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22 学院生活(シルベローナ 1)

 やあ友人、元気だろうか。私は学院に通いだしているよ。今年から三学年だ。大学以来の再びの学び舎だが、とても楽しんでいる。日本では学ばなかったことばかりだし、家で教師から習ったことも違う方向からの見方で教えてくることがあるから新鮮だ。

 やりたいことばかりで充実しているせいか友人は増えていない。以前からの友人たちとの交流くらいだ。周囲の学生は高位貴族ということに気おくれしているのか、近寄ってくることはない。目のこともあるのだろうな。

 友人が少ないのは前世からなので特に思うことはないな。君ならまた交流を放り出して好き勝手していると叱ってくるのだろうか。しかし今の友人たちは良い者ばかりで、これ以上は必要ないと満足してしまっているのだ。それに他人とまったく交流がないわけではない。教師とは興味のでた部分を詳しく聞くため話しかけていて交流しているから許してくれ。


 学院に到着し、魔法関連の授業を受けるというコーラルと別れて、私は市井文化史の授業を受けるため教室に向かう。今日は職人が使う道具の改良や変化の続きだったはずだ。地球の道具の歴史と通じるところがあって聞いていて楽しい。

 コーラルが別れ際に、主人公がどこにもいないとか呟いていたが、そういった内容の小説でも思い出したのだろうか?

 ん? 廊下の先が少しばかり騒がしいと思ったら、ガルフォードじゃないか。今年卒業してここにいるはずないのだが。

 日々の努力で文武両道、自信もついて人の目を惹きつける雰囲気を持ち、生徒会の役員も務めて顔が売れているのだから、ここにいれば学生たちも気にするだろう。


「シルベローナ!」

「やあ、おはよう」


 すっかり大人に成長したガルフォードが、こちらに気づき周囲の人間を放って笑顔で近づいてきた。

 私も身長は伸びたが、だいたい頭一つ分は差があるため見上げる形になる。私は平均に届かない155センチで、ガルフォードは平均を超える180センチほどだ。

 学生たちが恨めしそうな顔でこっちを見てきているな。それだけガルフォードが人気だということか。努力が実を結び、これだけの人に認められたのだな。


「うん、おはよう。これから授業かい?」

「ああ、そうだ。そっちはどうして学院にいるんだ」

「生徒会の仕事でわからないところがあると頼まれてね。生徒会長だったウェルオンの方が適役だけど、当主補佐で忙しいだろう? それでかわりに僕が来たんだよ」

「なるほど。しかし実家から任されている仕事は放りだしているのではないか」

「大丈夫。大変なものは回されないから、ぱぱっと終わらせた。それに学院にくればシルベローナに会えるかもしれないしね」

「もう三年と少しで毎日顔を会わせることになるだろうに。わざわざ時間を作って会いにくることはないだろ」


 幼き頃に交わした婚約は続いていて、私の学院卒業とともに結婚という形で話が進んでいる。


「時間を作って会いたいくらい、僕はシルベローナを好いているんだ」

「ん、ありがとう」


 こういった場で恥ずかしがらずにストレートに好意を伝えてこられると、こっちが照れる。

 表情には出ていないはずの私の心情を見抜いたか、ガルフォードは私の頬にそっと手を当てて笑みを深めた。


「こんなところではしたない真似はよしなさい!」


 声のした方向を見るとミーアがいた。

 同じ年齢の彼女は私よりも身長が高く163センチくらいだと聞いたことがある。煌びやかに成長した彼女は、社交の場でも注目の的だ。ビルフェ殿下の婚約者に決まったことで、幸せからか華やかさが増している。咲きかけの蕾を思わせる出で立ちで、もう二年もすれば完成した美しさを見せてくれるはずだ。


「おはようミーア」

「ええ、おはよう」


 私ににこやかに挨拶したあと表情を一変させ、ガルフォードを睨む。


「ガルフォード! あなたのシルベローナ好きはわかるけど、往来でそのようなことをするのはよしなさいと何度も言っているでしょう!」

「愛おしい者の可愛らしいところを目にして我慢なんかできないよ。ミーアだってビルフェ殿下に迫られれば受け入れるだろう?」

「ビルフェ様は場所をちゃんと選んでくださいます!」

「ミーアがビルフェ殿下と仲良くやっているようでなによりだ」

「シルベローナ。あなたまでちゃかさないでちょうだい」

「真剣に祝ったつもりだが」


 ミーアに溜息を吐かれる。


「まあ、あなたはこういったことでちゃかしてはこないわよね。ほら、ガルフォードさっさと帰りなさい。私たちはこれから授業なの」


 犬を追い払うようにしっしと手を振られたことに、ガルフォードは苦笑を浮かべ「またね」と私を軽くハグして去っていく。


「だから往来でやるなと!」

「まあいいではないか。ちょっと愛情表現が大袈裟なだけだ」

「わかっているけど、注意をしないとエスカレートしていくのがわかってるからね」


 まったくと両手を腰に当てて、怒る素振りを見せる。そういった姿がここ数年ですっかり板についた。


「今日はこっちに来ることができたのだな」

「ええ、学院生活も大事だからね」


 ミーアは王妃になるために必要なことを城で学んでいるのだ。そのため学院に通う日は私たちよりも少ない。特にここ最近は城に詰めっぱなしだった。


「こうしてミーアに会えて嬉しいよ」


 ガルフォードを見習いはっきりと好意を伝えるとミーアは少し目を見開いたあと微笑む。


「ありがと。私もシルベローナと会えるのを楽しみにしていたわ。午前授業が終わったら待ち合わせしましょ」

「わかった。中庭の噴水前でいいか?」

「ええ、それじゃ私も授業を受けてくるわ」


 ミーアは他国の歴史に関する授業だったか。そちらも面白そうだな。

 再び一人となって教室に入る。先に来ていた者たちから視線が集まるが、すぐに散る。

 教卓正面の机に座り、隣の椅子に鞄を置いて誰も座れないようにしておく。メモに必要な紙と万年筆を取り出し、これまでに授業内容を取った紙を眺めて復習する。

 そうしていると少しばかり廊下が賑やかになり、そちらに顔を向ける。

 同じ授業をとっているスフィナが入ってきて、私へと手を振ってくる。振り返すと笑みを浮かべて真っ直ぐ歩いてくる。

 13歳になった彼女は私の身長を超えている。158センチくらいだったか。一見すると冷ややかな美人だが、きちんと温かみを感じさせる笑みを浮かべることもできる。その笑みは万人に向けられるものではないため、多くの者はスフィナを冷たい人間だと思っているようだ。

 家族や私たち友人の前では感情豊かだ。父親の継承権を叩き返したときに、心の内をぶちまけろと煽ったことで、いろいろと王たちに本心をさらし遠慮がなくなったのだ。そのとき一緒にいた私たちにも感情を隠すことがない。


「おはようございます。ジーナ姉様」

「おはよう、スフィナ」


 なぜか姉様と呼び慕ってくる。そこまで気に入られることをした覚えはないのだが。むしろ王族にとる態度としては感心されないものだろう。なぜかビルフェ殿下とスフィナからは許されたままだが。


「聞いてください、またあれらが接触してきたんですよ」

「ああ、父親の配下だった者たちか」

「そうですっ。父の権力がなくなって落ち目だからって私にすり寄ってきても迷惑でしかありません」


 鬱陶しいという感情を隠さずに言い切る。


「陛下に話して近寄らないように手配してもらったんだろう?」

「あれらは考えなしだから、自分たちじゃなくて人を寄越して話し合えば大丈夫だなんて考えているみたいです」

「ほんとに考えなしだな。そんな奴らがよく王弟の配下としてやれていたな」

「元は優秀だったじゃないでしょうか。でも父が配下の動きに頓着しなかったことで、好き勝手やれることに慣れてしまったんだと。能力を腐らせたままなんでしょうね」


 ありえそうだな。王族の配下なら好き勝手できそうだし、そのまま腐っていったか。王族の配下になれるなら相当に優秀だっただろうに、もったいない。


「また陛下に報告するしかないな」

「そうですね。伯父上に頑張ってもらいましょう。肩もみでもしながら頼めばなんとかなるはずです」


 王と姫というより、父と娘のような関係だな。家族関係が良好なようでなによりだ。

 スフィナが本心をさらしたときに陛下も王妃も殿下も嬉しそうだったし、あれ以降一層可愛がってもらっているらしい。甘やかしてきて、慣れてしまわないよう自身を律するのが大変だとスフィナはよく言っている。

 まあ私もスフィナを妹みたいに感じているからついつい甘やかしてしまうのだが。


「陛下に頼むならなんとかなるだろうさ。あれらのことは忘れてしまえ。スフィナにとって害しかない」


 低位の継承権を持つスフィナを支えるつもりがあるなら、そばに置けと助言できるが、聞いた感じだと跳ね除けた継承権を再度得て、その権力で好き勝手したそうだしな。そんな奴らを近づけさせたくないし、スフィナもそばに置きたくないだろう。


「そうします。それよりお昼はどうします? 私はお兄様と約束していて、よければ一緒にとりませんか」

「ミーアと待ち合わせしている。ちょうどいいから合流しよう。いつもの場所でいいか?」

「わかりました。お兄様と一緒に向かいます」


 教師が入ってきたためお喋りをやめる。

 最初は王族に教えることに緊張していたこの教師も、何度もやったことで慣れて、問題なく授業を進めていく。

 私もスフィナも真剣に授業を受けて、重要と思われるところを書き残していく。

 やがて授業が終わり、スフィナと別れて次の授業がある教室に向かう。

 次は経営史だ。領地経営で起きた問題から商店で起きた問題まで、いろいろな事件事故について聞ける授業で、そこから将来の領地経営に生かそうと家を継ぐ貴族にとっての必須授業になっている。

 教室に入るとダーナの後ろ姿が見えた。隣が空いているのでそこに向かう。

 今のダーナは女の衣服だ。初めて見たときよりも髪も伸びていて今は腰に届くくらいだ。体つきも無理なく育っていて、誰がどう見ても女にしか見えない。男で過ごした時期があるせいか仕草が男っぽいときがあり、綺麗や可愛いというよりはかっこいい系統になっている。


「おはよう、ダーナ」

「おはよう、シルベローナ」


 ジーナでいいと言っているのだが、現在の自分を作ってくれたということでシルベローナと敬意をもって呼ぶのだそうだ。


「先日の舞台も盛況で終わったようでよかったな」

「ええ、ありがたいことです」


 事業が軌道に乗り、当主や先代ができなかった財政向上をなしとげて女として過ごすことができるようになったダーナは舞台に上がる必要はないのだが、恩返しということで舞台に上がり続けている。

 男装は嫌だと言っていたが、苦しいときを支えてくれた劇団や自分を応援してくれたファンには感謝しているようで、頻度は落としているが男装しているのだ。

 もっとも男装を続けているのはそれだけではないらしい。コーラルが言うにはカンジョ殿を見る目に熱が篭っているらしく、カンジョ殿との接点を持ち続けたいから劇団に所属しているのではと言っていた。それにミーアとファナ嬢が同意していたな。普通にキショウ家に通えばいいと思うのだが。それに対しては生き生きとしているカンジョ殿を近くで見たいからではないかと返ってきた。

 ダーナがカンジョ殿に好意を持っているなら見守ろう。カンジョ殿も理解ある嫁ができたら過ごしやすいだろうしな。ただ互いに次期当主。そこはどうするのだろうな。


「家業の方はどうだ? 以前から錬金術と組み合わせて進めていたものがあるだろう?」

「ここで話すのはちょっと」

「昼をミーアたちと一緒にいつもの場所でとるつもりだ。ビルフェ殿下もいて、話を聞きたいだろうし、そこでどうだ」

「あそこなら大丈夫です」

「ではこの話はやめて……最近当主殿はどうだ? 以前のような失敗はしていないだろうか」

「大人しいものです。さすがに家族や親戚に加えて村長たちから説教されれば主張を貫くこともできないようで」


 三年以上の時間を使い、ダーナたちの努力が実を結んで、キショウ家の協力を得て財政が上向きになったとき、キショウ家以外の商人が新商品の情報を得てクリントス子爵領にやってきたのだ。そのときに御しやすい当主と見抜かれて、いいようにおだてられ新商品の製法を売ろうとしかけた。

 さすがにこれはダーナも承知できるようなことではなく、思わず罵って止めたらしい。当主殿は怒りはしたが、ダーナの演技指導によって磨かれた話術によるさらなる罵りで頭に血が上りすぎて支離滅裂な発言しかできなくなり、ダーナはこれ以上の交渉は無理だと商人を追い返すことに成功する。

 その後、ダーナはこのことを家族と親戚に話して、おだてられ今後に繋がる利益を手放そうとした当主の責任問題に仕立て上げた。クリントスの一族も当主をかばうことはなく、ダーナ側についた。今後領内を潤す可能性のあるものを手放そうとしたことは誰から見ても愚かだと判断されたのだ。

 当主殿はその座から退くことはなかったが、実権は削られて、財政に関することに手出しができなくなった。

 そして財政関連を担当することになったのはダーナだ。

 ダーナの行動で財政が上向きになったので、誰からも異論はでなかったようだ。


「このまま大人しくしていてくれると助かります。開発やスパイ対策や商人との交渉で手一杯ですからね。そこらへんの対処を教えてくれるキショウ家には感謝ですよ」

「十分な利益を生み出す相手と思われているから、キショウ家も助言をするのだろう。今後も精進が大事だな?」

「はい。気を抜かず失望されないようやっていきたいですね」


 タイミングよくこの話題が終わったところで教師が入ってくる。私たちは会話を止めて、授業に集中する。

感想と誤字指摘ありがとうございます

話数に関しては短めで終わろうと最初から決めていたので、長くする予定はありません。申し訳ありません

あと十話くらいでしょうか、楽しんでいただければ幸いです

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― 新着の感想 ―
[一言] 王族の相談役とかが似合いそうな主人公だな。
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