第14話 テーリンゲン公爵家にて
「う、うわぁ……!」
無意識のうちに、私の口からはそんな声が零れた。何故ならば、想像していた以上にテーリンゲン公爵家は豪華な内装だったから。パーティーホールはとても広々としていて、煌びやか。キラキラとした装飾と、吊る、輝いている。さらには、パーティーの参加者もとても豪奢な装いであり、私に場違い感を与えるのに時間はかからなかった。
「シュゼット嬢、行きましょうか」
「は、はいぃ!」
アルベール様に腕を差し出され、私はその腕に自分の腕を絡めておぼつかない足取りで歩く。そうよ、今の私はアルベール様の婚約者としてこの場にいるのだ。場違いだとか思っちゃダメ。私がおどおどとしていると、アルベール様に恥をかかせてしまうの。しっかりするのよ、私!
「シュゼット嬢、足は辛くありませんか?」
「だ、大丈夫、です!」
「そうですか。では、ゆっくりと歩きましょうね」
そうおっしゃったアルベール様は、私が婚約の解消をお願いする前のアルベール様にそっくりで。だから、私は心の中でホッと一息をついた。どうやら、アルベール様はここでは立派なクールナン侯爵家のご令息を演じるようだ。
「まぁ、見て! クールナン侯爵家のアルベール様よ!」
「相変わらずとても凛々しくて素敵なお方ね。……さすがはあのクールナン侯爵家の血を引いているだけはあるわ」
「そうねぇ。それにしても、お隣にいらっしゃるご令嬢はどなた? ちょっと素朴だけれど、素敵な子じゃない」
ご婦人方が、私とアルベールsまあを見つめてそんなことをおっしゃる。……よ、よかった。どうやら、アルベール様のお隣に並んでも見劣りしない程度にはなっているらしい。それもこれも、お化粧の腕がいいからね。そうじゃないと、私はこんな高位貴族のパーティーには似つかわしくないわ。
「シュゼット嬢、辛くなったら、いつでも言ってくださいね」
「は、はい」
アルベール様のそのご厚意が、嬉しく感じてしまう。しかし、相変わらずおぼつかない足取り。うぅ、これからはもっとヒールの高い靴で歩く練習もしなくちゃ……。そう思いながら、私はアルベール様の腕にしがみつく。胸が当たってしまっているが、決してわざとではない。決して。
「アルベール様、申し訳ございません。胸が、当たって……」
正直、胸がきついのはこの際黙っておこう。私の胸は同年代の女性よりも大きく、発育がいいと言われ続けてきた。羨ましがられることも多いけれど、この胸の所為で着られるドレスのデザインが少ないのは、結構辛い。
「い、いえ、シュゼット嬢。気にしないでください。……むしろ、嬉しいです、から」
アルベール様は、そうおっしゃってくださる。だから、私はホッとした。ちなみに、最後の方のお言葉は軽く無視。やっぱり男性って、女性の胸が好きなのね。アルベール様も、大きい方がいいのかしら? う~ん、クールナン侯爵夫人は平均的な大きさだったと思う。うぅ、スレンダーな美女って私からすれば憧れの存在なのよね……。
「シュゼット嬢の胸、その、すごく……」
そんなお言葉が小さく耳に届いたけれど、こちらも無視だ。こんな人前で、私の胸に意識を奪われないでほしい。そう思うけれど、アルベール様の腕にすがると自然と胸が当たってしまうのも、また真実で。だから、私は黙ることしか出来なかった。うぅ、やっぱり練習しよう。そうじゃないと、こんなことになってしまう……!
「アルベール。本日は、来てくれて感謝するよ」
私がそんなことを思っていると、一人の青年が私とアルベール様の前に現れる。その青年は綺麗なふわふわとした金色の髪と、アメジスト色の目を持っていらっしゃって。背丈はアルベール様とちょうど同じぐらいの高さだけれど、何処か華奢に見える。そして、身に纏っている衣装はとても豪奢で、人目を惹きつけるものだった。
「あぁ、オフィエル。本日はお招き、ありがとうございます」
そんなアルベール様のお言葉で、私はハッとする。この絶世の美青年に見惚れていたけれど、このお方は――オフィエル・テーリンゲン様、なのよね。
「アルベール。そちらが、キミの婚約者?」
「えぇ、そうですよ」
オフィエル様はそうおっしゃって、私に視線を向けてこられる。だから、私は慌てて「シュゼット・カイレと申します!」と自己紹介をした。正直、オフィエル様のことは遠目から見ることしかなかった。だから、実際にこのお美しい容姿を間近で見てしまうと……目が、潰れてしまいそう。
「そう、シュゼット嬢だね。俺はオフィエル・テーリンゲン。このテーリンゲン公爵家の次男だ。常々、キミとは会ってお話がしてみたいと思っていた」
「……とおっしゃいますと?」
「俺の最愛の婚約者であるカトレインが、キミには仲良くしてもらっていると常々言っていたからね。ぜひともお礼を、と思った。あと、アルベールの想い人が見たかった好奇心が半分」
そうおっしゃって、オフィエル様はふんわりと笑われる。アルベール様とはまた違った魅力のあるオフィエル様のことを、私は呆然と見つめてしまった。だからだろうか、アルベール様が露骨に不貞腐れてしまわれる。
「……シュゼット嬢は、俺の婚約者なのに……」
ボソッと聞こえてきたそのお言葉は、確かにここ最近のアルベール様のもので。だから、私は「別に浮気じゃありませんよ」とアルベール様にだけ聞こえる音量で言った。オフィエル様を、好きになることはないの。そう言う意味を、込めていた。