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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
4章:シメナ海峡

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4:3『充電完了』

 翌日の真昼間。

 私はキリサメと共にシャーロットの研究所へ続く廊下を歩いていた。


「スマホとやらの充電は終わったのか?」

「おう、昨日シャーロットと会った時に『充電が終わったから明日の昼に研究室へ来たまえ』って言われてさ!」


 目的は充電されたスマートフォンとやらの回収。キリサメはこの日を待ちわびていたのか、やや顔色と調子が良い。


「そこまで調子がいいのはアレが余程大切なものだからか」

「そりゃあまぁ……スマホは色んな意味で大切なんだ」


 研究室前へと辿り着き、私は扉を三度だけノックする。


「ふむ、一体誰かね?」

「私だ」

「あぁキリサメ君とアレクシア君だったか」

「はい、スマホを取りに来ました!」 

「うむ、中に入りたまえ」


 促されるままに私たちはシャーロットの研究室へと足を踏み入れた。すると視線のすぐ先に、キリサメが目当てとしていたスマホが鉄製の机に置かれている。シャーロットはそのスマホをキリサメへと手渡した。


「もう充電できてるんすか?」

「勿論、充電済みだとも。起動するか試してみるといい」


 キリサメがスマホを慣れた手つきで操作すると真っ暗だった画面に光が灯る。そして隣に立っているこの男の表情にも、喜びを示す笑みが浮かんだ。 


「派遣任務の件は常々耳にしている。また災難に巻き込まれたようだね」

「あの件が災難の一言で済むと思うか?」

「ふむ、ならば生還したことに"幸運だった"とでも言うべきかね?」

「幸運ならそもそも災難に巻き込まれん」

「なるほど。君たちは"不幸だった"ということか」


 私とシャーロットが他愛もない会話をしていると、キリサメが「ん?」とスマホの画面を見つめながら眉をひそめていた。


「どうしたのかね。そのスマートフォンに何か不備でも?」

「あの、シャーロット博士……スマホの中身を覗き見しました?」

「何を言っている。私はこう見えてもプライバシーを尊重する性格なのだよ」

「えっとぉ……じゃあこれは?」


 頬を引き攣り、私たちへ見せてきたスマホの画面。そこにはシャーロットの顔が映し出されていた。それも何十枚も写真らしきものが並んでいる。 


「……プライバシーを尊重する性格、だったか?」

「ふ、ふむふむ……自動で写真を撮る機能が備わっていたのだね──」

「いや、そんな機能ないっす」

「あ、あるとも! キリサメ君が見過ごしているだけで、そのスマートフォンには自動撮影機能が備わってて……」

「じゃあ、どこにあるか教えてもらってもいいっすか?」


 声が裏返り、冷や汗を掻いているシャーロット。キリサメが珍しく言及していく姿を横目に、私は呆れながら近くの壁へ背を付ける。


「わ、悪かった、反省してるとも。好奇心が勝ってしまい、つい色々と調べてしまって……まさかあの音がカメラだったとは……」

「はぁ、あんまり"見られたくないもの"もあるんですから。中身を調べたいときはちゃんと俺に言ってください」

「"見られたくないもの"とは何だ?」

「えっ? そ、それは、そのー……」

「私たちに見られてマズイものなのか?」

「いや、まぁ、誰に見られてもマズイっていうか……」

 

 露骨に目が泳ぐキリサメ。私がこの男へ更に詳細を尋ねようとしたタイミングで、シャーロットが『見られたくないもの』に心当たりがあるのか、ポンと自身の手の平を拳で叩いた。


「もしやあの写真集のことかね?」

「写真集?」

「うむ、"水着姿の少女"や"衣服一つ纏わずベッドの上で横たわる少女"などといった写真がまとめられていて──」

「だーッ!? この話は止めだ止めッ!」

「今まで盗撮してきた写真か?」

「ちげーよ! シャーロット博士が見たのは本物の少女じゃなくて、絵として描かれた少女だっつーの!」


 私は必死に声を荒げるキリサメの元まで歩み寄り、要求するように無言で手を差し出す。 


「見せろ」

「は、はぁ!? 何で見せないと……!」

「その小娘にもう見られている。今更、私に隠そうとする意味もないだろう」

「いやいや、だからといって何でお前に見せないと──」

「黙って見せろ」

「うっす」


 狼狽えるキリサメへ更に圧を掛けると渋々スマホを私に手渡した。それとなく操作し、写真が保存されていそうなマークをタッチしてみる。


「……これが見せられないもの」


 人差し指で上から下へ弾くようになぞると、シャーロットが先ほど述べていた少女の写真で画面が敷き詰められた。奇妙な制服を着た少女、水着の少女、そしてほぼ裸の少女……というように様々な種類の"絵"がある。 


「この絵はお前が描いたのか?」

「いや、俺じゃなくてイラストレーターっていう絵で仕事をしてる人が描いたんだ」


 細部の書き込み、肌の質感、瞳の描き方。それらはすべて異なっている。つまりこの少女たちの絵を描ける者たちがこの男の世界では何十人、何百人と存在することになるのだろう。


「ふむ、やはりキリサメ君は──"この世界の人間じゃない"ようだね」

「……! な、何のことですかね……?」

「この娘にはどんな方便も通用しない。現にスマホの中身を見られているのだからな」


 シャーロットの言葉に動揺するキリサメ。何とか誤魔化す方法を脳内で模索しているようだが、スマホの中身を覗き見されたとなれば何を言っても偽りにしかならない。


「そう身構えなくてもいい。私としても君の出身を言いふらすつもりはないのだよ」

「どうだろうな。お前はこの男の私物を覗き見をする人間性だ。口を滑らせたり、人知れず密告することもあり得る」

「……ふむ」


 私が疑いの目を向ければシャーロットは落ち着きを払いながら、スマホが置かれていた机の一番下の引き出しから布袋を取り出し、


「その袋は何だ?」


 私たちの前で有無言わず真っ逆さまにすれば、


「これを見ても信用できないかね?」

「「──!」」


 布袋からスマホに似た板が床へ何十台と転げ落ちた。


「おい、嘘だろ……?」

「貴様……」


 愕然とするキリサメ。私が不信感を抱いていることに気が付いたシャーロットは、落ちているスマホを一台拾い上げ私へと手渡してくる。


「これから話すことはくれぐれも内密にしてくれ」


 受け取ったスマホとキリサメのスマホは酷似していた。何度か見比べてみるが、形状も重さも素材も、何もかもが同じだ。


「近年、A機関へ奇妙な報告が相次いでいる」

「奇妙な報告?」

「一つ目の報告は謎の遺体の発見。この世界に似つかない衣服と顔立ち。死因は食屍鬼に殺された者や、災害により事故死した者と様々だったのだよ。遺体を解剖しても私たちと変わりない肉体だった」

「……謎の遺体」

「二つ目の報告は謎の遺品の拾得。遺品の色は各々異なっていた。しかし形状は長方形、重さは均等と類似している。大きな謎だったのは謎の遺体のどれもが必ずその遺品を所持していたこと」

「まさか、それって……」


 悟ったキリサメに対してシャーロットは肯定するように頷くと、私が持っていたスマホを指差した。


「君が所持していたこのスマホだとも」

「その話が正しければ、この男のように別世界からやってきた人間たちは他にも何十人といて、その大半が"死んでいる"ということか」

「私の推測では数百人……いや、私にとっては"計り知れない領域"と言っておくべきかもしれないね」


 私は深刻な顔で俯いているキリサメへスマホを返す。シャーロットはもう一台のスマホを拾い上げ、キリサメへこう告げた。

 

「そしてキリサメ君は希少な生存者。君が私へこれを渡してきたその瞬間、すべて理解ができたのだよ。奇妙な遺体は君のように他の世界から迷い込んだ人間だと」

「俺以外にもこんな人数が転生して、この世界で死んでるって……」


 顔を青ざめていくキリサメ。その隣に立つとシャーロットへ遺品であるスマホを投げ渡す。

 

「この男のような存在を知っているのはお前だけか?」

「……何とも言えないのだよ」

「何とも言えない?」

「奇妙な遺体や遺品に関しての報告書は、最終的にヘレン君の元へ届けられる。しかしだね、今まで他の機関へそのような伝達は出回っていないのだよ。まるで報告書自体が無かったかのように扱われている」

「あの女が意図的に隠蔽していると?」

「うむ、あくまでも私の推測に過ぎんがね」


 あの皇女がキリサメのような異世界転生者の存在を隠蔽している。シャーロットは「あくまでも推測」と前置きしているが、どうにもリンカーネーションという組織に裏があるようにしか思えない。


「アレクシア君たちが仮試験を受けた際、カプセル型の機械で個人の能力値を計られただろう?」

「あぁ覚えている。"肉体を分析し、それぞれの科目を百回行うと想定した場合の平均値を算出する"機械だったか」

「うむ、あの機械はこのスマホと呼ばれる精密機械から開発されたのだ」

「この板から?」

「高度な処理能力と精密に動作する小型部品など幅広く利用し、君たちの代で完成品を試験運用させてもらったのだよ」


 シャーロットは落ちているスマホを布袋へと一台ずつ放り投げていく。

 

「初めてこの板を見たあの反応……あれもすべて演技だったというわけか」

「中々の演技力だと思わないかね?」

「……芸達者な娘だ」


 私は調子のいい娘を鼻で笑う。そしてシャーロットはスマホをすべて投げ入れると、引き出しへ布袋を収納してからキリサメの前に立った。

 

「キリサメ君」

「は、はい……?」

「私にはこのスマホの機能を百パーセント扱い切れない。未だに不明な点も数多く存在するのだよ」

「そうっ……すよね……」

「以前、君と取引をした内容を覚えているかね?」

「えっと、スマホの使い方を教える……でしたよね」

「そうだとも。この小さな機械には、人類の未来が詰まっているかもしれない」


 懐から取り出したのは一枚の用紙。そこにはシャーロットの署名と長ったらしい文章が書き込まれていた。


「この紙はA機関への推薦状。キリサメ君が良ければ、アカデミー卒業後はA機関へ所属してほしいのだよ」

「俺に、推薦状……?!」

「うむ、私は君の知恵がA機関へ多大な貢献をしてくれると確信している。だからこその推薦状だ」

「ア、アレクシア……」

「私はお前の親じゃない」


 困惑しているキリサメにシャーロットは「受け取ってくれたまえ」と強引に推薦状を押し渡す。 

 

「ていうか、俺よりもアレクシアに推薦状を渡した方がいいんじゃ……?」

「実力で所属できるアレクシア君に渡しても意味がないのだよ。推薦状は磨けば輝くような原石への先行投資だ。……そうだろう、アレクシア君?」

「知らん」


 キリサメは推薦状を懐へしまうと、何とも言えない表情で棒立ちした。壁に飾られた時計を確認すれば寮へ戻る時刻。私は足早に研究室を後にする。


「ではキリサメ君、推薦の件を考えておいてくれたまえよ」

「わ、分かりました。それじゃあ、失礼します」


 シャーロットの研究室から飛び出してきたキリサメは、廊下を歩いている私を必死に追いかけてくる。


「あのさアレクシア。こんな推薦状貰ったけど、俺はどうするべきだと思う?」

「これを言うのは二度目だ。私はお前の親じゃない」

「そうだけどさ……! あんな話を聞かされて、推薦状なんて貰って……俺もう頭の整理が追い付かないんだよ……!」

「脳内処理が遅いのは普段通りだろう」

「いや、そうじゃなくてッ!」


 急に声を荒げながら立ち止まるキリサメ。私は「またか」と呆れた顔で背後を振り返る。この男の顔は酷く疲弊しているように見えた。


「あの話が本当ならさ、圭太以外にもこの世界で死んでる異世界転生者がいるってことだろ?」

「……そうなるな」

「だったら……その……俺は……」

「何だ?」

「……」

「時間の無駄だ。言いたいことがあるならさっさと言え」


 キリサメは深呼吸をするとゆっくりと私に向けてこう問いかけてきた。


「俺は──運が良かっただけなのかな」

「何が言いたい?」

「俺や圭太以外にも異世界転生者はいるって分かってた、分かってたけど……あんなに大勢いて、知らないところで死んでて……」

「……それで?」

「正直さ、俺はまだ心のどこかで本当は選ばれた存在なんじゃないかって少し思ってた。俺は敵の眷属について知ってるし、いつもお前の隣にいるし……これはすべてそうなるようになっていたんだろうなって」


 私は口を閉ざしながら、ぶつぶつと喋り続けるキリサメへ歩み寄る。 


「でも実際はただの思い込みだった。俺がアレクシアと会ったのも、敵に眷属がいたのも全部偶然。もしかしたら、俺は今ここにいなかったかもしれないだろ? 俺がいなかったら、お前の隣に立っていたのは別の異世界転生者だった」

「……」

「選ばれたわけでも、特別なわけでもない。俺は、本当に、ただ運が良くて、今こうやって立ってて……」


 両手を震わせているキリサメの前に私は無言で立つと、


「俺じゃなくても、むしろ俺以外だったらシビルさんたちを助けられ──」


 左腕に力を入れ、


「うぐぁッ?!」


 キリサメの左頬を手の甲で引っ叩いた。手加減はしなかったため、キリサメは後方の床へドサッと尻餅をつく。


「ラミアとの戦いで少しはお前のことを見直したつもりだったが……私の思い違いだったようだな」


 私は尻餅をついたキリサメを見下し、ほくそ笑む。


「な、なんで殴って……」

「"殴りたい"という衝動に駆られたからだ」

「はぁ!? なんだよそれ!?」

「お前のような情緒不安定な男は誰でも殴りたくなるだろう。この場に十人いれば、十人が殴り掛かるほどにな」


 納得がいかない様子でこちらを見上げるキリサメ。どこまでも女々しいと逆に睨み返す。


「殴り返してみろ」

「──っ!」

「どうした。掴みかかってこい」


 挑発するように余裕綽々な態度を取るが、キリサメは立ち上がる気配すらない。私は中腰になり、右手でキリサメの髪を掴み上げる。


「くっ……そぉおぉおぉッ!!」


 覚悟を決めたのか、私へ殴り掛かろうとするキリサメ。


「うッぶぉッ!?!」


 やっとのことで反撃しようとした瞬間、私は間髪入れずに膝蹴りを顎へと食らわせた。キリサメは勢いのまま床へ後頭部を打ち付ける。


「シビル・アストレアのような者たちが死んだのは単にお前が"弱い"からだ。弱ければあの場にいるのがお前以外の誰であろうと何も変わらない」

「俺が、弱い……」

「お前のような弱者は何も守れない。弱者に課せられた選択は『守られるか』『死ぬか』の二択だけだ」

「……」

「立て」

「へっ……?」 

「立て。今すぐに」


 私がそう命令すると、キリサメはゆらゆらとよろめきながら何とか立ち上がった。加減をしていないせいで口元から血が垂れている。


「生き残れたことを偶然だと思うのなら、それを自身の力で必然にすればいい。お前が立っているその場所を、自分以外が立てないようにしろ」

「アレクシア……」

「それとだ」


 考え込むキリサメに私は背を向け、


「私にその面を二度と見せるな」


 吐き捨てるようにそう告げると、情けない面を浮かべているキリサメを置いて、一人で女子寮へと戻ることにした。



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