3:17『地下』
寄生型が徘徊している本館。私たちは見つかる覚悟で一階を全力疾走で駆け抜け、東館まで辿り着くと、セバスとキリサメが二人で本館への扉を押さえる。
「クカカカカッ!!」
「ぐっ!! 力、強すぎんだろッ!!?」
「早くバリケードとなるものを運んできてもらえないものかね……ッ!?」
二人が扉を押さえている間に、私は廊下に置かれている"横に長い棚"の角へと右脚を乗せ、
「下がれ」
「あぶねっ!?!」
そのまま勢いよく蹴り押し、寄生型が入ってこようとしている扉を塞いだ。
「時間稼ぎにしかならん。さっさと地下室へ向かうぞ」
「同意する。それが賢明な判断だ」
「うん、地下室への階段は確かこっちだったかな?」
地下室の入り口まで案内しようと、先頭を走るクライド。私たちはその後に続き、東館を走り回った。
「あっ、ここだよ。もしもーし?」
「おい、その部屋は──」
「すまないが体調が悪くてな。後にしてくれないか」
「ほらね? 死んでいるのに喋るでしょ?」
しかし立ち止まったのはドレイク夫妻の部屋。クライドは能天気に部屋の紹介をする。私たちは呆れた視線をクライドへ送る。
「そこにいる"ウェンディ"に聞いてちょうだい。私たちは喋れる気分じゃないの」
「うん、もう死んでるからね」
「お前は蹴られたいのか?」
私がクライドを睨みつければ「あっ思い出した」と反省する様子も見せずに走り出す。私たちは顔を見合わせ、渋々後を追いかけた。
「うん、ここだったよ」
「……今度は本当のようだな」
やっとのことでクライドが地下室の扉の前で立ち止まると、私は扉を蹴って開きつつ、隣に立っていたサラへ視線を送る。
「私とこいつが先頭を歩く。お前たちは後方を歩け。前衛二、後衛三の陣形だ」
「武器もないから俺たち後衛とは言えないんですが……?」
「囮ぐらいにはなれ」
「それは断らせてもらおうか」
地下室へ続く階段。暗闇に閉ざされ、あまり前が見えない。サラはルクスαを光らせると、私の少し前を歩いて階段を降りていく。
(……ランタンは使用済みか)
入り口に最も近い机には、ランタンが置かれていた跡のみが残り、重要な本体はどこにも置かれていなかった。跡からするに、三つは置かれていたのだろう。
「ねぇ、下から何か聞こえてこない?」
「確かに聞こえてくる。この音は、形容し難いものだ。寄生型の鳴き声ではないようだが……」
地下室の階段を降りる道中で、地下深くから"奇妙な音"が聞こえてくる。
「水の音にも聞こえるが、何か違うな。水にしてはあまりにも濁音すぎるだろう」
「音に対して濁音って表現するやつ、お前ぐらいだろ……」
水の流れる音に近いが、どうにも聞いてて居心地が悪い。階段を降りれば降りるほど、その音はより身近に感じるようになる。
「……着いたわよ」
数分も経たずに地下室へと到着した。暗闇に包まれた空間。私は吸血鬼の夜目があるためどうにかなるものの、人間であるキリサメたちは、ルクスαの光がなければ何も見えないことだろう。
「奥まで続いてるっぽいな」
「うん、向こうにアルフくんいるかも」
「あなた、懲りないわね……」
奥まで続く地下室の通路を私たちは歩いていく。奇妙な音が聞こえること以外は、足元に小石が転がり、壁には汚れが付くような……ごく普通の地下室だ。
「……別れ道ね」
サラが足を止める。そこは右か左かの別れ道。どちらが使用人の部屋か。それは考えなくともすぐに"臭い"で見当がついた。
「左の道が使用人の部屋だと結論付けよう。その過程となった理由は──」
「こっちがやばそうだからでしょ?」
右の道からは強烈な血の臭いが漂ってくる。恐らくは左の道が使用人の部屋。私は少しだけ考える素振りを見せ、
「左の道を進むぞ」
「……お前が『私は右の道へ進む』とか言わなくて良かったよ」
「それは私にリスクしかないだろう」
左の道を進むことにした。再びサラを先頭にし、通路の奥へと進んでいく。
「やはりこちらが使用人の部屋のようだね」
「部屋っていうか、牢獄じゃね……?」
しばらく歩を進めていれば、罪人が放り込まれるような牢獄が目に入った。私たちは牢獄の中を覗き込むが、使用人らしき者の姿など見当たらない。
「ん? あれは部屋っぽくないか?」
「うん、木の扉が付いてるね」
「扉が付いている牢獄って可能性はないの?」
「牢獄にあの扉を付ける意味はない」
鉄の檻ではなく、木製の扉が付けられた部屋らしき場所。私たちはそれを発見し、すぐに扉の前へ立つ。扉には『Wendy Florence』というネームプレートが貼られていた。
「アルフくん、ここにいるかな?」
「クライド、ここは使用人の部屋だって……」
クライドに苦笑交じりに答えるキリサメ。私は二人を他所に扉のノブに手を乗せ、中へ入ろうと試みるが、
「……開かないな」
鍵を掛けられているようで、ガチャガチャと音を立てるだけだった。
「戸締りはしっかりしているのね」
「ノックはどうだね?」
セバスに言われた通り部屋の扉を何度かノックするが、向こう側から返事はない。部屋からは物音一つすら聞こえてこなかった。
「どうする? 他の場所を探してみる?」
「けどさ、ここで行き止まりだろ? 他の場所を探すとなったら……」
「……向こうの道へ足を踏み入れたくはないものだがね」
「うーん……」
私たちは来た道を引き返そうと部屋の扉へ背を向けたが、クライドは未だに扉の前に立っていた。
「おいクライド! 早く引き返して──」
キリサメが名前を呼ぶと、クライドは人差し指を口の前に運び、静かにするようこちらへサインを送る。私たちは顔を見合わせ、何をするのかと口を閉ざし、数十秒ほど待っていれば、
「"ウェン、ウェン、ウェンディ~♪ 扉を開けて~♪"」
「「「──!」」」
私たちが客室で耳にした少女の声を真似した。抑揚や高さなどほぼ完璧に近い再現。呆然としていれば、ウェンディの部屋の扉がゆっくりと開き始める。
「は、はい……? な、なんでしょ──」
「こんばんは、お話を聞かせてくださいな」
「……!!」
「あれ?」
ウェンディは扉の隙間から顔を出し、そこに立っているのがクライドだと気が付くと、すぐさま扉を閉ざす。私はクライドを押し退けながら扉まで駆け寄り、
「居留守とはいい度胸だ」
「きゃあッ!?!」
手加減なしで蹴り破った。そして部屋で尻餅をついているウェンディの首を、右脚の脛で押さえつけると眼球へナイフの刃を突きつける。
「貴様、"失踪事件"などとよく抜かせたな」
「……っ」
「寄生型の食屍鬼に、植物に寄生された館。私たちは貴様らにとって都合の良い餌だったか?」
「ち、ちがっ──かはッ!?!」
私はウェンディの首に乗せた右脚に体重をかけ、気管を締め上げていく。キリサメたちは止めようとはしない。ここまで来るために何度も死にかけた。それを踏まえれば当然のことだろう。
「他の人間が死ぬ姿を拝んできたのだろう? 自分だけが生き残り、優遇されてきたのだろう? どうだ? 今度は貴様の番だ」
「ぐッ、げほッ、ごほッ!!?」
「それが全力の抵抗か?」
ジタバタと手足をばたつかせるウェンディ。私はしばらく右脚に体重を掛けたまま、気管をキツく締め上げ、
「──残念だ」
「げほッげほッ……!!!」
右脚を退けて、その場に立ち上がった。ウェンディは解放されたことで、四つん這いになって何度も咳き込む。
「コイツは人間だ。何の力も持たない」
「……そう結論付けた過程は?」
「死の寸前まで追い詰めたが、年相応の抵抗のみだった。あくまでも黒幕の"人形"に過ぎないようだ」
「まだ怪しいわよ。ここまで来たのに、居留守を使おうとしたじゃない?」
「ごほっ、それは……ッ!!」
不信感を抱く私たちへ、四つん這いになったウェンディが大声を上げる。
「私と、私と関わるとみんな死んでしまうから……ッ!!」
「……関わると死ぬだと?」
「ええ、死にますよ!! 私は、私は"ミア"のお気に入りですから!!」
「ミアとは一体誰のことだね?」
「すべての、すべての元凶です……!!」
呼吸を荒げながらそう叫ぶウェンディ。私は改めて部屋を見渡す。
(……なるほどな。どうりで他の使用人よりも部屋がこんなにも整っているわけだ)
牢獄のような部屋ではない。質の良いベッドにクローゼット。身長に合った机や椅子。まるで"愛する我が子を育てる"かのような部屋だ。
「ミアって奴が、この寄生植物の根源ってこと?」
「はい、ミアはこの寄生植物を使って失踪事件を起こして……!!」
「うん、少しは落ち着いた方がいいよ?」
クライドはウェンディの右手を握りしめ、親指と人差し指の分かれ目を押しながら、そう優しく声を掛ければ、
「……はい、すみません」
徐々に落ち着きを取り戻した。セバスは話を聞ける状態となったウェンディへ視線を向けながらも、持っている手帳を開く。
「何故この結果を辿ってしまったのか。その過程を教えてもらおうか?」
「……数ヶ月前、ご主人様が私と同じぐらいの女の子を拾ってきたんです。名前は"ミア"。ミアは、捨て子だと聞かされました」
(手帳に書かれていた時期と一緒だな)
「ミアは、ご主人様にとても気に入られていました。使用人になるはずだったのに、いつの間にか家族同様な扱いを受けていて……。とても不思議な女の子でした」
書斎室で見つけた手帳とほぼ同じ内容。食い違いがないことから、嘘はついていないことが分かる。
「いつも明るくて、優しくて、私なんかにも声を掛けてくれたんです。話しているうちに、ミアとはすぐに仲良くなりました。中庭で散歩したり、お部屋でゲームをしたり……同じ年齢の友達ができて、とても嬉しかった」
本心を語るウェンディ。しかしその表情を徐々に強張らせていく。
「でも、明らかにおかしかったんです。私のような子供を嫌うドレイク夫妻が、あの子をあそこまで可愛がるなんて。失踪事件が起き始めたときも、あの子が館へ来た時期でした。私はミアが少し怖くなって、距離を置くように……」
私たちは静かにウェンディの話へ耳を傾ける。
「それから失踪事件が激しくなって、使用人もドレイク家の皆様も、どんどん消えてしまいました。残った使用人が三人になったとき、私のご主人様が別の方に変わって『ミアが怪しいから見張るように』と命令されました」
「……あの手帳の持ち主ね」
「私はその時、見てしまったんです。ミアが、ミアがドレイク夫妻に"奇妙な植物"を植え付けている光景を」
「なぜ殺されなかった?」
「ミアは笑顔で私に『あなたは殺さない。だって友達でしょ?』と言ってきたんです。私はミアが怖くて、頷くことしかできなくて……」
その日からウェンディはミアに利用されることになった。私は脳内ですべての辻褄が合うと、ゆっくりと瞼を閉じた。
「それからは?」
「ミアは『もっと友達が欲しい』と言って、私にこの館へ人を呼ぶように命令しました。だから来客を呼んで、その後はミアが──」
ウェンディは両手で頭を抱え、ガタガタと震え始める。
「私が、私が悪いんです。私だけ生き延びようとミアの言いなりになって、皆さんをこんな地獄に呼び寄せてしまった。私が、私が自分で死ねば良かったんです」
「……なぁウェンディ」
「はい?」
「"ミア"って、本当に"ミア"って名前なのか?」
「……分かりません。あの子が自分で名乗っていただけなので」
何かを考えているキリサメ。私は二人の会話が終わると口を開く。
「それだけか?」
「え?」
「話すことはそれだけかと聞いている」
「……は、はい」
ウェンディの返答を耳にした私は閉じていた瞼を開くと、頭を抱えているウェンディの目の前にナイフを投げ落とす。
「そのナイフで自分の喉を突き刺せ」
「えっ……?」
「死ねば良かったと言っていただろう」
「アレクシア、それは……」
「分かりました」
ウェンディは投げ渡したナイフを拾い上げ、喉の前まで持っていく。
「お、おいウェンディ! ほんとに死ぬつもりかよ!?」
「止めるな」
「け、けどさ!」
「いいんです。私はもう──生きることに疲れてしまいました」
止めようとするキリサメを言葉で静止すれば、ウェンディは呼吸を止め、
「お先に、失礼します」
ナイフに力を込めて、自身の喉へと突き立て──
「……え?」
──られなかった。喉に突き刺さる寸前で、ナイフを動かす腕が止まってしまっていた。
「やはりか」
「ど、どうして、これ以上、腕が動かない……?!」
「寄生されているからだ。ミアとやらが生み出した植物にな」
「そ、そんなこと……」
「お前はどうやっても"自殺できない"。誰かに殺されるか、それともミアとやらに殺されるか。どちらせによ、お前は"一生飼い殺し"の運命だったというわけだ」
ウェンディは手を震わせ、ナイフを床に落とす。
「来た道を引き返すぞ」
「……いよいよあちら側の道を進むのかね?」
「あぁ、ミアを殺しに行く」
「そうなると思ったわ」
セバスたちが部屋を出ていく後ろ姿を確認すると、私はウェンディの前に落ちていたナイフを拾い上げる。
「お前は寄生されていると知らなかった。つまりそれは……今日まで一度たりとも死のうとしなかったことを意味する」
「……!」
「殺されることに恐怖し、自ら命を絶つことにも恐怖する。お前はとんだ臆病者だな」
私はそう吐き捨てると、ウェンディに背を向けて部屋を出ていった。




