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第2話 婚約者の意外な行動


 ☆★☆


「え、えっと、あの、その……」


 アルベール様のその声には、明らかな戸惑いが含まれていた。あぁ、こんなにも感情を露わにしてくださったのは初めてかもしれないなぁ。そう思いながら、私は自分の胸に手を当てて自分の本音を初めてアルベール様に伝えた。


「アルベール様。私、知っておりますの。アルベール様が私との婚約に不満を抱いていらっしゃることぐらい」

「……えっと」

「あれだけ態度に示されたら、いくら鈍い鈍感と言われる私でも、分かってしまいます。アルベール様は――私との婚約が、不満なのでしょう?」


 私がそうアルベール様に問いかければ、アルベール様の視線が下に向く。あぁ、図星ってところだろうかなぁ。そうよね。この婚約は奇跡に近い。名門侯爵家と末端子爵家の婚約など、普通に考えて釣り合わないのだ。子爵家の方が相当な美貌の持ち主とかだったら、釣り合うのかな。いや、私じゃ無理だけれど。


「……俺の、どの態度が、そう思わせましたか……?」


 あぁ、こんな風にまともにお話をしたのも初めてかもしれないな。そう思いながら、私は考える。一つ一つの要因を挙げていけば、間違いなくキリがない。だから、いくつかをピックアップしてお伝えするしかないだろう。


「そうですね……。まずは、私とはろくに会話をしてくださらないこと。それから、睨みつけるように見つめられたこと。かと思えば、お話する際にはほとんど視線を合わせてくださらないこと。あとは――」

「――もう、止めてください」


 私の言葉に、アルベール様は制止をかける。どうやら、私の気持ちは分かってくださったようだ。そう思ってホッとしたのもつかの間。アルベール様はおもむろに椅子から立ち上がられると、私の方に一歩一歩近づいてこられる。……あれ? もしかしてだけれど、怒らせてしまったのだろうか? アルベール様、「冷血貴公子」などと呼ばれていらっしゃるけれど、それはただの噂……よね? そんなことを思ったら、今になって恐ろしくなってしまう。


「い、いえ、アルベール様。私は、アルベール様との婚約は円満に解消したいと思っておりまして……!」


 とりあえず、私に害がないことは伝えなくては。私がこの婚約に不満は持っていなかったこと。アルベール様の所為で婚約の解消を提案しているわけではないということ。むしろ、婚約が解消されるのならば私の方に害があることにしてもらっても構わない。私はその責任を一人背負って修道院に向かうので! 本当に、そうしてください!


 私はそう思いながら、目をぎゅっと瞑る。殴られる? 叩かれる? そんな風に思って身構えていると、何故か私の手が優しく包まれる。驚いて私が目を開ければ、そこには今にも泣きだしそうな表情のアルベール様が、私の手を掴んでいらっしゃった。……いや、何故? 本当に、何故? そもそも、アルベール様は今まで私に触れたことがなかったですよね……?


「あ、あの……どうし、て……」


 その「どうして」にはいろいろな意味が込められていた。どうして、アルベール様がそんな風に悲しそうな表情をしていらっしゃるの? どうして、私の手を優しく包んでいらっしゃるの? どうして、その後何もおっしゃらないの? そんな様々な意味のこもった「どうして」をアルベール様がどう捉えられたのかは、分からない。ただ、悲しそうな目で私のことを見つめるだけだ。


「シュゼット嬢は……俺のこと、嫌いですか?」


 そして、そうおっしゃったアルベール様の声は、今にも泣きだしそうな声だった。いや、ちょっと待って! 何故そんなにも泣き出しそうなの? 普通、泣くのは私の方でしょう? そう言いたかったけれど、そんなことを言える空気でもなく。私はただ静かに「……好きでも嫌いでもないですかねぇ」なんて嘘を言っていた。本当は違う。好きではないことは間違いない。ただ、嫌い……というよりは、苦手なのだ。婚約の解消を考えるぐらいには、苦手だ。


「では、どうして……?」

「どうして、なんて……その。先ほどの理由がすべてで……!」


 いや、すべてではないのだけれど。本当は、一部なのだけれど。そんな副音声を心の中で付け足しながら、私はそんなことを言う。すると、アルベール様は私の手をしっかりと捕まれたまま、私の身体をご自身の方に引き寄せられた。さらには、私の身体をそのまま抱きしめてこられて。いや、待って待って! こういう展開、全く予想していなかったのだけれど!?


「謝ります。俺の態度が原因なのでしたら、誠心誠意謝ります。なので――どうか、婚約の解消だけはやめてください!」


 その後、アルベール様は大音量でそんなことをおっしゃる。正直、鼓膜が破れそうだった。しかも、私を抱きしめる力が強すぎる。ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめられて、私は意識が飛びそうだった。だ、誰か助けて……! このままじゃ私、抱きしめ殺される……!


「い、いや、アルベール様の方が、私との婚約が、嫌なのでは……!」


 苦しい中、私は必死にそんな言葉を紡ぐ。そう、私がここまで追い詰められたのはアルベール様の態度と、アルベール様を慕うほかのご令嬢方の態度なのだ。後者はアルベール様ではどうにもならないかもしれないけれど、前者は確実にアルベール様の所為。百パーセント、アルベール様が原因。


「そんなこと、思ったことありません! 俺はシュゼット嬢が好きです! 俺にはシュゼット嬢しかいない。シュゼット嬢を、心の底から愛しています! だから――」


 ――俺のこと、捨てないでください!


 アルベール様は、次にそんなことを大音量で叫ばれた。……鼓膜が、敗れるかと思った。まさか、一日で二度もこんなことを思うなんて。誰が想像しただろうか。少なくとも、私は想像していなかった。

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