アルベール。俺の手を煩わせるのはやめてくれる? 俺だって暇じゃない。それに、俺的にはキミの婚約が解消されようが続行されようが、心底どうでもいい。関係ない」
人通りが少なくなったころ。オフィエルは俺の腕を掴む手を離すと同時に、被っていた猫を取った。そして、心底面倒な風に俺のことを見てくる。……相変わらず、だな。そう思ったから、俺は「はいはい」と適当に返す。オフィエルはかなり自分勝手だ。そのため、逆らうと面倒なことになる。……ある時を除いて、こいつは究極の自分勝手なのだ。
「つーか、オフィエルこそ猫被るのやめてください。俺、話合わせてやっているじゃないですか。感謝してくれますか?」
「そんなの知らないから。俺がいつ、アルベールに話を合わせてほしいって言ったの? 言ってないでしょう?」
あぁいったらこう言いやがる……! しかも、オフィエルは心底面倒だと言いたげにあくびをした。……クソ、気に入らない。だが、俺にとって気を許せる相手というのはこういう面倒な奴しかいないのだ。だから、面倒な奴らと一緒にいる。一部では俺たち六人のことを「美貌の集団」と呼んでいるらしいが……ただの頭のおかしい奴の集まりである。
その中でも特におかしいのが、この男オフィエル・テーリンゲン。テーリンゲン公爵家は王国では「美貌の一族」と呼ばれているが、その家に近しいものは内情をよく知っている。……彼らが、とんでもない「猫被り一族」であり、実際は自分勝手な考えしか持っていないということを。
「カトレイン嬢が知ったら、幻滅しますよ。わざわざ幼馴染っていうポジションを得てまで、彼女に付きまとう男を追い払ってきたなんてさ」
俺がそう言えっば、オフィエルは「別にいいじゃん」と悪びれた様子もなく言う。この本性を、オフィエルはカトレイン嬢に隠している。曰く、「カトレインの教育に悪いから」ということらしい。……分かっているならば、直せよ。そう言ったこともあるが、「高位貴族がお綺麗なだけでやっていけるわけがない」と返された。まぁ、それが真実なのでこちらが口を閉じることしか出来なかったのだが。
「カトレイン嬢、そんな奴と結婚したら苦労しそうですよね。特に、オフィエルの妻なんて悪意に晒されることになる」
「カトレインが苦労することはないし、悪意の中になんて放り出さない。だって、俺が彼女をずっとずーっと守ってあげるから」
「……狂ってやがる」
「キミもいい加減、頭がおかしいけれどね」
オフィエルは何でもない風にそう言いながら、けらけらと笑った。この男の、何処がいいのだろうか。そう思うが、オフィエルは大層モテる。本人はカトレイン嬢以外には興味がないため、適当にあしらってはいるが。それでもカトレイン嬢の不安は尽きないだろう。
「……でも、オフィエルよりは本当にマシ。オフィエルは幼馴染の延長だとか言って、メレマ伯爵夫妻に婚約を受け入れさせた。あちらもオフィエルならば……と婚約を受け入れたみたいですけれど、俺からすればその男が一番危険」
「褒めても何も出ないよ」
「褒めていませんよ」
俺のそんな言葉に「そっか」とだけ返し、オフィエルはテーリンゲン公爵家の屋敷の廊下を歩いていく。だから、俺も続いた。……このオフィエルという男は、怒らせると大層面倒である。しかも、オフィエルはシュゼット嬢という俺の弱みを握っている。だから、逆らうことは得策じゃない。
「あとさ、一つだけ言っておくと、カトレインに余計なことを言ったら、キミの命はないから」
「はいはい、分かっています。何度も何度も、忠告しないで」
オフィエルのその言葉に適当な返事をしながら、俺も廊下を歩く。はぁ、さっさと終わらせてシュゼット嬢の元に帰ろう。オフィエルと一緒にいても、楽しくない。オフィエルもそう思っているでしょうが。オフィエルだって、カトレイン嬢とずっと一緒にいたいはず。
「猫かぶり野郎が……!」
「婚約の解消をお願いされて、縋るキミよりはずっとマシ」
……一体、その情報は何処から得たのだろうか。そう思ったが、どうせ母様が話したのだろう。オフィエルの母親と母様は大層仲がいいから。……というか、オフィエルの母親が母様を尊敬していると言った方が正しいのか。ずっと前に、二人で物騒な話をしていたのは記憶に残っている。
「ははっ、いつ見てもカトレインは可愛いねぇ……! いっそ、閉じ込めちゃいたいくらい可愛いなぁ……!」
うっとりとした表情でそう言うオフィエルに、俺はただ静かにため息をついた。このとち狂い野郎が! と言ってやりたいが、盛大なブーメランだと言われそうなので、口を閉じる。俺だって、成長するのだ。……それが、悪い方なのか良い方なのかは置いておくとして。
「じゃあ、さっさと行くよ。仕事の話なんて楽しくないし、カトレインがいない場所に興味なんてないし」
「はいはい」
オフィエルの言葉にそんな返事をして、俺は歩く速度を速めた。仕事の話なんて、くだらない。でも、シュゼット嬢のためだと自分を奮い立たせる。
この時、俺がシュゼット嬢の元を離れるべきではなかったのだと気が付いたのは、俺が会場に戻ってシュゼット嬢が倒れたという話を、聞いた時だった。