27 デート(シルベローナ&ガルフォード)
「お爺様から教えてもらったお店でね。腕のいいコックがいるんだとか」
「それは楽しみだ」
公爵家の人間が認める店ならば、その味は確かなものなのだろう。どのような料理が出てくるのだろうか。
ガルフォードの案内で、古くはあるがしっかりと補修されたレストランに入る。すぐにスーツ姿の六十歳ほどの落ち着いた男が出てくる。
「いらっしゃいませ、私は支配人でございます」
「予約を入れたベルクカッツの者だが」
「ガルフォード様とシルベローナ様で間違いございませんか?」
「ああ」
私たちを見て頷いた支配人は、こちらへと言って個室まで案内する。
私の目を見たはずだが、まったく動じなかったなこの人。長く客商売をやっていて、そこらへん鍛えられたのかもしれない。
「お爺様が支配人によろしく伝えておいてくれと言っていたよ」
「ありがとうございます」
「お爺様とは知り合いなのか?」
「はい。私がこの店で勤めて数年して来店なさったのです。そのときに私が給仕をさせていただきました。当時を思い返せばまだまだ未熟だったのですが、お褒めの言葉をいただきました。以来何度も足を運んでいただいています」
ここですと支配人が足を止めて扉を開く。
個室は、男と同じく落ち着いた雰囲気の空間となっている。派手になりすぎていない、質の良い家具。真っ白なテーブルクロスの上に数本の赤バラが挿された花瓶があり、深紅の絨毯には塵一つ落ちていない。大きな窓につけられたレースカーテンの向こうからは柔らかな光が差し込んでいる。白い壁にある絵画もどこかの村風景といった穏やかなテーマになっていて場の雰囲気にあったものとなっている。
椅子に座り、すぐに扉が開く。店員がカートを押して入ってくる。そこから支配人がよく磨かれたグラスを取り、私たちの前に置く。
「お飲物をお持ちしました。食前酒と果汁を入れた水のどちらになさいますか」
「僕は食前酒で」
「私は水の方をいただこう」
ガルフォードのグラスにほのかにピンクの液体が注がれる。そのあと私の方にも水が注がれた。
グラスとグラスをぶつけず、持ち上げたグラスを軽く揺らして乾杯して飲む。
「私はここで下がらせていただきます。先代公爵様のお孫様がいらっしゃると聞き、コックもはりきっていました。楽しんでいただけると幸いです」
「期待している」
支配人は私たちに一礼して部屋を出ていく。すぐに前菜が運ばれてきた。プチトマト、キュウリ、コーン、ブロッコリーがガラスの器に入れられた、彩り鮮やかなサラダだ。ドレッシングは使っているように見えず、かわりに塩とハーブで味付けされているらしい。
神に祈りを捧げて、フォークでブロッコリーを取る。口に運ぶと、ちょうどよい塩加減と主張しすぎないハーブの香りが舌を通して広がる。ブロッコリーも柔らかすぎず硬すぎず、絶妙な茹で加減だった。
「これはよいな」
うちのコックの腕も悪いものではないが、こちらの方が腕は上だ。思わずでた感想にガルフォードも頷く。
「うん、本当に。前菜でこれだから、あとの品が期待できるね」
「ああ。連れてきてくれてありがとう」
「そう言ってくれると嬉しい。紹介してくれたお爺様も喜んでくれるはずさ」
このあとはスープ、少量のパスタ、鶏肉の蒸し焼き、デザートと続き、どれもが絶品といえるものだった。
デザートを食べ終わる頃に、再びやってきた支配人に美味かったことを伝えると嬉しそうに微笑む。後日聞いた話ではコックは支配人の息子だったようで、我が子を褒められたことから浮かんだ笑みだったのだろう。
支配人に見送られて店を出て、ゆっくりと馬車を目指す。あれが美味しかったなどと感想を言っていると馬車が見え、その近くで待機しているコーラルたちの姿も見える。向こうもこちらを確認したようで、馬車のドアを開けている。
私たちが馬車に乗り込むと、町の外周へと馬車は動き出す。たいして時間はかからず結界柱の一つに到着する。
馬車から降りて、物見やぐらの役割も果たしている結界柱を見上げる。
「ちょっと注目されているね」
警邏中の兵や庶民といった周囲からの視線を気にしてガルフォードが言う。
貴族がこれを見にくることはないのだろうな。ゆえに珍しさで目立っているんだろう。ガルフォードとコーラルたちは少々居心地が悪そうだな。
「悪いことをするわけでもない。気にしないでいいだろう」
「そう言いきれて、本当に気にしないでいられる強さは本当見習いたいよ」
周囲で見ている者たちは変わっているなと噂して、その噂もすぐに消える。なんの害もない。だから気に掛けるだけ無駄だ。
そんなことよりも目の前の結界柱を眺める方が大事だ。術式を見てみたいが、そこまではできないだろうから、魔力の流れを見て結界用魔法の参考にしよう。
「シルベローナはこれに関してどれくらい知ってるんだい。僕は効果くらいしか知らないんだけど」
「そうだな……これが作られる切っ掛けは約五百年前くらいか。病を運ぶ小さな魔虫が国中で大発生したんだ。子供でも簡単に殺せるけど、それまでの殺虫薬がきかなくて、どうにかしようと侵入を防ぐ魔法が作られた。この結界の外に虫集めの薬を置いて、集まった虫を焼き殺したんだ。ひとまず騒動が落ち着いて、同じことが起きないよう結界維持の柱が作られた。それが改良や補修されて今に至る」
「クシュリダ魔虫騒動だったか、歴史の授業でさらっと習ったな」
「それであっている。その後似たような騒動があったが、経験を活かして被害は抑えられているはずだ。ちなみにこれの管理は最初に結界を開発した者が貴族となって子孫が担当しているそうだ」
没落したという記録はなかったから、まじめに管理を続けているのだろう。
このまま一時間くらい眺めていたいが、それはさすがにガルフォードたちも暇すぎるだろうし、ここらで退散するか。
「さて行こうか」
「もういいの?」
「正直に言えばもっと見ていたいが、つまらないだろう?」
「もう少しくらいなら大丈夫」
そういうことなら甘えさせてもらおうか。再びじっと結界柱に見入る。
そんな私が気になったのか物見の兵が近づいてきて、何事か聞いてくる。隠す理由もないし、結界柱に使われている魔法や柱自体に興味があるからと答える。
変わったものを見るような目で見られたが、怪しいところはないと理解したのだろう兵は元の配置に戻ろうとする。
その兵にガルフォードが柱を上がって風景を見ていいか尋ね、短時間だけならばと許可をもらう。
柱内部の螺旋階段を上がりながらガルフォードに話しかける。
「どうしてここを上がろうと思ったんだ」
「デートの締めくくりにいいかなって。きっと風景がいいよ」
「ここらで一番の高さだからな。そうかもしれない」
兄上と父上の体力づくりの鍛錬に混ざることもあり運動は日頃からやっているので、たいして疲労することなく階段を上がる。
風に飛ばされないよう帽子を外し、スカートを押さえる。
真っ先に目に入ってきたのは、中央広場に立つ建国王の石像だ。初代国王の死後に作られ、ずっと王都を見守ってきている。それから視線を動かすと、建物の屋根や道を歩く人々などが見える。
高いといっても町全体を見渡せるほどではない。しかしここから見ることができる建物の並びや人々の営みもつまらない風景ではなく、十分に見応えのある代物だ。生まれ育ち、今も暮らしているこの町を高所から見るのは初めてなので、いつもと違ったように見えるのも面白い。夕方や夜の風景はまた違って見応えがありそうだ。
「シルベローナ、目がキラキラしてて感情が表れているよ」
「いい風景だからな。感情の一つや二つ表にでるだろうさ」
そんな私を見たガルフォードの使用人や一緒に来た兵の顔が赤らんでいたらしいが、私は気づくことなく眼下の光景を楽しんでいた。
風景を堪能し結界柱から降りて、馬車に入る。
「今日は色々と有意義だった。誘ってくれてありがとう」
ガルフォードが満面の笑顔になる。
「そう言ってくれて嬉しいよ。誘ったかいがあるというものだ。一緒にいられる時間が減って、こうして会える時間はなによりのもの。そういった時間を共に楽しく過ごせて幸せだ」
「ああ、私にとっても良い時間だったよ」
良い雰囲気のまま馬車がファッテンベル家に到着し、御者がドアを開く。
コーラルが先に降りて、私もと動く前にガルフォードに呼ばれる。
「手をいいかな?」
言われるまま手のひらを上にして、ガルフォードと差し出す。ガルフォードは私の手を裏返し、手の甲にキスをする。少し驚きだ。ハグは経験あるが、キスは初めてだ。
ふむ、では私からもお返しだ。ガルフォードが放そうとした手を掴んで引き寄せ、ガルフォードの手にキスをする。うっすらと口紅がついてしまったな。まあいいか。
ガルフォードはお返しに照れたのか、わずかに顔を赤らめていた。
「お返しだ。ではまた」
「ああ、またね」
私が降りると御者がドアを閉めて、馬車は去っていく。それを見送って、敷地内へと入る。
「荷物を私の部屋に運んでおいてくれ。私は父上たちに帰ってきたことを知らせる」
「承知いたしました」
父上たちは仕事を終わらせてリビングで寛いでいるらしく、そこに向かう。
顔を見せると母上に上機嫌だと見抜かれた。すぐ察せられるくらいに感情を出していたのだろうか。楽しかったデートが忘れられず浮かれていたのなら、少々恥ずかしいな。
ガルフォード
学院を卒業して、公爵家の仕事を手伝うようになった。といっても兄上だけでほとんどなんとかなってしまううえに、父上もいる。僕がやることはほとんどない。あちこちに書類を持っていくくらいで、余る時間を自己鍛錬にあてられてありがたい。給金もそれなりのものがでるので、シルベローナと暮らせるようになったときのため貯めてある。
父上母上はシルベローナに興味がないので、一緒に暮らそうとは思っていない。だから公爵家が所有する家を渡されることになっている。一度見に行ったが、管理はきちんとされていた。書庫といったシルベローナが喜ぶ部屋もある。あとは使用人を雇い、家具などを入れれば不自由しないだろう。
シルベローナとの生活を思うと胸が弾む。朝起きてすぐにシルベローナと会えて、夜も一緒にいられる。そんな幸福に満ちた生活が待ち遠しい。しばらくは夫婦生活を楽しみたいから子供は何年か作らないでおこうといった、将来設計を描いてしまう。
自己鍛錬と仕事に励んでいたとある日、ビルフェ殿下と会う機会があり、シルベローナの休日について話を聞くことができた。
ちょうど僕の休日と重なり、シルベローナは誰とも約束がないという。これはいい機会だと、ビルフェ殿下に礼を言い、デートに誘うことにした。
ファッテンベル家に向かい、シルベローナを誘うと了承をもらえてほっとする。
馬車の中で二十分ほど待つと、化粧をしたシルベローナがやってきた。うん、やはりシルベローナが一番綺麗だ。素直にそれを伝えると、婚約者として誇らしいと褒める言葉が返ってきた。嬉しいけど、ここで満足しないで常に向上心を持たないとね。
動く馬車の中で、学院生活について聞く。シルベローナは楽しんでいると言っているけど、嫌な噂が流れたときもあった。ウェルオン殿と一緒に探ったことがあったが、出所がわからなかった。ただの噂ならああいうことはないはずだ。誰かが意図的に流したものだとウェルオン殿と意見が一致した。
その調査の中でカルテアという男爵令嬢が容疑者として浮かんだが、あまりに粗末で噂にのっただけか、もしくは噂を流した者に利用されているだけと判断し、監視をしていたが真犯人に繋がることはなかった。
噂がこれ以上ひどくなるか、シルベローナが気にするそぶりを見せたら、ビルフェ殿下に協力を願おうと思ったのだが、どちらもなく卒業まで出所を探るだけで終わった。
シルベローナを庇護する者が減り、噂を流した者が新たな動きを見せるかと思っていたけど、その様子もないようで少し安堵した。
学院の様子や僕の仕事などを話しているうちに馬車は停まり、買い物のため降りる。
買い物では欲しいものを買えたし、シルベローナも楽しんでくれたみたいでよかった。家具に関しても将来家に入れるものの参考になったし、良い時間だった。
昼食で行ったレストランも良いところで、教えてくださったお爺様には感謝だ。今後もシルベローナと一緒に通いたい。ビルフェ殿下たち知り合いを誘うのもいい。
食事を終えて、シルベローナの行きたい結界柱に向かう。行きたい場所と聞かれて、劇場や装飾品の店と答えないのがシルベローナらしいところだ。人によっては女性らしからぬ興味に眉をひそめることもあるかもしれない。僕としてはシルベローナが楽しんでくれるのだから喜んで一緒に行く。おかげで瞳に感情の宿ったシルベローナを見ることができた。
久々に見ることができたそれを、ほかの者たちにも見られたのは悔しい。できるのなら僕が独り占めしたい。この独占欲をシルベローナが知ったらどう思うだろうか。仕方ないなと受け入れてくれそうな気もするし、ほどほどにしておけよと軽く窘められそうな気もする。拒絶はしないでくれると思う。
別れ際のキスは勇気を出したのだけど、あっさりとお返しをしてきた。キスに大きく反応もなかったし、緊張したのが僕だけでずるいなぁ。
「ガルフォード様、手を。口紅を落としましょう」
馬車が動き始めて使用人が言ってくる。口紅のついた手を見て、その気が起きず首を振る。
「……もう少しこのままで」
僕はシルベローナのものって示しているような感じがして 手に残った口紅が嬉しく消すのがもったいない。
ベルクカッツ家の屋敷に到着する前に渋々口紅を落として、屋敷に入る。
ついてきていた使用人は仕事に戻り、僕は荷物を置くため部屋に戻る。その後は別邸のお爺様のところに行こうと思っていると、廊下で兄上が話しかけてきた。
「お帰り。どこかに行ってたんだね」
「ただいま帰りました。休みのタイミングがあったので、シルベローナとデートに行ってきました」
「それはそれは。相変わらず仲が良いのだな」
「ええ、なによりも誰よりも大事な存在です。今の僕があるのはシルベローナのおかげですしね」
「そうか……」
兄上は視線を下げて少しだけ考え込んで、再びこちらに視線を向ける。
「前から聞いてみたいと思っていたんだが、昔は俺を追いかけていただろう? しかしいつからか追いかけることはなくなった。鍛錬を放り出したわけじゃないのは、努力を重ねているところを見ているから違うとわかる。今はなにを目標にしているんだい? そして追いかけるのをやめたのはなぜ?」
「追いかけるのを止めたのは、最初に会ったときシルベローナから助言もらえたからですね。僕は兄上を追いかけるのではなく、昨日までの自分自身と比べて成長していった方がよいと。目標もそのまま昨日までの自分より上に行くことです。そしてシルベローナに相応しい存在になる」
「……そうだったのか。ありがとう」
くるりと背を向けた兄上の表情が、いつもの穏やかなものではなく、鋭いものになっていたことは僕からは見えなかった。それに気づいていたら、のちの騒動に対して素早く対処を行えたのだろうか。
兄上に対しても助けになれたかもしれない。将来この会話を思い出して、そう思うのだ。
誤字指摘ありがとうございます




