第16話 連行と嫌な予感
それからのパーティーは何の問題もなく進んだ。テーリンゲン公爵家のご令息が婚約者のお披露目をし、様々な人がお話に花を咲かせている。……とはいっても、私は会話なんてほとんどしないのだけれど。だって、挨拶をされてもアルベール様が威嚇して追い払っちゃうのだもの。特に男性を威嚇されている。……はぁ、嫌だわ。
「アルベール様。そろそろ、オフィエル様とのお約束のお時間ではありませんか?」
そんなほぼ孤独な時間を過ごすこと約二時間。私は未だに私にくっついていらっしゃるアルベール様にそう声をかけた。もうこの頃には高いヒールにも慣れた。だから、今では支えなく歩けるようになった。なので、支えは必要ありませんよ~とさりげなくアピールもした。……いや、アルベール様はくっついて離れてくださらないのだけれど。
「……いや、ですが……」
「大切なお話なのでしょう? でしたら、向かった方がいいに決まっていますわ。大丈夫、私は勝手に帰ったりしませんから」
まぁ、クールナン侯爵家の馬車で来ているので、帰るに帰れないのですけれどね! そんな副音声を付けて、私はアルベール様とまっすぐに視線を合わせる。……しかしまぁ、アルベール様の真っ赤な目って、とてもお美しいわよね。外見だけ見たら、完璧だわ、本当に。内面を見たら、ダメだけれど。このお方は完全に観賞用よね。うん。
「いや、大切な話じゃなくて、ですね……」
「そう思っているのはアルベール様だけかもしれませんよ? オフィエル様側からすれば、とても大切なお話なのかもしれませんし……」
人の価値観はそれぞれだ。自分が大切だとは思っていないことが、ほかの人にとって大切だということも多々あるのだから。だから、アルベール様のそのお言葉を鵜吞みにすることは出来ない。そう思って私はアルベール様の腕を振り払い、「行ってくださいな」という。正直、一人になるのは辛いけれど、アルベール様を連れているよりはかなりマシだろう。後でカトレイン様を探して、一緒にお話しさせていただけばいいし。
「……うぅ、シュゼット嬢が変な輩に目を付けられたら……!」
「大丈夫ですってば。私に目を付ける物好きは、そう簡単には現れませんからね」
そう、私はお世辞にも上の中くらいの容姿しかない。そんな私に執着するのはアルベール様が最初で最後……だと、思いたい。そうよ、アルベール様が最初なのよ。
「ほら、行ってください――」
「――アルベール!」
私がアルベール様を引きはがそうとしているとき、ふとアルベール様のお名前が呼ばれる。その声の主を、私は知っている。だって、先ほどお話をしたお方なのだから。その声の主は――オフィエル様だから。
「アルベール。どうせキミのことだから渋っているだろうと思って、迎えに来た。ごめんね、シュゼット嬢。アルベール、連れて行くから」
「……はい」
「いやだ! 俺はシュゼット嬢と一緒にいる!」
そんなことを叫ばれながら、アルベール様はほかでもないオフィエル様に連行されていた。オフィエル様、華奢に見えるけれど結構お力があるのねぇ。アルベール様を引きずっていらっしゃるのだから。しかも、お二人の歩く場所に自然と道が出来ているわ。……まぁ、関わりたくないわよね、普通に考えて。
「……クールナン侯爵家のご子息って、まさかだけれど……」
「えぇ、あれは完全に遺伝ね。クールナン侯爵もあんな感じだったし……」
「あれはもうお父様と同じ。観賞用だわ」
しかも、ご婦人方のそんなお声が聞こえてくる。遺伝だって、バレているじゃない。しかも、観賞用だって判断されているし。うん、私も出来れば見ているだけがよかった。他人だったら普通に笑えていたのだもの。
(まぁ、執着されているのが私っていう時点で、笑えないのだけれど)
そう思いながら、私は小さくため息をついた。そして、それからしばらくして私の肩を誰かが叩く。なので、そちらに視線を向ければ……そこでは、カトレイン様が苦笑を浮かべながら立っていらっしゃった。
「シュゼット様。お疲れのようですね」
「……えぇ、まぁ」
カトレイン様はそんなことをおっしゃいながら、私の肩を叩いてくださる。……なんだか、カトレイン様を見ていると気分が落ち着いてきたわ。……はぁ、もう嫌だなぁ。どうせ見ているのならば、カトレイン様みたいに内面も外見も完璧なお方がいいわ。
「オフィエル様も、一緒に行かれて退屈なのです。よろしければ、一緒に暇をつぶしませんこと?」
「えぇ、ぜひ!」
私は、カトレイン様のお誘いにすぐに肯定の返事を出す。すると、カトレイン様はふんわりと笑ってくださって「よかった」と声を出された。あぁ、こんな美少女と仲良くできるなんて、夢みたい。そんなことを思いながら、私はカトレイン様と壁際の方に移動を始めた。
(……うん?)
しかし、そんなとき私の視界に入った一人の黒髪の青年。黒色の短髪と、吊り上がった濃い緑色の目。身に纏っている衣装は、確かに「彼」が好きそうなデザインで。
(……違う。私と彼は、もう無関係よ)
だから、私は自分自身にそう言い聞かせる。彼と私は、無関係なのだと。だって、長年会っていないのだもの。それに、今の私はアルベール様の婚約者。本当に……関係ないのだから。そう思うのに、心にある古傷が痛んだ気がした。
「シュゼット様?」
そんなことを思っていると、ふとカトレイン様に顔を覗き込まれてしまう。そのため、私は「いいえ、何でもありませんわ」とだけ言っておいた。……胸の中に渦巻いた嫌な予感は、気が付かないふりをした。