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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
3章:アカデミー後期

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SideStory:アルフ・マクナイト

 ※この物語はCクラスの一般生徒、アルフ・マクナイト視点のものです。時系列はドレイク家の館を調査時となります。


 

「うん、とっても広いね。どこを調査しようか」

「……」


 彼の名はアルフ・マクナイト。

 年齢十六歳、生まれは名家ではなく一般的な家系の生まれ。出身地はノースイデア。この街の名家を上げるのであれば、レインズ家・オリヴァー家の二つだ。


「アルフくん、僕はこっちを調べるね」

「うるせぇ。おれ様に構うんじゃねぇ」

「うん、分かった」


 東館でクライドと二手に別れ、アルフ・マクナイトは適当な一室でベッドの上へ腰を下ろす。その表情は苛立ちに満ちていた。


(けッ、どいつもこいつも気に食わねぇ野郎ばかりだ)


 アルフは幼少期、ノースイデアの"ガキ大将"として有名だった。生まれつき筋肉質で大柄な身体を持っていたため、殴り合いの喧嘩では彼に敵う者はいない。毎日のように周囲に取り巻きを控えさせ、威張り散らしていた。


(おれ様は強いんだ。どんな野郎よりも、強いんだよ)


 ──とある人物と出会うまでは。


「あのぉ、お前がアルフ・マクナイトですかぁ?」

「あぁ? んだよお前は?」

「あ、私はナタリア・レインズですよぉ。それでお前がアルフ・マクナイトですかぁ?」

「レインズ家の野郎……あぁそうだ、おれ様がアルフ・マクナイト様だ」


 レインズ家の血筋を継いだナタリア・レインズ。彼女は裏路地で取り巻きとつるんでいるアルフの姿を見つけ、怖気づくことなく声を掛けてきたのだ。


「このノースイデアでお前が一番強いと聞きましたが本当ですかぁ?」 

「あぁそうだとも! おれ様に敵うやつなんて誰一人としていねぇよ!」

「ではでは、私と殴り合いをしてもらえませんか?」

「はぁ?」


 アルフも耳を疑った。喧嘩を申し込んできた相手が名家出身とは言えど女。常識的に考えれば、アルフが優勢になるだろう。

 

「女のおめぇがおれ様に勝てるわけねぇだろ。痛い目に遭いたくなかったら、さっさと失せちまえ」

「そうですか、残念ですねぇ。今まで負けなしと聞いていましたが……すべて"不戦勝"だったということですかぁ」

「あぁ? おめぇ、今なんつった?」


 挑発しながら吐き捨てる言葉にアルフは思わず立ち上がる。ナタリアはニヤリと笑みを浮かべると、目を細めながらこう言葉を続けた。


「空っぽの勝利を手にして満足してるんですよねぇ? 私、なにか間違ったこと言ってましたかぁ?」

「おめぇ、痛い目に遭いてぇみたいだな?」

「不戦勝のお前が私に勝てますかねぇ……?」

「上等だぜ! おれ様に喧嘩撃ったこと、後悔すんじゃねぇぞッ!」


 アルフとナタリアの一対一での殴り合い。その結末は呆気ないものだった。


「う、うぐッ……」

「おやおや、もう終わりですかぁ?」


 ナタリア・レインズの圧勝。数分も経たずにアルフは地に這いつくばり、初めての敗北を味合わせられ、ナタリアを見上げることしかできない。


「期待外れでしたねぇ。これでは準備運動にもなりませんよぉ?」

「ぐッ……ぐッぞ……」

「ではでは、私はこれで失礼しますねぇ」


 何事も無かったかのように去っていくナタリア。アルフは立ち上がる気力すら起きず、拳を握りしめる。


「う、嘘だろ……アルフのやつ、女に負けてるぞ……」

「マジかよ、カッコ悪すぎだろ……」


 その日を境に取り巻きたちもアルフの元から離れ、"女に負けたガキ大将"と陰で貶され続けた。そう、彼はプライドと地位をナタリアの拳によって粉々にされたのだ。


「おい、聞いたかよ? ナタリアが金の十字架を何個も持ってきたらしいぞ」

「すげぇな。あいつの側にいれば、俺たちもいいことありそうじゃね?」 


 結果、力が取り柄だった彼が力で劣ってしまえば誰もが近寄らなくなる。本試験で見返そうとしたものの、ナタリアとの差は広がるばかり。


(こうなったら……あの野郎に負けた屈辱を晴らすしかねぇ)


 アルフは自身のプライドと地位を取り戻すため、ナタリアに再戦を申し込むことにした。


「ナタリア! もう一度おれ様と勝負しやがれ!」

「……」

「おい、聞いてんのか!?」


 ナタリアはアルフの顔を目にしても、口を閉ざしたまま首を傾げるだけで何の反応も示さない。なめられているのだと思い込んだアルフは、更に声を張り上げてナタリアへ呼びかける。


「──お前、誰ですかぁ?」

「……は?」

「おかしいですねぇ。記憶力はいい方ですが、お前のことを思い出せないんですよぉ」

「昔、おめぇと殴り合いしただろうが! 覚えてねぇのか!?」

「はい、覚えてませんねぇ。弱い人に関しては覚えてないので、お前もそういう類なんでしょうかぁ」


 しかし彼女はアルフを覚えていなかった。理由は覚えるに値する人物ではない弱者だったから。ナタリアはアルフにそう告げると、足元に転がっている石を見るような視線を送り、その場から去っていく。


 ナタリアの眼中にも無かった。その事実を受け止めきれず、彼は焦燥感に駆られていく日々を送る。


「くっそ~! やっぱ座学でデイルには勝てないか~!」

「そ、そんなことないと思うよ。二人とは僅差だったし」

「そうでもないだろ。デイルは俺とイアンより十点、二十点と上だ」

「あぁー!? そういや俺って訓練でクリスにも負けてるんだっけ!? くっそぉ、今度の試験で二人よりもいい結果を出して──」

「お前さんは総合三位だろうが。俺たちよりもいい結果と言える」


 総合成績二位のイアン・アルフォード。訓練で一位、座学で二位、名家出身のクリス・オリヴァー。そして座学で二位との差を保ち、一位を取っている名家出身のデイル・アークライト。


 対してアルフの試験での成績は訓練で二位。総合成績も中の下。ノースイデアで威張り散らしていた過去の栄光は既に消え失せていた。

 

「総合成績一位はアレクシア・バートリ。そういえば……イアンが前に話していたな。同じ孤児院出身だと」

「そうそう! アレクシアはすげーんだ! 俺が知らないことも沢山知っててさ! あいつに比べたら、俺なんかまだまだだよ!」

「僕もアレクシアさんとはアカデミーの入学試験で一緒だったけど……博識なだけじゃなくて、とても強かったよ。吸血鬼……じゃなくて、食屍鬼を多く殺してたし……」

「アカデミー内でも噂もよく耳にする。例の暴発事件で生徒を庇ったとか、彼女に憧れた生徒が多数いる……とかな」

「本当か!? 流石はアレクシアだなぁ! 俺もあいつに負けてられない!」


 総合成績トップの生徒──アレクシア・バートリ。彼女の名前はアルフ自身も耳にしていた。出会ったことはなかったが、その存在は彼の中で意識しつつあったのだ。


「ワハハハッ!!」

「うわぁあぁああぁッ!?」


 アルフの思考が狂いだしたのは原罪と眷属が出没した例の実習訓練。彼は班員を全員殺され、一匹の食屍鬼から逃げ惑っていた。


「だ、誰か、助けてくれッ──」

「うおりゃあッ!!」


 追い付かれる寸前、割って入ってきた人物はイアン・アルフォード。彼は食屍鬼を斬首すると、胴体を真っ二つに斬り捨てる。


「よし、死んでるな。……大丈夫だったかアルフ?」

「あ、あぁ……」

「ここから南を走り続ければキャンプ地がある。そこまで避難するんだ」

「ま、待ちやがれ……お、お前はどうすんだよ……?」


 避難を指示されたアルフは震えた声でイアンへそう尋ねると、手に持っていた剣を鞘へと納め、北の方角を見つめた。


「俺はクリスやデイルと合流して、他の生徒たちを助けに行ってくる。きっとアルフみたいに生存者がいるはずなんだ」

「そ、そうかよ……」

「アルフは……護衛はしなくても大丈夫だな。お前は守られなくても強いだろうし」

「──」


 逃げ惑う姿を見せたにも関わらず、イアンは彼を強いと述べる。アルフはその後、何とかキャンプ地まで避難をし、延々とその言葉を脳内で木霊させていた。


(おれ様が強い……だと? そんなわけがねぇだろ、そんなわけぇがねぇ。食屍鬼の野郎にビビッて、助けを求めていたおれ様が、強いはずがねぇ)


 イアンが果敢に"戦い"、アルフは"逃げる"。この違いが彼を徐々に追い詰めていく。そして"強い"と自信を持てなくなってしまったのだ。


(──つまんねぇ)


 自分を強者として認められない世界。自分を強者として持ち上げないアカデミー。自信が失せた瞬間、何もかもが怠惰となる。


「ヘレンに貴方の生徒を託されました。彼女の容態を見てあげてください」

「アレクシアさん! 良かった、無事だったんだね!!」


 呆然としていたテント内で耳にしたのは"アレクシア"という名前。彼は初めて総合成績一位の生徒の姿を目にした。


(……女、だと?)


 筋肉が付いていない華奢な身体に、名家生まれと錯覚してしまう整った顔。周囲の視線を集めてしまう底知れぬ魅力。そして何よりも"女"。この真実にアルフは愕然とする。


(あんな女が、総合成績トップだと……? あんな女が、おれ様より強い? ありえねぇ、ありえねぇだろうがッ!!)


 はらわたが煮えたぎる。自分の前に立ちはだかるのがナタリアと同じ性別である"女"。その瞬間からアルフはアレクシアを目の敵にし始めた。


「なんか、久しぶりの割にフツーの座学だったな……」

「普通でいい。変に黙祷をさせられる方が気に障るだろう」


 実習訓練から月日が経ち、廊下でアレクシアとキリサメを待ち伏せをする。


「よぉよぉ、アレクシアってのはおめぇか?」


 どうせ裏で教師に媚びを売っている。どうせ大した実力など持ち合わせていない。アルフは自信を取り戻すため、強さを取り戻すためにアレクシアを何度も殴る。


「メスの分際で、総合成績でトップを取るなんてありえねぇ。教師共相手に腰でも振ったのか? あぁ?」

「……」

「何とか言えよなぁ?」


 しかしアレクシアは口を閉ざしたまま抵抗しなかった。むしろ余裕そうに笑みを浮かべ、


「生きることが──そんなにつまらないか?」


 心を見透かすようにそう言葉を返す。


「自分が強者として認められないこのアカデミーが、そんなにつまらないのか? それとも……自分の思い通りにいかないこの世界がつまらないのか?」


 アルフは動揺を隠せなかった。アレクシアは『殴り掛かった経緯』をすべて理解しているような口ぶりをしていたのだ。何よりもナタリアと同様にその辺に転がっている石ころへ向ける視線を送ってきた。


「あれ? アルフ君、もしかして僕のことを怖がってるの? 怖がってるのって『取り柄の強さで一番が取れなかった』から?」


 クライドにも図星を突かれ、彼はその場にいられず逃げ出してしまう。強さを取り戻すどころか、軽くあしらわれた挙句、ナタリアに告げられた言葉がフラッシュバックした。


『弱い人に関しては覚えてないので──お前もそういう類なんでしょうかぁ」


 弱い人。それは綺麗な宝石でも巨大な岩石にも値しない──石ころ同然の存在を指す。


「くそが、嫌なこと思い出しちまった……!!」


 アルフは我に返ると、一室のベッドから立ち上がり拳を握りしめる。


「……?」


 そんな彼の姿を扉の隙間からニヤニヤと見つめる少女。ウェンディではない。この館で初めて見かける。


「何だ? 誰だおめぇは──」

「……!」

「おい、待ちやがれ!」


 その場から駆け出す少女。アルフは笑われた気分に陥り、苛立ちながらも後を追いかけると、辿り着いたのは地下室へと続く扉。


「……んだよここ? 地下もあんのか?」


 入り口の机に二つ置かれていたランタン。その一つを手に取り、地下室へ続く階段を降りていく。地下へと近づけば近づくほど、聞こえてくる奇妙な音。


(あの野郎、どこに行きやがった?)


 地下室をランタンの灯りでしばらく進むと、別れ道で歩みを止める。


(何だこのくせぇ臭い……こっちからか……?)


 彼が突き進んだのは右の通路。鉄の臭いに顔をしかめながらも、歩みを止めることはなかった。


「……な……んだよこれ」


 そして目の当たりにしたのは血に沈んだ道。アルフは口をぽっかりと開けて、血の池をじっと見つめる。


「も、戻らねぇと……こ、ここはやべぇ……」


 何かがおかしい。彼はすぐさま振り返り、元の道を引き返そうとしたが、


「クカカカカカッ!!」

「……っ!?!」


 どこからともなく現れた緑色の食屍鬼が彼に掴みかかる。そして抵抗させる間もなく、牙の付いた花弁の口から二本の蔓を伸ばし、


「うぎゃあぁああぁああぁああぁッ!?!!」


 アルフの両目に突き刺した。激しい痛みに悶えながら、後方にある血の池へと倒れ込む。


「がぼぼッ、ごぼぼッ!!!」


 眼球を貫いた二本の蔦が頭部から体内へと這いずり回り、嗚咽を漏らし、痛みに悶え、血の池で大魚のように暴れ回る。しかし意識は徐々に薄れ始め、


「がはッ──」


 ハッキリと意識が回復すれば、血の通路で仰向けになって浮かんでいた。襲われてから記憶がない状態。定まらない視界に、止まっている思考。アルフはグラグラと揺れながら立ち上がった。


「おれ、ざま……どうなッで……」


 満たされる嫌悪感。それを抑えるためにアルフは血の池でしゃがみ込み、満たされた血を飲む。脳内で"渇いた喉を満たせ"と命令を受けていた。

 

「うめぇ……うめぇ……よぉ……ッ」

 

 血を飲めば飲むほど満たされる幸福感。アルフはひたすらに啜り続けた。


「もっど……しんぜんな……ぢを……」


 だが物足りない。冷めた血ではなく、新鮮な生き血が飲みたい。彼の脳内でそう錯覚させられる。アルフがその場に立ち上がれば、


「──?」


 背後からクライドの声が聞こえてくる。アルフの耳には何かが詰められているのか、言葉をよく聞き取れなかった。


「のどが、のどがかわいで、しかたねぇんだよぉ」

「──?」

「ここの、あかいのみもの、のんでも、のんでも、のどがかわいで、かわいでぇ」

「──か」

「あ、あれぐ、あれぐじあ……! お、おれさまが、おれさまがわ"る"、わ"る"かったよぉ」

「……」

「おれさまが、おれさまは、もうおめぇを、なぐらないからよぉ」

「……"──"」


 背後で声を掛けてくるのはアレクシア。新鮮な生き血がすぐそばに立っている。アルフは吸わせてもらおうと今までの行動を謝罪する。


「おめぇの"ぢ"をすわぜでぐれよぉおおぉおぉッ!!!」


 そして振り返り、アレクシアへ襲い掛かる。肌が、髪が、瞳が、口が、何もかもが理想的な"獲物"。新鮮な血液を一滴残らず吸いつくす。それだけしか考えられない。


「──、────?」

「ぢを、ぢをぐれよぉおぉおぉッ!!」

「──、"────"?」

「ぢをぢを、ぢをぐれぇえぇえぇッ!!」


 "強さ"を追い求めてきた彼が求めるものは"血液"。今はもう、以前のアルフはそこにいなかった。

 

「いや違うか。今の貴様への正確な問いは──」

「ぐがががあぁッ!?!」

 

 しかし彼女はアルフに自身の血などを与えるつもりはない。代わりに与えたものは親切心でもない。アレクシアがアルフに与えたものは── 


「──『生きることは、"つまらなかったか"?』だったな」


 ──"無様な死"のみだった。 




 SideStory : Alf Mcknight_END


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