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第17話 嫌いな人


 それから数十分後。私はカトレイン様とのんびりと壁際でお話をしていた。カトレイン様曰く、もうそろそろこのパーティーはお開きになるそうだ。しかし、アルベール様戻ってこられないなぁ……。このままだと、私ここで待ちぼうけになっちゃいそう。


「アルベール様方は、いったい何をお話されているのでしょうか……?」


 手に持ったグラスの中のジュースを飲みながら、私はカトレイン様にそう声をかける。すると、カトレイン様は苦笑を浮かべながら「多分、愚痴ですよ」とおっしゃっていた。……愚痴? そりゃあまぁ、誰だってストレスを解消することは大切だけれど……。


「ほら、殿方ってあんまり人に弱音を吐かないじゃないですか。なので、信頼できるお方と一緒だと愚痴をこぼしちゃうみたいですよ。……そうじゃないと、ストレスで頭がおかしくなってしまいます」


 そんなことをおっしゃるカトレイン様に、私は「そうなのですか」と返した。ちなみに、心の中では「アルベール様、もうすでにおかしいじゃない……」という副音声もついている。でもまぁ、カトレイン様のおっしゃっていることはごもっとも。弱音を吐くことも、愚痴をこぼすことも大切だものね。


「まぁ、でも一番はお仕事のお話だと思いますよ。なんでも、いくつかの貴族で共同事業を行うらしいので。……その延長で、愚痴をこぼしているのかと思います」

「……いくつかの貴族の共同事業なんて、私聞いたことがないのだけれど……」

「でしょうね。私もつい先日、オフィエル様に教えていただいたのです。六つの貴族の共同事業なので、こうやって度々打ち合わせをされているようで……」


 カトレイン様のそのお言葉に、私は「そうなのですか」としか返すことが出来なかった。……そうなのねぇ。アルベール様、教えてくださったらいいのに……。そう思ったけれど、アルベール様は多分教えてくださらないだろうな。私が婚約の解消をお願いするまでの私とアルベール様の関係は、お世辞にもいいとは言えなかったのだもの。……いや、今もいいとは言えないわね。


「ですが、そろそろ戻ってこられると思いますよ」


 そうおっしゃって、カトレイン様はジュースを口に運ばれる。そう、よね。そろそろパーティーもお開きだって言うから、本当にそろそろ戻ってこられないと困るわ。しかし、冷たい視線以外は比較的平穏に過ごせたのではないかしら。


「……ふぅ、でも、それなりに平和に――」

「――シュゼット・カイレ嬢」


 私がぽろっと言葉を零しかけたとき、私の側で私の名前が呼ばれる。……ここで私の名前を知っているお方は、少ないだろう。それに、この声はアルベール様のものではない。そもそも、アルベール様は私のことをフルネームでは呼ばない。


 そう思って、私がそちらに視線を向ければ私の心臓は大きな音を立てた。……やっぱり、先ほどの人物は彼だったのね。そう思って、息をのむ。睨みつけるように彼を見つめれば、その彼は嬉しそうに目を細めた。……昔から、こんな人だったわね。


「……シュゼット様?」


 私のことを心配してくださるかのように、カトレイン様がそう声をかけてくださる。だから、私は「大丈夫です」とだけ返した。でも、彼のことを強く睨み続けてしまう。


「そんなにも敵意を露わにしてもらって、嬉しいなぁ。……シュゼット嬢は、俺のことが嫌いだよね。本当に嬉しいよ」

「……嫌われて嬉しいだなんて、とんだ変態野郎ですよね」

「まぁね。俺はね、シュゼット嬢に嫌われたくて嫌われたくて、仕方がないからね」


 そうおっしゃって、彼は私に一歩一歩近づいてこられる。私は逃げるように後ずさるけれど、すぐに背に壁が当たった。そして、彼のその濃い緑色の目が私を射抜く。……怖かった。


「その目、最高だね! キミの脳内がすべて俺で支配されていて……最高だよ……!」


 彼はそうおっしゃって、うっとりとした目で私のことを見つめてくる。……彼は、いつもそうだった。幼い頃から私に酷い言葉を浴びせ、意地悪をしてきた。そして、自分を嫌うようにと言ってきた。……彼の言葉通りになってしまうのは嫌だったけれど、酷い言葉も意地悪もどんどん悪化して。……私は、いつの間にか彼の望み通りに彼を嫌っていた。


「シュゼット嬢。でも、少し気に入らないよねぇ。俺がいるのに、ほかの男と婚約するなんてさ」

「……そんなの、私の勝手じゃないですか」

「いいや、違うね。キミは俺のことだけを考えていなくちゃいけない」

「っつ!」


 私の背が、勢いよく壁に押し付けられる。痛い、苦しい、近づかないで……! そう言う意味を込めて彼を睨みつけるけれど、彼は全く動じない。ただ、その濃い緑色の目で私を見つめるだけだ。


「シュゼット様!」


 カトレイン様が、私のことを助けてくださろうとする。でも、彼はただにっこりと笑って「命が惜しかったら、来ない方が良いよ」とカトレイン様に告げた。どうやら、周囲の人は誰もこの空気に気が付いていないようで。……大方、彼がこの光景を魔法で隠しているのだろう。昔から、そう言う魔法がお得意だったから。


「だーいじょうぶ。俺はね、キミのことを愛しているんだ。嫌いで、大嫌いで、でも大好き。昔キミは言ったよね。……壊れているって。でもさ……それこそ、真実の愛だと思わない?」

「ふざ、けたこと、言わないで……!」

「ふざけてなんていないよ。……じゃあね、シュゼット嬢。次に会う時は――きっと、もっと楽しいことが起こるよ」


 彼はそうおっしゃって、私とカトレイン様の側から立ち去っていく。その後、私はただその場に座り込むことしか出来なかった。そして、脳内に嫌な記憶の数々が駆け巡る。たったそれだけのことなのに……何故か、私の意識は遠のいていく。


(あぁ、嫌だ)


 心の中でそう唱えて、私は彼の後ろ姿を見つめた。


 アルテュール・プレスマン。それが、私に歪な執着を向ける、「一人目」の男性――……。

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