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第18話 いつの日か


 ☆★☆


「んんっ」


 目が覚めると、見慣れない天井が一番に視界に入った。ここは、何処だろうか。そう思って私は慌てて起き上がりきょろきょろと周囲を見渡す。すると、私が眠っていた寝台の隣で椅子に腰かけて優雅に本を開いていらっしゃる女性が、一人。……あの艶やかな黒髪は間違いない。いつ見てもお美しいクールナン侯爵夫人だった。


「シュゼットちゃん。起きたようね、もう、大丈夫?」

「……は、はい」


 クールナン侯爵夫人は私が起きたことに気が付かれると、ゆっくりと立ち上がって私の側に来てくださる。さらには、私の額に手を当てていた。……熱があるか、確認してくださっているのだろう。


 でも、その光景にはどこか現実味がなくて。何処かふわふわとしているような感覚だった。……あぁ、きっと寝起きだから頭がしっかりと働いていないのだわ。


「貴女、テーリンゲン公爵家のパーティーで倒れたそうよ。……アルベールが、慌てて運んできたわ」

「……ご迷惑を」

「いいえ、いいのよ。誰だって調子が悪いときはあるから。……ただ、さすがに貴女たちは婚姻前だから、ここに二人きりにすることは出来なかった。それで、私がシュゼットちゃんの看病をすることにしたの」


 そうおっしゃって、クールナン侯爵夫人はふんわりと笑われる。……そう、よね。いくら婚約者同士とはいえ、まだ婚姻前だからこういう空間に二人きりには出来ない。それは分かる。それに、素直にこっちの方が助かっている。……アルベール様を信頼していないわけじゃないけれど、何をされるか分かったものじゃないから。あ、これを信頼していないというのか。


「それと、もう今は夜の八時過ぎなのよね。だから、とりあえず泊まっていきなさい。貴女のおうちには連絡を入れたし、明日一番にカイレ子爵邸に帰ればいいわ。大丈夫、シュゼットちゃんは私のお客様ということにしておくから」

「……お世話に、なります」

「いいの。……ただね、いくつか言っておきたいことがあるの」


 クールナン侯爵夫人は椅子に戻られると、静かに私のことを見つめてこられる。その目には意志の強さが宿っているように見えて、彼女が強い女性なのだということを嫌というほど思い知らされた。……私とは、違う。私みたいな嫌なこと一つで現実逃避をするように倒れる女とは、違う。


「私は、シュゼットちゃんの過去とか心の傷とかを軽々しく詮索したりはしない。誰だって、秘密の一つや二つある方がミステリアスで魅力的に映るだろうから。……でも、生涯の伴侶となる人に、それは通用しない」


 私はそのお言葉を聞いて、クールナン侯爵夫人からゆっくりと視線を逸らしてしまった。分かっている。おっしゃりたいことは、分かっている。嫌というほど、分かっているはずなのだ。だけど、話す勇気が全くでない。


「だから、シュゼットちゃんの過去をアルベールだけには話してあげてほしい。……私や旦那様には、話さなくていい。でも、アルベールだけには話して。あの子は、きっと貴女の力になりたがっている」


 そうおっしゃって、クールナン侯爵夫人は膝の上に置いた本の背表紙を撫でられた。……あの子とは、間違いなくアルベール様のこと。


「嫌なことも、良いことも。全部共有した方がいい。それに、この家の男は執着した女性には死ぬまで尽くしてくれるから。……アルベールは、シュゼットちゃんを裏切らない。それは、断言できるわ」

「……いつ、か」

「そう、それでいいの。気が向いた時でいいし、自分の中で踏ん切りがついた時でもいい。自分が受け入れられないことを人に話すということは、とても難しい。だから……いつかの日にって言うこと」


 そのお言葉には、何故か強い力がこもっていた。何故だろうか。何故……クールナン侯爵夫人は、ここまで私に良くしてくださるのだろうか? 私が義理の娘になるから、というだけではない気がする。


「……シュゼットちゃん。私は、貴女と昔の私を勝手に重ね合わせてしまっているの。だから、貴女の力になりたいって思ってしまう。……誰も信頼できなくて、一人ぼっちで戦うのもいいかもしれないし、美徳でしょうね。だけど……絶対的な味方がいると変わるものでもある。……私も、それを教えられたから」


 クールナン侯爵夫人はそうおっしゃると、私の髪を撫でてくださった。……そして、分かった。このお方は、昔から強かったわけではないのだと。昔は、私と同じで弱い部分があったのだと。


「まぁ、貴女の場合は周りが信頼できないというよりも、周りに心配をかけたくないという気持ちの方が強そうだけれど。じゃあ、とりあえずアルベールを呼んでくるわ。……侍女同席になるけれど、少しお話して頂戴」


 立ち上がり、扉に近づきながらクールナン侯爵夫人はそうおっしゃった。だから、私は自分にかけられていた毛布をぎゅっと握った。


(アルテュール様とのこと、アルベール様にいつか、お話しなくちゃいけない……)


 自分の心にそう刻み付けて、私は下唇をかんだ。いつか、話せる日が来たらいいな。そう思ったけれど、それよりも先に三か月の約束の日が来る気がする。……まだ、婚約が解消されるか続行されるかは分からないけれど。それでも。少しでも。アルベール様のことを信頼できたならば。そう、思った。


「シュゼット嬢! 起きたのですね……! 無事だった、よかった……!」

「あぁ、もうっ! 私はそう簡単に死にませんからね。だから、離れてください! 涙とか諸々で服が汚れちゃいます!」


 でも、抱き着かれて服に顔を押し付けられるのはちょっと……いや、かなり困る。あぁ、このワンピースはクールナン侯爵家のものなのにな……。私に、弁償できるわけがないじゃない! そう言う意味を込めて、私はアルベール様の頭を軽くはたいた。これが、慣れとかいうものなのだろうか。……あぁ、恐ろしい。


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