3:18『血の通路』
私たちはウェンディの部屋を後にすると、あの別れ道まで引き返し、後回しにしていた右の道を突き進む。
「……血の臭いがキツイわね」
「いずれ慣れる」
奥へ進めば進むほど、血の臭いはより強くなる。先頭を歩いていたサラは顔をしかめながらも、ルクスαの光で辺りを照らした。
「クライド・パーキンス。先ほどの声真似は見事だった」
「うん、パーキンス家の人間なら全員できるよ」
「全員できるだと?」
セバスの賞賛に大した反応を示さないクライド。私は「全員できる」と答えた能天気な男へそう問いかける。
「うん、子供の頃に教えられてきたからね。『自分の真の"声質"は心理戦において弱点になる』って」
「……お前のその声も"偽り"ということか」
「うん、そうだよ」
「マジか!?」
今まで聞いてきたクライドの声は"作り物"。その真実を聞いたキリサメは驚きの声を上げた。
「止まって」
その瞬間、サラがゆっくりと足を止める。
「これは何だね? 地下水のようにも見えるが……」
ある程度まで進むと、通路が液体によって浸水していた。セバスが地下水なのかと目を疑う中、私はしゃがみ込むとその液体に指先を触れる。
「──"血"だ」
「嘘でしょ? これ全部"血"なの?」
「照らしてみろ」
生温かい感触に水とは思えない粘度。サラがルクスαでその液体を照らしてみれば、"真っ赤な血液"が通路に満たされていた。あり得ない光景にサラたちは思わず息を呑む。
「一体どれだけの犠牲が募れば、この量の血液を集めて……」
「知らん。だが今は進むしかない」
流石のセバスも血液に満たされた通路を呆然と眺めていた。しかしここで立ち止まるわけにもいかないため、私は血液の中へと足を踏み入れる。血によって浸かるのは膝丈までのようだ。
「くそっ、マジでこの道を進むのか……!」
「ほんと最悪……! 血の臭いがこびりつくじゃない!」
「……非常に不快な気分と言わざるを得ないのだが」
クライド以外は文句を述べながらも、次々と血の通路へ足を踏み込んでいく。私はサラを先頭で歩かせると、辺りを警戒しながらその後に続いた。
(この植物もついに表面へ出てきたか)
血液に満たされた通路を慎重に進めば、館で床や壁の中に寄生していた植物の太い蔓が視界に映る。地下通路の壁に剥き出しで張り付いており、ドクンドクンと脈を打っていた。
(焼き焦げたコート……)
通路に浮かんでいたのは焼き焦げたコートの破片。拾い上げて観察してみれば、私たちが着ている制服と同じもの。シビルが着ていたコートかもしれない。
「一応確認させてほしいんだけど……」
「何だ?」
「この状況で寄生型に襲われたらどうするつもり?」
「その時は──」
「あっ、アルフくんー?」
そう言いかけた私の言葉を、クライドの声が跡形も無くかき消した。クライドが向けていた視線の先には、こちらに背を向けた人影がうっすらと写っている。
「うん、やっぱりここにいたんだ。僕たちずっと探したんだよ?」
「……」
サラが奥を光で照らすと、その人影はリンカーネーションの制服を着ていた。体格や髪型からするに、アルフ・マクナイトで間違いないだろう。
「あれ? おーい、僕の声は聞こえて──」
「待て」
アルフへ駆け寄ろうとしたクライドを引き止め、私はナイフを構えながら、アルフへゆっくりと近づいていく。
「今までここにいたのか?」
「……」
「ここは客室じゃない。客室は上の階だ」
「……」
「どうした? まさか寝ているの──」
「きいで、きいでぐれよぉ」
歩幅一歩分の距離まで歩み寄れば、黙り込んだままだったアルフが、突然ガラガラに掠れた声を上げる。
「のどが、のどがかわいで、しかたねぇんだよぉ」
「喉が渇くだと?」
「ここの、あかいのみもの、のんでも、のんでも、のどがかわいで、かわいでぇ」
「お前、この血を飲んだのか」
両肩を震わせ、掠れた声でブツブツと喋り続けるアルフ。私はナイフの持ち方を逆手持ちへと切り替える。
「あ、あれぐ、あれぐじあ……! お、おれさまが、おれさまがわ"る"、わ"る"かったよぉ」
「……」
「おれさまが、おれさまは、もうおめぇを、なぐらないからよぉ」
「……"貴様"」
そこで確信した。こいつはアルフ・マクナイトではないと。私はすぐに胸元の前までナイフを移動させる。
「だからよぉ、がわりに、がわりに──」
そして私の方へと振り返ったアルフの顔は、
「おめぇの"ぢ"をすわぜでぐれよぉおおぉおぉッ!!!」
生き血を啜る花弁に寄生されていた。植物の蔓が顔の穴という穴を貫通し、アルフの面影を感じさせないほど醜い姿。"アルフだった"寄生型は、顔に寄生させた蔓をうねらせながら私へと掴みかかる。
「もう一度、貴様に問わせてもらおうか」
「ぢを、ぢをぐれよぉおぉおぉッ!!」
「生きることは、"つまらないか"?」
「ぢをぢを、ぢをぐれぇえぇえぇッ!!」
私はそう問いかけながらも、花弁を近づけてくるアルフの首を斬り裂き、声帯に寄生している"寄生花"を握りしめた。
「いや違うか。今の貴様への正確な問いは──」
「ぐがががあぁッ!?!」
そして力技で引き千切ると、ナイフでアルフの首を切断し、
「──『生きることは、"つまらなかったか"?』だったな」
切り離された身体を蹴り飛ばした。アルフの寄生型は壁へと背を衝突させ、それからピクリともしなくなる。
「うん、アルフくんお疲れ様」
動かなくなったアルフの身体の前で手を合わせるクライド。私はナイフの持ち方を通常のものへ切り替えると、サラへ視線を送る。
「寄生型に襲われたときは殺すしかない」
「……わざわざご丁寧にどうも」
私たちはアルフの遺体を後にし、血液に満たされた通路を再び前進していく。進めば進むほど血のせいで通路の床がぬめり、歩く速度が落ちていくばかりだった。
「……水位が上がってきてるわ。もう進めないわよ」
「ふむ、この血の池を水位と例えて良いのか些か疑問だが……確かにこれ以上は進めなさそうだ」
更に地下へと続く階段。溢れんばかりの血液により、この先の通路は完全に沈んでしまっている。サラたちは私へ指示を仰ぐように視線を送ってきた。
「……この扉の鍵を開けるしかないな」
「また蹴り破る?」
「鉄の扉だ。蹴り破ることはできん」
「それじゃあどうするのよ?」
左にある鉄の扉。その扉が血液に満たされた向こう側へと繋がっていることを予測し、更に地下へと続く階段の前でしゃがみ込む。
「泳ぐ」
「泳ぐ!? あなた正気なの!?」
「植物の蔓はこの先から伸びてきている。元凶のミアとやらも、もうすぐそこにいるだろう。今更引き返すわけにもいかん」
私は足元に落ちていたロープを拾い上げ、自身の腰に巻き付ける。
「私が向こう側まで渡り、この扉を開ける。お前たちはこのロープを持っていろ」
「……アレクシア・バートリ。その提案は私としては賛成できないものだが、本当に実行するつもりかね? 仮に血の池が延々と続いているとしたらどうする?」
「あの壁から向こう側が僅かに見えるだろう。この血だまりは延々と続いているわけじゃない。泳げばすぐに辿り着ける」
私が指差す石の壁の隙間からは、向こう側の通路がやや見えていた。泳ぐ距離としては十メートルから十五メートルほどだ。
「向こう側へ辿り着いたら、このロープを引っ張る」
「……引っ張られなかったら?」
「私は"死んでいる"ということだ」
「そういうの、冗談でもやめろよ……」
サラへの返答を聞いたキリサメが苦笑いを浮かべる。私はナイフの持ち手を咥える前に、制服のコートをキリサメへ投げ渡し、
「だが死ぬつもりはない」
血だまりの中へと飛び込んだ。水の中とは違い、目を開いていると痛むうえ、やや泳ぎにくい。
(この通路は一歩通行だ。迷うこともない)
私は血だまりの中を泳ぎ、向こう岸を目指す。道中で腐った肉塊や、切断された手足などが目の前に現れたが、特に反応も示さず、ただひたすらに泳ぎ続ける。
(……?)
向こう岸まで残り半分。そこで私の前方を"ナニカ"が蠢いた。
(植物の根か?)
近づいてみるとその"ナニカ"は寄生植物の根。そこで私は地下室の階段を降りる道中で聞いた"奇妙な音"の正体に気が付く。
(あの音は……根が血液を吸い上げる音だったのか)
寄生植物の根が栄養としている血だまりを吸い上げる音。私は蠢く植物の根を掻き分けながら、向こう岸まで目指すことにした。
(血液を餌にする植物か。食虫植物より悪趣味だ)
私は泳ぎながら、ふと下の方へと視線を向けてみる。
(……?)
沈んでいたのは人間の骨。頭蓋骨、あばら骨、背骨……様々な種類の骨が転がっていた。私はそこでとある疑問が脳裏を過る。
(真新しい骨が沈んでいるが、寄生型はこの血だまりの中にはいない。知能の低い寄生型が、わざわざこの血だまりの中へ骨を投げ入れた……? いや、その行動に何の意味がある?)
そもそもこの量の血液をどのように蓄えたのか。どのように人間から搾り取ったのか。私は泳ぎながら答えを求めていくうちに、あることに気が付き、すぐに後方を振り返った。
(……ロープが切れている)
キリサメたちとこちらを繋ぎ止めるロープが何者かによって切断されている。私が周囲を見渡し、植物の根がピタリと静止したことにすべてを察すれば、
「……っ!!」
寄生植物の根が一斉にこちらへと纏わりつき、その怪力で身体を締め上げてきた。私は咥えていたナイフを何とか右手で掴み、根を何度も斬り刻む。
(コイツ……)
植物の根はすぐに再生すれば、私の四肢をずるずると這いずり回り、身動きが取れないよう頑丈に拘束する。
(この血だまりを生み出したのは、やはりコイツか)
腐った肉塊や千切れた手足や、床まで沈んでいた骨。すべてこの植物の根が、栄養を補給するために行っていたことだろう。
(コイツ、私の血を吸って……)
根の先端が次々と肌へと貫けば、私の血液を搾り取ろうと吸血を始めた。手に持っていたナイフも根によって弾かれる。
(植物風情が──)
私は眉間にしわを寄せながら、全身へ力を込め、
(──調子に乗るな)
血涙の力で獄炎を全身に纏い、植物の根を焼き払う。寄生植物も寄生型と同様に火を嫌うようで、すぐに私の身体から離れていく。
(今がチャンスか)
私は向こう岸まで辿り着くと地上で片膝を付きながら、すぐそばにある鉄の扉へ視線を移す。
「……やはり繋がっていたか」
その扉から向こう側へと迂回するような通路を進み、鍵を解除して扉の先へと顔を覗かせてみれば、切れたロープを前にして深刻そうな表情を浮かべるキリサメが立っていた。
「ア、アレクシア!? 大丈夫だったのかよ!?」
「途中で"絡まれた"だけだ」
「それ、絡まれたで済む怪我なの……?」
根が貫いた傷痕から僅かに出血していたため、私はキリサメへ預けていたコートを破りながら、包帯代わりに傷痕へと何重にも巻いて止血する。
「これで問題ないだろう」
「……応急手当に過ぎないと思うがね」
そして私たちは鉄の扉から迂回をし、向こう岸まで辿り着いた。
「ミアはすぐそこだ」
「言われなくても」
聞こえてくるのは少女の鼻歌。私たちは慎重に奥へ奥へと突き進む。
「……この先だ」
植物が張り巡らされた壁に一際目立つ両扉。私はサラと視線を交わし、左右同時にその扉を開く。
「シビルさん!?」
館の大広間よりも広い地下空洞。壁や床には寄生植物の太い蔓が這いずり、蝋燭の灯が空洞をぼんやりと照らし続けていた。その奥で右腕を失ったシビルが、背を付けて座り込んでいる。
「一人死んで、また死んだ~♪」
「……あの少女がミアかね?」
「死に損ないはどこの誰~♪」
地下空洞の中央で愉快に歌唱するのは私たちに背を向けた少女。
「そう、死に損ないはオマエたち~♪」
こちらへと少女は振り返る。少女の長い黒髪はボサボサ。眼球もなく、空洞が広がっている。サラはルクスαを鞘へ納め、抜刀の構えを取った。
「貴様がミアか?」
「ミア、ミア、ミア~♪ ワタシのことがそんなに好きなの?」
「ならば質問を変えようか。貴様がこの植物共の"主"だな?」
「ふふふ、あはははっ!!」
「……愉快なことでもあったか?」
腹を抱えて笑い出すミア。私は頭の狂った少女へ殺意を向ける。
「ワタシは主なんかじゃないよ? だってこの子たちはワタシの"オトモダチ"だから」
「友達だと?」
「そうそうオトモダチだよ。ワタシと"この子"のオトモダチ」
「個性的なお友達だな。貴様にはピッタリの相手だ」
「そう、ワタシにピッタリのオトモダチだよ」
少女の身体を太い蔓が包み込めば、地下空洞全体に巨大な花弁が現れ、その中央へと運ばれていく。
「でもみんなみんな、気に入ってくれたもの。ミアのオトモダチを」
花弁と融合したミアは、太い蔓を自由自在に動かしながら、私たちが入ってきた扉を太い蔓で塞いでしまう。
「……ちげぇよ。お前はミアじゃねぇ」
「ミアじゃないだと?」
キリサメが巨大な花弁と融合したミアへ声を上げる。
「ずっと気になってたんだ。寄生する植物に、女の子の姿をしたミア。どこかで見て、聞いたことがあるって」
「キリサメ・カイト。それはどういうことかね?」
「俺の知っている物語に、あいつがいたんだよ。実際に本物を見るまでは確信できなかったけど、こうやって実際に見て確信に変わった。ミア、お前の本当の名前は──」
私はキリサメが何が言いたいのかを察し、巨大な花弁を見上げた。
「──眷属の"ラミア"だろ」
ラミア。キリサメが少女を睨みつけながらその名前を告げると、
「アハハッ、どうして知ってるの? ワタシが三ノ眷属の"ラミア"だって」
自身の正体を明かしながら、少しだけ驚いた表情へと変化させ、キリサメのことを見下ろした。
「眷属って、実習訓練に現れたって噂の……」
「……まさかここで遭遇することになろうとはね」
サラやセバスは"眷属"という名詞によって表情を強張らせる。ラミアは私たちを見下ろしながら「でも関係ないよね」と不敵な笑みを浮かべ、
「どうせオマエたちもワタシと相性ピッタシの──」
太い蔓を私たちの真上まで振り上げると、
「──オトモダチになるんだから」
こちらに勢いよく振り下ろした。




