第10話 重なる
「え、えっと……アルベール、さま?」
その後の沈黙を破るように、私はそうアルベール様に声をかける。すると、アルベール様は「はい」とだけおっしゃって私の手を取り、お茶のスペースに案内してくださろうとする。大方、いつものことだからと気になさっていないのだろう。私はすっごく気になりますけれどね!
「アルベール、ちょっといいかしら?」
「……はい、母様」
そんなとき、ふとクールナン侯爵夫人がアルベール様に声をかけられる。相変わらず腰に巻き付いていらっしゃるクールナン侯爵は無視され、私たちの方に近づいてこられた。クールナン侯爵夫人の立ち居振る舞いはとてもお美しく、気品に満ち溢れていらっしゃって。……こういうところ、私とは大違いだ。
「アルベール。私、彼女と少しだけお話がしたいわ。ちょっと時間をくれないかしら?」
そして、クールナン侯爵夫人はそんなことをおっしゃり、私に視線を向けてこられる。どこか勝気に見える目は、迫力がある。しかし、私を見てクールナン侯爵夫人は柔和に目を細めてくださった。だから、私はホッと一息をつく。
「ですが……」
「大丈夫。悪いことはしないし何も言わないわ。ただ単に、私と同族の雰囲気があるから少しお話がしたいだけなの。……お義母さんも、こんな気持ちだったのかと思ったらいろいろと思っちゃってね。アルベールはこの人を屋敷の中に放り込んできて頂戴」
「……はい」
クールナン侯爵夫人は、そんなよくわからないことをおっしゃって、腰に巻き付いていらっしゃるクールナン侯爵を引きはがすと、アルベール様に押し付けられていた。その後、男性二人を無視されて私の方に来られる。……い、いやいや! クールナン侯爵夫人って、社交界でも結構なを馳せている美人ですよ? 私みたいなのが側にいられる存在じゃあ……!
「少し、お話をしましょうか。大丈夫、男二人はまとめておいていいから。……あ、自己紹介がまだだったわね。私はアルベルティナ・クールナン。貴女は?」
「え、えっと、シュゼット・カイレ、と申します……」
「そうなのね。じゃあ、シュゼットちゃんって呼ぶわ。……ごめんなさいね。アルベールの意見を聞いて、旦那様が勝手に婚約を取り付けたものだから、私貴女のことをよく知らないの」
「い、いえ……」
自身の片頬に手を当ててそうおっしゃるクールナン侯爵夫人はとてもお美しい。……というか、お名前アルベルティナ様って言うんだ……。確かに、クールナン侯爵から「ティナ」って呼ばれていたから、ティナが付くお名前だとは思っていたけれど……アルベール様とそっくりなお名前じゃない。
「貴女、私の名前が気になっているでしょう?」
「……どうして、それを」
「いいのよ、よく言われるから。旦那様がね、生まれた子供には私とそっくりな名前を付けるって駄々をこねられたのよ。だから、あの子の名前は私の名前にそっくりでアルベールなのよ」
何でもない風にそうおっしゃるクールナン侯爵夫人に、私が抱いた感想は「慣れって、やっぱり怖い」だった。だってそうじゃない。普通、自分の妻と似たような名前を子供に付けないわよ。なのに、それにも動じない。もう、私の未来にしか見えない。滅茶苦茶私と重なってしまう。逃げたい。すごく、逃げたい。
「あと、一つだけ忠告しておくと、逃げようと思っても無駄よ。……この家の男の執着心は、凄まじいのよ。代々、こんな感じらしいもの」
「いや、本当にどうして私の考えていることを……?」
「だって、私だったらそう思うもの。むしろ、私もお義母さんにそう忠告されたわ。あの人から逃げたくて、いろいろと頑張ったときもあったわねぇ、懐かしいわ。……すべて、無駄だったけれど」
そうおっしゃるクールナン侯爵夫人は、すべてを諦めたような表情だった。
「アルベールが生まれたとき、あの子だけは絶対にあの人と違う性格の子に育てるって、張り切っていたわね。……昔は、まだまともだった。でも、貴女を好きになった結果暴走が始まったのよ。……遺伝って、怖いわよね」
遠い目をされるクールナン侯爵夫人が、本当に未来の私にしか見えなかった。今のお話を聞くに、代々この家の男性はこういう感じなのだろう。そして、その度に「この子だけは違う子に育てる」と妻が思う。でも、恋をしたらすべてが台無しになってしまうということ。……恐ろしい、遺伝。
「まぁ、何かがあったら私に言ってくれればいいわ。この家の男に目を付けられた、世に言う先輩だから、いろいろと助けになることが出来ると思うのよ」
「……あ、ありがとう、ございます……!」
「ふふっ、気にしなくてもいいのよ。……私も、お義母さんが亡くなってから、同じ悩みを共有する人がいなくて寂しかったのよ」
……どうやら、この家の嫁姑関係はかなり良好らしい。それだけでも、かなりポイントが高い。問題は……夫となる人、なのよね。
「どうして、あんな人なのかな……」
思わず、そう零してしまう。そんな私の言葉を聞いたからか、クールナン侯爵夫人は「大丈夫。慣れたら容赦なく殴って蹴ることが出来るようになるわ」と謎の励ましをしてくださった。自分の息子のことを、「殴って蹴って」なんて普通は言わないと思う。でも、なんだか妙な説得力があって。……このお方に、いろいろと相談してみよう。そう、心に刻み込んだ。