3:20『vs ラミアB』
床や壁から太い蔓が飛び出し、私たちへ襲い掛かる。一度全員で集まる時間など与えては貰えず、セバスとクライドは東館へ、キリサメとサラは西館へ何とか逃げていく。
「アレクシア!」
「私に構うな。さっさと下がれ」
私が立っていた場所は食堂に最も近い壁際。東館へも西館へも退避できない。私は迫りくる蔓から逃げるように、近くの食堂へ急いで駆け込む。
「クカカカッ!!!」
「おまけ付きか」
食堂には数匹の寄生型。私は折れたルクスαを左手で握り直し、獄炎を纏わせるとすれ違いざまに斬りかかり、床や壁から這い出てくる蔓から逃げ続ける。
(……どこへ逃げても状況は変わらん)
使用人の通路を駆け抜け、壁から飛び出してくる蔓を器用に回避しながら厨房まで向かう。しかし時間稼ぎに過ぎない。どこまでも太い蔓は私を追ってくる。
(この炎ではラミアを完全には燃やせなかった。引き返して交戦するのは、この怪我では自殺行為。肉体の半分が吸血鬼といえど、この怪我はすぐに再生しない)
鞭打ちが右脚を掠め、肌から血が滴る。私は太い蔓の隙間と隙間を掻い潜り、何とか厨房へと辿り着いた。
『ピンポンパンポーン! ギャハハッ、テメェらのお仲間二人が捕まりましたぁ!! 残りは三人でぇす!! ギャハッ、ギャハハハハッ!!』
館に響き渡るラミアの声。二人が捕まった。恐らくは負傷したサラとキリサメだ。私は頭上から迫ってきた蔓を、折れた剣で斬りつける。
「……っ!」
狙っていたかのような蔓による横払い。左の脇腹へ叩き込まれ、一歩だけ後退りをする。
(……弄ばれているのか)
今の一撃が全力であれば、臓器は容易く潰されていた。ラミアは明らかに手加減をしている。恐らくはこのように弄びながら、身動きが取れなくなる姿を見届けるつもりだろう。
(打開策を考えなければ……)
厨房を飛び出し、再び食堂まで全力で走る。その道中で思考を張り巡らせ、手立てはないかとひたすらに模索した。
「──ッ!!」
食堂へ辿り着けば右脚に太い蔓が巻き付き、逆さまで持ち上げられる。私は燃やしてやろうとしたが、
「ぐっ……」
血涙の力を発動する前に、食堂の長机へと一度だけ叩きつけ、暖炉まで吹き飛ばした。私は空中で受け身を取りながら、暖炉へ背を打ち付ける。衝撃は抑えられたが、身体が堪えられなくなるまでもう長くない。
『ピンポンパンポーン!! もう二人も捕まりましたぁ!! なぁなぁ!? 後はテメェ一人だぞぉ!!? まだ逃げれるのかぁ!?! ギャハハハッ!!』
次に捕まったのはクライドとセバス。残りは私一人だけ。打開策はまだ思いつかない。思いつくはずもない。
(これは──"詰み"なのか?)
知っている感覚。何百回と経験した感覚。これはそう──どうにもならない"死"を目前にした時の感覚だった。私は左手に握りしめている折れたルクスαを、自身の心臓へ向ける。
(終わりだ。次の時代へ飛ぶしか──)
瞬間、蔓の鞭打ちが私の手に持っているルクスαを弾き飛ばす。そして畳み掛けるように私の身体を何度も殴打すると、全身へ巻き付き、大広間まで連れて行かれた。
「テメェ、楽に死ねると思ってんじゃねぇぞぉ!?」
「ぐっ……アレクシア!!」
広間の床では蔓に捕獲されたセバスたちが這いつくばっている。しかし私だけはラミア本体の前まで運ばれた。
「そういえばテメェだったよなぁ!? カワイイ我が子の"ダチ"に『朝までに殺す』とか言ったやつはさぁ!?」
「……言ったな」
「ギャハハッ、それがこの有様かぁ!? ワタシの前で惨めな恰好してんなぁおい!!」
私の髪を掴み上げ、馬鹿にするように何度も前後へ揺らす。
「来いよウェンディ! このヤロウの顔を見てみろ!!」
ウェンディは二階の書斎室から姿を見せた。こちらへ視線を向けることもなく、その場で俯いたままだ。
「オマエを殺すとか言ってたのにこのざま──アッチィイィッ!?!」
私は全身に獄炎を纏わせるとラミア本体を炎上させ、馬鹿にするように微笑む。
「貴様の方が惨めだ」
「テメェ、よくもやりやがったなぁ!?!」
「──ッ!!」
ラミアは先端に針が付いた蔓を呼び寄せると、私の胸元へと強引に突き刺した。
(コイツ、吸血を……)
「どんな気分だぁ?! 寄生植物に血を吸われる気分はよぉ!?!」
そして私の血液をとてつもない速度で吸い上げる。私の身体はほんの数秒で貧血を起こし、気色の悪い感覚に吐血する。
「ギャハハッ、今度はワタシがテメェに返してやろうかぁ!?」
今度は逆に何かを注がれる。すると身体に痺れが生じ、意識が大きく揺らぐ。私はすぐに"神経毒"だと理解したが、集中が乱され、血涙の力を発動できない。
「ほらどうしたんだよぉ!? さっきのムカつく顔はどうしたぁ!? きたねぇヨダレが出てるぞぉ!?」
「かはっ……」
私は一定量の神経毒を体内に注入され続け、言葉すら浮かばないほどまでに思考が乱されていく。
「ウェンディ、オマエは我が子の"ダチ"だ! この生意気なヤロウをどうして欲しいか聞いてやる! オトモダチのエサでも、オマエが殺すでも何でもいいゼ!」
「わ、私は──」
「あの本を、最後まで、読んだと聞いた」
「えっ?」
ウェンディの言葉を遮るように、私は限界に近い意識を保ちながら言葉を口にする。本というのは"悲劇の王女"。厨房でウェンディはその本について語っていた。
「お前は、結末を、知っているんだろう……」
「……」
「私は、結末を、読めなかったが──」
視線をやっと合わせたウェンディへ私は微笑しながら、
「──お前は、分かっているはずだ」
「……!」
その言葉を伝え、意識が途絶えてしまった。
「ギャハハ、ナニ言ってんだコイツ? 毒でアタマがおかしくなっちまったのかぁ? ってもう聞こえねぇよなぁ!!」
「くっそぉ!! お前、アレクシアに何をしやがった!?」
「あぁ、そうだそうだ! テメェにも聞くことがあったわ!!」
「うッ、うわぁあぁあぁッ!!?」
ラミアは何かを思い出したかのように、キリサメの身体を蔓で持ち上げ、アレクシアの隣まで運んでくる。
「どうしてテメェはワタシがラミアだと知ってたんだぁ?」
「そ、それは……」
「あーあー! ハヤク言っちまわねぇとぉ……!!」
「うッ、うぐぁあぁあぁあぁッ!!?」
躊躇うキリサメの身体を蔓で締め上げる。
「ぐぁッ、ぐッあぁあッ……!?!」
「ハヤク言えよぉ? このままだと──背骨ごとイクぜ?」
「はぁ、はぁッ……!!」
少しだけ蔓の力を緩め、首を傾げたラミア。キリサメは痛みに歯を食いしばりながら、ラミアの顔を睨みつける。
「俺は、こんなところで死なねぇよ……」
「あぁ?」
「俺はな、知ってんだよ……」
「ギャハハッ、知ってるってナニをだよぉ!?」
「お前が、出てくる物語だよ……」
「ワタシが出てくるモノガタリぃ?」
キリサメは理解が及ばないラミアを鼻で笑う。
「お前はな、馬鹿なんだよ……。身勝手なことをして、身勝手な愛を抱いて、身勝手な理由で、人間を殺していた……」
「あぁ? たかがホンの話を信用すんのかぁ?」
「いいや、この物語は信用できるぜ……。今のお前はこうやって余裕で、人間をなめてるだろ……。この後に、お前がどうなるかを知ってんだよ……」
そしてキリサメは嘲笑するような表情へと変化させ、
「"焼死"──それがこの後の死に様だ」
ラミアへ物語での死に様を告げた。
「……あ、キレちまった。もうワタシはキレちまったよ」
ラミアは無感情の声で呟くと、床に張り巡らされた太い蔓を自由自在に動かし、大広間に大穴を開ける。
「テメェら、オトモダチのエサな」
「うおぉおぉおぉッ!!?」
「……」
巨大な穴へとアレクシアとキリサメを先に投げ入れ、次にセバスたちを大穴へと落下させた。処分を済ませたラミアは静けさに包まれた大広間で、巨大な花弁との融合を解く。
「ウェンディ」
「は、はい……」
「館の掃除はワタシがやっておく。オマエは"コイツ"と遊んでやってくれ」
「わ、分かりました」
ラミアは少女の姿へと戻り、ウェンディの右手を優しく両手で握りしめる。
「ウェンディ~♪ 私と遊びましょ~♪」
「……うん、ミアちゃん」
そしてご機嫌な"ミア"と共に、二人で娯楽室へと向かった。
────────────
時刻は四時頃。アレクシアたちが"エサ"という処分を受けてから、一時間以上が経過する。
「クカカカッ!!」
「はぁはぁ……うぐッ……」
「サラ・トレヴァー、次は私が代わろう。体力の限界だろう」
「あなただって、限界の癖に……」
落とされた大穴の底。そこは何十匹もの寄生型が徘徊している巣窟。逃げ場などもなく、取り囲みながら襲い掛かってくる寄生型との攻防を延々と繰り返していた。
「うん、僕も無理かな」
「ねぇ、アレクシアはまだ目を覚まさないの!?」
「……起きない。呼び掛けても、全然反応がないんだよ」
「くっ、武装さえあれば……少しは効率よくこいつらを始末できるのにっ……!」
寄生花を取り除いたところで、太い蔓によって再び蘇生をされる。更に暗闇を照らす唯一の光であるルクスαも、限界が近いため消えたり点いたりを繰り返していた。
「クカッ、カカカカッ!!」
「手帳にすべての情報は書き記した。ここへ来た者が見つけてくれることを祈ろう」
「何で諦めてるのよ……! 私はまだこんなとこでくたばるつもりないから!」
「うん、嘘はついてないけど……何も見えなくなったら終わりだよ?」
「うるさい!」
クライドとセバスは潔く死を受け入れ、キリサメは目を覚まさないアレクシアの前で項垂れている。諦めていないのはサラ・トレヴァーのみ。
「私はトレヴァー家の人間、絶対に生き残ってみせるわ……!」
「うん、あの鉄格子が開けば生き残れるかもね」
「鉄格子?」
「うん、あそこに見えない? 鉄格子の扉」
指差す方向には鉄格子の扉。サラはそれを目にすると、クライドの胸倉を掴み上げた。
「あんた、何でそんな大事なことをすぐ言わないのよ!?」
「だって南京錠で開かなさそうだし」
「壊せるかもしれないでしょ?!」
「うん、向こう側についているんだよ。どうやっても壊せないよ」
「確かに、それは、そうだけど……」
クライドからゆっくりと手を離し、ルクスαを悔しそうに握りしめる。
「サラ・トレヴァー。私たちが囮になろう」
「は?」
「生きたいのなら、あそこまで走ればいい。私たちは死を覚悟しているのでね」
「うん、僕たちが食べられている間に行ってきなよ」
「馬鹿ッ!!」
セバスがそんな提案をすると、サラはセバスの頬を引っ叩いた。
「誰かを犠牲にして助かった命で、この世界を生きるなんて恥よ! それだったら死ぬまで誰かの命を守り通して、死んだ方が百倍マシだわ!!」
「……サラ・トレヴァー、最後にその意志へ敬意を表する。私が知る限りでは、お前ほどに果敢な人間はいないだろう」
「うん、嘘もついてないし感動的な終わり方だね」
「あなたは黙ってなさい」
サラは呼吸を整えて、抜刀の構えを取る。
「死ぬわけにはいかない。最後まで生き延びてみせる」
強い意志を示せばサラの瞳が茶色に輝き始めた。
「皆さん、こっちです!」
その時、南京錠の鍵が外れ鉄格子の向こうからウェンディの声が聞こえてくる。
「あれは、ウェンディ・フローレンス……」
「早く! こっちから外へ出られます!」
「……あいつ、信用できるのかしら?」
サラは抜刀の構えを取りながら、クライドへ視線を送った。
「皆さんを助けたいんです! 私を、私を信じてください!」
「うん、嘘はついてないよ」
「なら行きましょう。私がこいつらの相手をする、後に続きなさい」
「カイト・キリサメ。アレクシア・バートリを背負い、先に走れ」
「あぁ!」
鉄格子までの直線状。サラは迫ってくる寄生型を斬り裂きながら道を切り開く。キリサメはアレクシアを背負い、何とか鉄格子まで辿り着いた。
「サラ・トレヴァー! こちらへ下がるべきだ!」
「言われなくても……!」
「クカカカッ!!」
セバス、クライドと鉄格子まで到着すれば、サラも滑り込むようにして鉄格子の向こう側へと到達する。全員が脱出できたのを確認すると、ウェンディは急いで南京錠の鍵を閉める。
「クカッ、クカカカッ!!!」
寄生型は鉄格子を掴みながら激しく揺らすが、虚しい音を立てるだけ。サラたちは「ふぅ」と胸を撫で下ろし、ウェンディへ視線を向けた。
「どうして私たちを助けてくれたのよ?」
「……」
「ウェンディ・フローレンス。この行為が、あのラミアという眷属を怒らせることになると承知の上で助けたのかね?」
「……はい」
ウェンディは「付いてきてください」とサラたちをどこかへ連れて行く。場所は地下室のはずが、そこは初めて歩く通路だった。
「なぁウェンディ」
「はい?」
「ここは地下室なんだよな?」
「そうですが……」
「俺たちはこんなところを歩いた覚えはないぞ。どこなんだここは?」
険しい表情を浮かべながら質問をするキリサメ。ウェンディは先頭を歩きながら、ぽつぽつと語り始めた。
「ここが本当の地下室なんです」
「本当の地下室? それはどういうことだね?」
「右と左で別れていた通路を覚えてますか?」
「ええ、左が使用人の部屋の通路で……右が二度と行きたくない血だまりの通路ね」
「実はあの通路は──」
ウェンディは石の壁の前で足を止める。そして指先で石の隙間をなぞりながら、右下の隅にある石の壁の部分を力強く押し込めば、
「ここに繋がっていたんです」
「更に道があったのかよ……」
あの別れ道の光景が目に入ってきた。キリサメたちは見覚えのある通路に辺りを見渡す。
「本来であれば左と中央の別れ道だったんです。でもミアがここに来てからは、あの化け物たちを飼うためにこの道は隠し通路になりました。そしてこの通路が代わりに作られて……」
「どうりでただの通路にしては巧妙な作りだと思ったわ」
「えっと、こっちです」
ウェンディは隠し通路を塞ぐと、使用人の通路を歩いていく。キリサメたちもその後に続きながら、ガランとした使用人の牢獄部屋を見る。
「使用人の部屋ってさ。ミアが来る前もこのままだったのか?」
「……はい、私もミアが来るまではこの部屋でしたから」
「牢獄の間違いではないのかね?」
「そうでしょうか? 他の名家の使用人の方々もこれが普通だと聞きましたが……?」
ウェンディは自身の部屋の前で足を止めると、セバスたちへそう問いかけた。
「トレヴァー家ではちゃんと部屋が用意されているわ」
「アーヴィン家も同様だ」
「うん、パーキンス家もお部屋だよ」
「そ、そうだったんですか……」
「まぁ"世間知らず"を利用されていたってことだな……」
苦笑しているキリサメ。ウェンディは少しだけ暗い顔を浮かべると、部屋の扉をゆっくりと開く。そして部屋の中へ視線を移せば、
「──シビルさん!?」
地下空洞で倒れていたはずのシビル・アストレアが椅子に座っていた。
「あなたたち、無事だったのね!」
「それは俺たちの台詞っすよ!」
切断されていた片腕の部分は治療が施され、キリサメたちを目にすると、驚いた様子で椅子から立ち上がる。
「……その怪我でよく生きていられましたね」
「ええ、私のことをここまで運んで治療してくれたの」
「運んで治療したのって……?」
「はい、私です」
ウェンディは死の淵を彷徨っていたシビルを自身の部屋まで運び、その命を救っていた。その事実を知ったクライドはウェンディとシビルの顔を交互にじっと見つめると、
「うん、嘘はついてないよ」
「このタイミングで流石に嘘はつかねぇだろ……」
嘘かどうかを判断したため、キリサメがぼそっと苦言を呈する。
「彼女は……」
「毒で気を失ってから、まったく目を覚まさないのよ」
「あの、このベッドに寝かせてあげてください。あの毒は命に関わるものではないので、きっとそのうち目を覚まします」
キリサメがアレクシアをベッドへ寝かせれば、ウェンディは部屋の扉を閉めた。
「皆さんに、お願いがあります」
「……お願い?」
「ミアを、ミアを──」
ウェンディは喉に言葉を詰まらせていたが、意を決したように口を開くと、
「──殺してください」
そう真剣な眼差しをキリサメたちへ向けた。




