33 原因(コーラル)
ビルフェたちがやってきて、部屋隅で静かに一連の出来事に関しての話を聞いて思ったことは、原作をなぞろうとしなくて正解だったということ。
こんな原作と外れた流れで、原作通りに進むわけないわ。カルテアはそこらへんわからなかったのかな。聞いた話だと、思い込みが強かったみたいだから気づいていてもなんとかなると考えたのかしら。
その結果が追放される令嬢っぽくなったわけだけど。前世で読んだ物語だとそこからざまあ展開になるんだけど、カルテアは心折れてるらしいから難しいかな。というかざまあとか言っても、シルベローナに非があるわけじゃないし。今回の追放はカルテアの自業自得っぽいし、そういった物語に似たものにはならないはず。
カルテアには同郷として、心穏やかな今後を祈る。でも二度と姿は見せないでね。んで、問題はシャベイよね。
原作だとボスムーブなんてしなかったのに。どうしてそうなった。
シャベイルートは、シャベイの孤独に気づいた主人公が色々と連れ回して誰かと一緒に過ごす楽しさを教える流れ。シルベローナも関わってくるけど、選択肢でたまにデートの誘いを断って仕事をさせる流れにすれば、シャベイがシルベローナの動きに気づいて対策をとってくれる。デートを断るとシャベイは寂しそうな顔をする。冷静な貴公子が見せる意外な一面に、多くのプレイヤーが初周はデートを断らず、デートに向かう。そのデートが本当に楽しそうで、プレイヤーの頭から次のデートを断るという選択肢がなくなり、ノーマルエンドに向かうことになる。
シャベイのルートでは、シルベローナの暗躍は軽く触れるだけで、主人公との交流が主になる。政争や謀略はあまり表にでてこず、にぎやかな日常が強調されている。今のようなシャベイの行動は原作では見ないのだ。
主人公がいない影響が出たのかしら? でもシルベローナの悪い噂は原作開始前からあったわけで、となるとシャベイの異変は原作前からってことに。カルテアがなにかした? 原作前にカルテアが接触したとビルフェは言っている。なにかしらの影響が、シャベイの行動を変えたかもしれない。
ベルクカッツの屋敷に到着した。
王家の馬車から降りて、出てきた王族の姿に使用人たちは大きく慌てた様子を見せる。
何年も前のことだけど、事前に来ると知らされた私たちも慌ただしく準備を整えたのだから、突然の訪問だったら大慌てするわよね。
とりあえず全員が玄関ホールに通されて、公爵様が大急ぎで玄関までやってきた。
「ビルフェ殿下、スフィナ殿下、ようこそおいでくださいました。本日は突然いかがなされたのですか」
ガルフォードやシルベローナにもちらりと視線を向けたけど、そちらには声をかけずに王族二人にのみ話しかける。もうちょっとこうなにか言わない?
「突然すまないな、公爵。シャベイはいるだろうか? ガルフォードから今日はでかける予定はないと聞いているが」
「ええ、今日はあまり仕事も多くなく、それらを手早く片付けて、自室でのんびりすると言っていました」
「そうか。部屋に案内してくれるか? 公爵にも聞かせたい話がある」
不思議そうにしながらも公爵様は先導を始める。
シャベイの部屋に到着し、公爵様がノックをして返事を待って扉を開ける。
王族の訪問を使用人が知らせていたのか、シャベイは驚いた様子なく部屋に入るビルフェたちを出迎える。
「ビルフェ殿下、スフィナ殿下におかれましては健やかなこと喜ばしく」
「うん、丁寧な挨拶ありがとう。シャベイも元気そうでなによりだ」
この屋敷の使用人によって手早く椅子が運び込まれ、それに私のような使用人を除いて座る。
「さてご用件をお聞かせくださいますか」
公爵様が切り出す。ビルフェが頷いて口を開く。
「少し前にスフィナが誘拐されかけた。そのことは知っているだろうか」
「は、初耳です。そのようなことが?」
公爵様は目を見開いて口を半開きにして驚きをあらわにしている。私からは演技のようには見えず、本当に初耳なんだろうなと思える。
シャベイも驚いているけど、公爵様よりは驚きが小さく見える気がするなぁ。
「あったんだ。そして実行犯は捕まり、そいつらの情報から命じた者も捕まえた」
「捕まえたのですか、よかった!」
「そこでめでたしめでたしと終われたらよかったんだが、問題もでてきてな。捕まえた者たちではスフィナがあの日どこに行くのかという情報を得ることは無理だったんだ。彼らに情報を与えた何者かがいるということだな」
「そうなのですか。もしかして今日はそれに関してシャベイに考えてほしいから来訪されたのでしょうか。問題ありませんぞ。シャベイは優秀ですからな。きっとどこの誰が誘拐に協力したのか解き明かしてくれましょう」
できるだろうと公爵様はシャベイに声をかける。
公爵様はシャベイにとても期待しているのね。優秀な息子がいるならわかる反応だけれども、その分ガルフォードに対するそっけなさがどうにももやっとする。
「そうではなくてだな。情報提供者にシャベイが最有力候補としてでているんだ」
「なんですと? いや、なにかの間違いでしょう! この子がそんなことするはずもない。この子は誰よりも優れていて、なにをやらせても期待以上の成果を出す。我が家どころか国で一番優秀ともいえる。そのシャベイが、王族誘拐に協力といった馬鹿な真似をするはずもない!」
「ああ、優秀だろう。だからこそ疑うのだが」
「優秀だからこそ?」
不思議そうな公爵様とは違い、シャベイの瞳に興味の色が映し出される。
「どういうことでしょう。疑われるようになった経緯をお聞かせください」
「簡単に言うとだな。情報提供者を専属の部署で探していたがさっぱりわからなかった。誰かに繋がる情報自体は手に入ったのだけどね。そこで考え方を変えたんだ。情報調査の技術と知識が豊富な部署が探せないのなら、それだけ優秀なのだろうと。やったやってないはおいておくとして、自身の関わりを綺麗に隠せるほどに優秀な者の仕業と考えてみようと」
部署の人たちは自分たちよりも優れた者の仕業と素直に認めたのね。これまで仕事をこなしてきた誇りがあるだろうに、そこらへんの柔軟性はすごい。
「そうして候補者を上げて、その中に君も含まれた。手元にある情報を使って、どんどん候補者を振るい落としていき、最後に残った者が君だ。そこから捕まえた者たちに君に関連した情報を使って揺さぶりをかけて、彼らが見事反応したわけだな」
「それだけではまだ弱いと思いますが。おそらく公爵家の人間という部分に反応したのではないですか」
「そうだね。完全に君と示したわけではない。君の言うように公爵家の誰かに、彼らは反応したのだろう。だがここまで情報を絞ることができたならば王家も多少強引な手段はとれる。なにせことは王族に対する企てだ。きっちりと調査し対処しておかないと、同じことが起きては大変だ。だから公爵家という高位貴族にも尋問を行える。まさか嫌とは言うまいね」
なんとなくこじつけにも思えるなぁ。シャベイも同じ考えなのか、余裕の態度だし。
「仮に私の仕業としましょう。スフィナ殿下を誘拐しようとした理由は?」
「うん、スフィナを害する理由はないんだよね」
「でしょう! この子が情報提供者というのは間違いなのです!」
公爵様がほっとしたように言っているけど、ビルフェは首を振る。
「あの場にはスフィナ以外にも人がいた。シルベローナだ」
一瞬シャベイの視線の温度が下がったような? 気のせいかな。
「シルベローナがいたからどうしたというのです! シャベイには関係のない娘でしょう」
弟の嫁候補に対して関係ないってのもなんだかな。シャベイ以外に関心はないのか、この人は。
「ロッシェから情報を得ている。シルベローナの悪い噂を流すことにシャベイが協力したとね。噂に対してどのように反応と対処をするか見たかったが、見ることができなかったということも聞いている。誘拐の件も反応を見たくてやったというなら納得できるんだ」
「私がシルベローナの反応を見たかったとはロッシェも面白いことを言う」
「ロッシェのことは知っているが、その発言はいい加減なものだと?」
シャベイが頷く。
この流れは、怪しいけれどシャベイの仕業だと断定できない方向にいってそうだ。
私もシャベイがやったとは確信を持ってないけど、もう少し揺さぶって情報を得たい。そうすればなにかしらの進展がありそうだと思う。
でもゆさぶりっていってもどうやればいいのか。原作シャベイの情報からなにかしらのヒントがあれば……原作シャベイは冷静に見えて意外と感情に揺さぶられるんだよね。原作シャベイもこっちのシャベイも根本が同じなら、そこは変わらないはず。なにかしらの感情が原因で、シルベローナの反応を見たがってるのかな。
ほかの情報は……主人公によって孤独を癒されたってこと。優秀さゆえに並び立つものがおらず、才能の塊と称された主人公との出会いで自分に近いものを感じて興味を持つ。そして才能とは関係ないところで主人公に癒されて、孤独という壁を作っていたのは自分だと気づく。人と競うのではなくただ接するだけならば、才能は必ずしも必要なく、ちょっとした気遣いと愛おしい好ましいという感情だけでも上手くやっていけると気づく。
今のシャベイは主人公がいないから孤独は癒されていないし、人と接するコツもわかっていない、はずだ。
それにシルベローナがどう関わるのかってことだけど……うーん。シルベローナに対してシャベイが抱いている感情はロッシェが正しいなら恨み。
二人の関わりは本当に薄い。だから恨まれるのようなことってのは、薄い関わりの中のどれか。
シルベローナを見ると、ガルフォードとスフィナに挟まれて立ち、両手を握られている。
シャベイとシルベローナの共通点はガルフォードくらいしかなさげ。ガルフォードになにかしたから、シャベイはシルベローナを恨んでいる? でもシルベローナはガルフォードに意地悪なんてしてないわ。だったら二人の仲が良いことが気に入らない? それはどうして? ガルフォードが大事だから仲の良いシルベローナが気に入らない? でもガルフォードを特別大切にしているという情報は原作にも現実にもない。
「あ」
思い出したことがあり、思わず声に出る。注目が集まり、謝ろうとしてこの際だから言ってみようと思いなおす。
「発言をよろしいでしょうか」
「なにか気づいたことでも?」
「はい。こじづけに近い推測でしかありませんが、それでもよろしければ続けたいと思います」
ビルフェとシャベイが頷く。ビルフェはなにかしらのヒントになればって感じで、シャベイは興味があるといった感じだ。
「シャベイ様、あなたシルベローナ様に嫉妬していませんか」
「へえ、続けて」
否定は返ってこなかったか。
「私はメイドを始めて六年ほどです。後輩もできるくらいには侯爵家で勤めさせていただいています」
いきなりの自分語りですまない。でも必要だから、皆でわけがわからないという視線はやめてほしい。
「その後輩から尊敬の目で見られることもありまして、それは嬉しいものなのです。さらに自分のようになりたいと背を追ってこられると本当に可愛く思えてしまいます。話をシャベイ様に戻しまして、シャベイ様は大変優秀なのだとか。噂では並び立つ者もいないほどと聞いています。ではその背を追ってくれる人はいるのでしょうか? いえいるかもしれませんが、追い続けてくれる人ならばどうでしょう。あなたの優秀さに心折れて、追うことをやめる者ばかりではありませんか?」
「まあ、そうだね」
原作ではシャベイは主人公にこう言っていた。『小さい頃は弟も私を追いかけてくれて、それが嬉しかった』と。
原作ガルフォードも心折れて努力をやめた側だ。でも現実では違う。今もガルフォードは努力を続けている。ほかならぬシルベローナのために。
そうシルベローナに奪われた形なのだ。
「しかしあなたのそばにあって、あなたの優秀さを見せつけられ、それでも努力をやめない存在がいる。ガルフォード様です。しかしガルフォード様はあなたを見ていない。見ているのはお嬢様です。あなたの背を諦めず追ってくれたかもしれないガルフォード様は、お嬢様のためだけに努力を続けています。それが羨ましいのでは? その感情がもとになってお嬢様にちょっかいを出していた。私はそう思えました」
口を閉じ、シャベイをまっすぐ見る。さてどう反応するか。
カルテアによって原作の時期よりも早く孤独を突き付けられ、求める存在が近くにいたが、その存在は自分を見ていない。
精神的な忍耐力が原作よりも低い時期に孤独を突き付けられたことで、ガルフォードへの関心は原作よりも高くなった。だがガルフォードの関心はシルベローナに向けられている。
それはシルベローナに良い感情を抱けないだろう。
その優秀さで本気を出せばシルベローナを貶めることはできたはずだ。しかしそこまではしていない。取り乱すところを見て溜飲を下げたかったのか、私ではわからない考えがあったのか。
シャベイの私を見る目に少しだけ称賛の感情が宿ったような気がする。
「……こうも心情を言い当てられたのは久しぶりだ。一度目はカルテアと初めて会ったとき。あのときに私は孤独というものを自覚した。そして私を追っていたガルフォードという存在に心癒されていたことも理解した。理解するのが遅かったけどね。その頃にはすでにガルフォードは私を追うのではなく、自己を高めることに考えが変わっていた。そうなるようシルベローナに仕向けられた」
これまでの余裕の表情は消えて、シャベイは悔しそうにシルベローナを見ている。
「彼女との出会いからずっとガルフォードの目には私は映っていない。心を占めるのは常に彼女のこと。どうして私を見てくれない。どうして私を追ってくれない。その才があれば他の者たちのように諦めず、かぎりなく私に近づいてくれるはずだった! 私は一人ではなかったはずだったんだ! 彼女が私からガルフォードを奪ったんだ! 排除すればまたガルフォードの関心は私に向くかとも考えたが、あれだけ心を占めている存在がいなくなれば、心砕けて無気力なガルフォードが残るだけと容易に想像できた。排除もできないなら、嫌がらせをして気を紛らわせるしかないだろう。そのために彼女の悪評を流し、王弟の元家臣を唆し、彼女の反応を探ったのさ」
子供じみた言葉に多くの者が驚きの視線をシャベイに向けている。優秀=成熟ではないということかな。小さな頃から優秀だったのなら、精神的な成長は少なかったのかもしれない。だったら子供じみた言動も納得かな。
原作主人公がいれば、彼の孤独は癒せたのか? でもシャベイが孤独に気づいたのが原作開始前だし、心を満たす空虚感はその出会いによっても完全には晴らすことはできなかったかもしれない。
どのみち程度の差はあれ、嫌がらせは起きたのかなと思っていたら、シルベローナが口を開いた。
「ばからしい」
おっとその言葉は予想外ですよ。なにを思ってそんな発言になったの、お姉さんに聞かせてほしい。
ビルフェたちも驚いている。それだけ予想外の言葉だったんだろう。
シャベイが怒りの目でシルベローナを見ているけど、シルベローナは平然としている。
「なにを!」
「兄上殿や公爵家の不始末を私のせいにしてもらわないでいただきたい」
「不始末だとっ」
「ああ、そうだ。ガルフォードに与えなかったのはあなたたちではないか」
どういうことだろう。おそらくお金とか生活物資のことじゃないよね? 生活に困っているガルフォードを見たことがない。
「わからないか。だから与えなかったのだろうな」
「なにを与えなかったというのだ。食事も服も必要な金も与えてきたはずだが」
公爵が言うが、シルベローナは話にならないと首を振る。
「物資という面では充実していただろうさ。でも心はどうだ。そうだな、最近のことでもいい。ガルフォードが仕事をこなして、その成果に対して褒めたりしたことはあるか?」
「褒める? 書類を運ぶといった程度の仕事をこなせて褒めるなど。できて当然のことではないか」
「では昔はどうだ。なにか勉強でも運動でもなんらかの成功を褒めたことは?」
「それは」
公爵が言葉に詰まる。
え? ないの? いやいや一度くらいはあるでしょ? あったとしても思い出せないくらい昔のことなのだろうか。
「ないだろうな。ガルフォードの口からそういった体験を聞いたことがない。聞いたことがあるのは兄上殿が褒められたということくらいだ。兄上殿というできすぎる存在がガルフォードの成功をその程度のものと思わせて、褒めづらくしていたのだろうさ。兄上殿もそうだろう? 褒めたことはないはずだ。おそらく自分にとって簡単にできることをわざわざ褒めなかった」
「……」
シャベイは答えないが、表情は否定的なものではない。
「そんな状況で、私が褒めた。努力を認めた。そりゃ私に関心を抱くだろうさ。兄上殿がガルフォードを一言でも褒めていれば認めていれば、現状はもっと違ったものになっていたかもしれない。あなたたちの怠慢が現状を作ったんだ」
「……」
シャベイの表情はいいものとは言えなかった。だがシルベローナは続ける。
「兄上殿は昔から与えられることに慣れていたんだろう。だから与えられることが当たり前で、与えることが疎かになった。そうなったのは周囲のせいで、親である公爵殿たちの責任だ。公爵殿たちも兄上殿の才に目が眩んだ結果なのだろうな。優れた才に公爵家の誰もが振り回された。だからこその現状だ」
シャベイも公爵も年をとった使用人たちも無言だ。若い使用人はそんな彼らに戸惑った様子だ。
シャベイが子供の頃から付き合いのある公爵家の人間は、シルベローナの言うことに心当たりがあるのだろう。
シャベイが片手で顔をおおい、天井を見上げた。
「……そうだったんだな。もっと私が気を遣えていれば。たったそれだけできていれば」
手の隙間から見えるシャベイの表情は笑みだが、ひび割れたものを感じさせ、嬉しさ楽しさはかけらもなく虚ろでしかなかった。
感想と誤字指摘ありがとうございます




