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10 初めての茶会(ミーア 2)

 近寄る私に気づいたのか、話していた二人がこちらを見る。

 シルベローナの表情は特に変わらず、ガルフォードは気を許したものから見慣れた弱気なものへと変わる。


「こんにちは。先日の詫びに訪問させていただきました。不快な思いをさせたこと、まことに申し訳ありません」


 ガルフォードは話を聞いていないのか、不思議そうにシルベローナを見ている。


「顔を上げてください。気にしていませんから。わざわざ足を運んでくださりありがとうございます」

「その態度が演じているものだとはご両親から聞いています。普段どおりに話していただけませんか」

「……ではそちらも普段と同じようにしていただければ」


 私は特に演じているとかないのだけど、少し気を抜くという感じでいいわね。


「わかったわ」

「ではこちらも。本日の来訪歓迎する。これといったもてなしなどできないが、ごゆるりと過ごしていただきたい」


 この返しだけでも当主様方が独特といったことがわかるわね。言葉遣いだけじゃなく、雰囲気も重厚な感じに。重厚といってもさすがにお父様たちには負けるけど、私たちの年代が出せるものでもない。


「それが本当の姿なのね」

「うむ。さすがにこのまま茶会に参加するのはどうかと私自身も思うのでな、先日のように演じさせてもらった」

「そのまま参加したら不快に思う人もでてくるでしょうね」

「家に迷惑をかけるわけにはいかぬのでな。今後の茶会も演じることになるだろう」


 シルベローナは面倒だと首を振る。


「シルベローナ、茶会でなにがあったの? わざわざ詫びにくるとか普通じゃない」

「なに、幼子が少々やんちゃしただけさ。大事にならずにすんだし、こうして詫びにきたのは揉めていませんよと外に知らせるためだろう」

「う、その通りよ」


 幼子のやんちゃと言われて、少しカチンと来たけど、自分がやったことを振り返ると言い返せない。


「もう少し詳しく」

「この目について触れたのだよ。あそこまで真正面からはっきり言われたのは久々で清々しく思った」


 清々しいという感想は予想していなかった。当主様方が傷ついているかもと言っていたことを伝える。

 シルベローナは苦笑し首を横に振る。


「少しくらいは気にするが、あの程度で落ち込んだり傷ついたりはしないさ」


 嘘を吐いているようには見えないから本当にそう思っているのよね? 当主様方でも見通せないところがあるとか聞いたから、いまいちそのままで受け取ることができないわ。

 謝って受け入れられたから、この話はもう続けない方がいいのかしら。気になることがあるし、そちらに話題を持っていこう。


「落ち込ませていないのならよかったわ。話は変わるのだけど、あなたたちはどういった関係なのかしら? 以前ガルフォードと会ったときはシルベローナ様の話はでてこなかったわ。積極的に話しかけたわけじゃないから、私が知らなかっただけかもしれないけど」

「少し前に婚約者になった」


 婚約者! あっさりと言ってくるわね。私もまだなのに。

 

「お爺様たちがずっと前にそういった約束をしていたようでね。顔合わせして、そのまま話を進めたんだ」


 ガルフォードは嬉しそう。いい話だったということね。

 見たところ二人に何か問題があるように見えない。ガルフォードと上手くやれる子がいるなんて思ってもなかったわ。家格にひかれたって感じでもなさそうだし、婚約者と上手くやれるコツでもあるのかしら。ちょっと聞いてみたい。


「あの、その」


 不快にさせるようなことを言っておいてアドバイスを求めるのも都合よすぎじゃなかしら。そう思うと言葉が進まない。

 シルベローナになにか聞きたいことでもと促され、思い切って聞いてみる。


「婚約者と上手く付き合うコツとかあるのかしらっ」

「君にも婚約者がいるのかね」

「ミーアにはいなかったはずだけど」

「婚約者になりたい方がいるの! でもうまくいかなくて」


 ああ、とガルフォードが反応を見せる。


「そういえばビルフェ殿下に懸想していると聞いたことが」

「ビルフェ殿下とはたしか第一王子だったか? 教師にそう習ったな」


 間違いないかとシルベローナが視線を向けてきて、それにコクリと頷く。


「第一王子か、大物を狙っているな、やはり将来の地位としてはそこらへんがよいのだな」

「そういうのじゃないわ! ビルフェ様が素敵だから婚約者になりたいの!」


 二人が意外そうな目で見てくる。なによ、私がビルフェ様をお慕いするのがそんなに意外なの?


「生粋の貴族令嬢がそういった理由で王子を求めるとは。もっと打算に満ちた考えだと思ったが」

「打算で行動している子もいるけど、ミーアのように感情で動く子もいるよ?」

「そうなのか。意外に乙女をしている令嬢たちが多いのだな」


 そう指摘されると少し恥ずかしいわ。


「あなたはどうなのよ。婚約者として受け入れたのでしょう」

「正直なところこの年齢で結婚といわれてもな。ガルフォードは気に入っているが、恋や愛はもっと時間がたたないとどうにもな」

「だそうだけど」


 ガルフォードは恋愛感情ありそうに見えたから、落ち込むんじゃないかしら。

 そう思い顔を見てみると、特に落ち込みはしてなかった。


「今はそうでもこの先に希望があるなら焦る必要はない。このまま婚約者という現状に胡坐をかかず、昨日より今日、今日より明日の自分を超えるように努力をしていくことが大事、だよね」

「きちんと覚えていたか」


 シルベローナの口元が少しだけ笑みにかわる。

 よくわからないけど、二人の間で大事なことなんだろう。しっかりとした絆が結ばれているようで羨ましい。なんとなく婚約者というより、今は姉と弟という感じがするのだけどね。


「話を戻そうか、コツがどうとか言っていたな。まずはそうだな、普段どのように王子と接しているのか聞かせてくれないか」


 椅子を勧めながらシルベローナが聞いてくる。


「こちらから会いに行って、私が見て聞いて良いと思ったことをお勧めしているの。素晴らしいものを見れば心豊かになるでしょう?」

「王子ともなれば学ぶことは多そうだが、そういったことの邪魔をしてはいないのか?」

「きちんとそういった時間は避けているわ」


 将来に必要なことを学んでいるところを邪魔するわけないでしょう。


「ちなみに婚約者の座を狙っているのは君だけなのか?」

「ほかにも何人かいるけど」


 そういった子と面会時間がかぶって二人きりで過ごすことができないのよね。


「良いと思ったものを勧めたときの反応などは?」

「あまり関心を向けてはもらえていないわ。だから次こそはと思って探すのよね」


 シルベローナはそうかと言って考え込む。目を閉じ、曲げた人差し指を下唇に当てて、じっと静かにしている姿は絵になった。悪い印象を与える目が閉じられたことで、マイナス部分がいっきになくなるわね。

 ガルフォードが微笑みながらその様子を見ている。見飽きることがないといった感じね。

 そしてシルベローナが目を開けた。


「考えられるのは王子にとって気が休まる時間を奪われているのでないかということだ」


 どういうことかしら? 騒いで疲れさせるようなことはしていないのだけど。ほかの子と面会がかぶったときも喧嘩なんかしないし。

 わからないという私の様子を見て、シルベローナは続ける。


「さっきも言ったが王子は学ぶべきものが多いと思われる。それだけに自由に過ごせる時間は大事なものだろう。それを君たちが削っている」

「削ってると言われるのはちょっと承服しかねるのだけど」

「だが王子は楽しそうではないのだろう? だったらその時間は王子にとってつまらないものということだ」


 はっきり言われると辛い。ビルフェ様の反応を見て、そうかもしれないとは思っていた。その通りだとしたら私はビルフェ様にとって邪魔でしかない。

 顔を伏せた私にシルベローナが声をかけてくる。


「落ち込む必要はない」

「落ち込むわよ。私がいない方がビルフェ様にとっていいってことでしょ」

「今はそうだな。だがそれを自覚したのなら変わっていけばいい。それだけでほかの令嬢より一歩先に進んでいるのだぞ」


 そういうことなのかしら? たしかにほかの子も私と同じようなものだし、改善できればリードするということに。


「ど、どうすれば?」

「まずは王子の好みを知ることだ。これまではミーアが良いと思ったものを勧めて、王子にとって好みのものを勧めたわけではない。それでは関心が湧きにくいだろう。あと強く勧めることもよした方がいいだろうな」

「どうして?」

「すでに知っているかもしれない。だからこういうものがありましたよと少しだけ触れて、知らないようなら軽く触れ、知っているのならちょっとした感想を述べるくらいでいいだろう。たとえば本とかなら、あれこれと内容を喋られると読む楽しみがなくなる。感想も詳しく話していると、王子が好んだ部分を否定することもありえて、不快に思わせるかもしれぬ。まあ、そういった意見もあるのだなと受け入れられるかもしれないが」


 なにか難しそうね。でもビルフェ様と接近できるなら難しいからと諦めるわけにはいかない。


「とりあえず好みを知ることね。ほかにはなにかある?」

「安らぎを与える存在になる」


 首を傾げる。どうやればいいのかさっぱりなのだけど。安らぎ……歌とか歌ってみるとかかな。良い音楽はリラックスできるもの。


「想像でしかないが、王というのはいろいろと大変だろう。そんな存在のそばにいるのが王妃だ。民や家臣には見せない弱い部分もパートナーである王妃には見せるのではないか。逆にいえば、王妃にすらそういった部分を見せない王は相当な疲れが肉体的にも精神的にも溜まるだろう。疲れを溜めると病気にもなりやすい」

「陛下のことではなく、ビルフェ様の話をしているのだけど」


 いえ陛下をないがしろにしているわけではないの。でも現状必要な話かしら。


「第一王子ならばいずれ王になるだろう? となれば王妃を選ぶ条件も、現在の王を見て似た方向で決めると思う。王妃として大事なものを持ち得れば、王子も関心を向けるのではないかと思ったのだ。それが安らぎを与える存在と私は思う」

「そう繋がるのね。安らぎか」

「ついでに言っておくと、今の王妃そのものを目指しても意味はないと思う」

「どうして? 目指すべきはそこだと思うのだけど」


 陛下と王妃様は仲睦まじくやれているとお父様やお母様から聞いたことがある。夫婦として問題ないってことだろうし、だったら王妃様をお手本に頑張らないといけないのでは?


「王にとって王妃が最善かもしれぬが、王子にとってはまた違うかもしれない。王妃は参考にして、自分に取り込める部分は取り込んで、自分なりの王妃を目指すべきだろうさ」

「難しいわね」

「だろうな。王子が求めるものそのものを完璧に演じられればいいのだが、いつか破綻しかねん。それは人形のようなものだろうしな。自分らしさを捨てず、そして相手を気遣い支えられるようになる。基本はそこでいいのではないかね」


 自分らしく……私って気が強いって言われるし衝突しそうなんだけど。

 喧嘩なんてしちゃ駄目じゃないのかと聞いてみると、シルベローナはそんなことはないらしいと言う。


「軽いものならば喧嘩も必要なものだと父上と母上も言っていた。帰ってご両親に参考に聞いてみたらどうだろうか」


 そうしてみよう。うちも夫婦仲が悪いようには見えないし、参考になるはず。


「いろいろと大変だろうけど、とりあえずはグイグイいかないで、王子がゆったり過ごせるよう意識すればいいと思う。頑張れ」

「頑張るわ!」


 今日ここにきてよかった。アドバイスもらえなければ、これまでと同じようにしていただろうし。待っていてくださいビルフェ様、あなたに相応しい令嬢になってみせます。

 このあとはガルフォードにビルフェ様の好みを知らないか聞いてみたりして、家に帰った。

 謝罪に行ったのにアドバイスもらってて、来訪の目的を果たせているのか疑問だけど、穏やかに過ごせたし成功よね?

 お父様に詫びを終えたことを伝えるため、執務室に向かう。


「ファッテンベル家から帰ってきました」

「うむ、休憩にしよう。茶を頼む。どうだった」


 お父様は使用人に指示を出してから、こちらに顔をむけてくる。


「ご当主様方、シルベローナ様、双方からお許しいただけました」


 問題なく訪問を終えたと知ってお父様は満足そうに頷く。


「それはよかった。話は茶会についてだけだったのか? ついでになにか交流などしてきたのかい」

「シルベローナ様と少しばかりお話を。その場にはガルフォード様もいらしていました」

「ガルフォード君が?」

「なんでも婚約したとのこと。仲睦まじいとは思えませんでしたが、互いに婚約を悪くは思わず、相性も悪くなさそうな様子でした」

「ほう、彼となぁ。どのようなことを話してきたんだ?」


 シルベローナとガルフォードが婚約していると知った流れから、ビルフェ様に対する接し方について話してきたことを話す。

 

「お前と同じ年齢の子供がそういったことを言ったのか。年齢を誤魔化してないか?」

「そうなのですか?」

「いや、そう思っただけで誤魔化してなどいないのだろう。いつ産まれたのか聞いているしな。だが子供がする助言ではないな。お前のように自分のことを優先して接するのが普通だろうに」


 少し考え込んでいたお父様がこちらに視線を向ける。


「ほかになにか言っていたか?」

「お父様お母様にも夫婦のあり方を聞いてみたらどうかと。仲良くしている秘訣はどのようなことなのですか? 将来のためにぜひともお聞きしたいです!」

「あーとだな」


 答えづらそうに頬をかき視線をそらされた。どうしたのだろう、いつもの堂々としたお父様らしくない。


「そういったことは男である私よりも、同じ女である母の方がお前にわかりやすく話してくれると思う。あとで聞いてみるといい」

「わかりました」


 頷いたらお父様はほっとした。答えづらいことだったのかしら。

 話を終えてお母様のところに行き、早速聞いてみる。夫婦仲を保つ話のほかに、どうしてお母様に聞くように言ったのかも教えてくれた。

 夫婦仲良くやっていることを自分の口から誰かに語るのは照れるのだそうだ。私たち子供には見せない顔もお母様には見せるらしく、父親の威厳を保つためにも自分からは語りたがらないだろうということだった。そう語るお母様は微笑んでいて、楽しそうで、自分だけが知るお父様のことを自慢しているようでもあった。

 いつか私もあんな笑顔でビルフェ様のことを話したい。そう思える笑みだった。

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