3:11『調査』
本館と大差ない広さを持ち、客室用の部屋が占める西館。私とキリサメは数分ほどでその西館へ辿り着くと、二階へと続く階段前で立ち止まる。
「二階もあるのか。無駄に広い館だ」
「どうする? ここから二手に別れるか?」
こちらへ向けられる何者かの視線は、一瞬たりとも途絶えることはない。私はわざとらしく考える素振りを見せる。
「別れる必要はない」
「おぉ珍しいな。いつもは一人でどっか行くのにさ。もしかして幽霊とか怖がるタイプ──」
「お前が孤立して探索したところでどうせ何も得られない。だったら私のサポートに徹した方がいいだろう」
「ははは、お前の毒舌は俺を成仏させてくれるな……」
乾いた笑い声を上げるキリサメを無視して、目の前にあった扉へ手を掛け、客室の一部屋へと足を踏み入れた。
「すげぇー! 客室って全部こんな感じなのか?」
「知らん」
純金で囲われた絵画が飾られ、冬用の暖炉が備え付けられた客室。丈夫そうなベッドも二つ設置され、何百と転生してきた私からしても、客室としての品質は高い方だと感じる。
「これからこの部屋を調査するが……一人では部屋から出るな」
「りょーかい」
私はキリサメへそう忠告をし、各々でこの客室を調査することにした。
「……『Brent Drake』に『Chelsea Drake』か」
絵画をよく観察してみれば、右下に名前らしきものが刻まれている。私は刻まれた名前を指先でなぞりながら、静かにそう呟いた。
「その絵画ってドレイク夫妻なのか?」
「詳しいことは知らんが、絵画の材質は古くない。ドレイク夫妻の可能性もあるだろう」
私はキリサメに返答すると、暖炉の側まで歩み寄ってから四つん這いになり、奥まで覗き込んでみる。
「失踪事件っていってもさ。館の人たちが総出で探して手がかりゼロなら、俺たち八人で探しても手掛かりなんて見つからなくね?」
「……」
「食屍鬼とか吸血鬼の仕業とも断定できないんだろ。情報もないのに、手がかりを見つけろって方が無理じゃ──」
「次の部屋に行くぞ」
「お、おい! ちょっと待てって!」
それから三時間ほどで西館一階の客室をすべて調査したが、手がかりらしきものは何一つ見当たらない。私とキリサメは再び二階へ続く階段前へ集まる。
「あー……一階は収穫無しだったな」
「……」
「アレクシア、どうしたんだ? 何か気になることでもあったのか?」
「いや、"まだ"気にならない」
「まだ……?」
「行くぞ、次は二階だ」
階段を一段ずつ登り二階へと赴けば、一階と変わらない廊下が視界に入った。廊下はどこも赤いカーペットが敷かれ、所々に花瓶が置かれ、小さな絵画が飾られる程度。私は花瓶を持ち上げてから中を覗き込む。
「ここから調べてみようぜ」
「あぁ」
キリサメが立ち止まったのは、階段に最も近い客室の扉前。私たちはその部屋から調査を始めることにする。
「なんか、あんま変わんないな」
「客室に違いを出す意味もない」
「まぁそれもそうか」
冬用の暖炉、ドレイク夫妻の絵画、二つのベッド。二階の客室もこの組み合わせで構成されており、とてもじゃないが手がかりは見つかりそうにない。
「そういや……」
「何だ?」
「前にシャーロット博士の研究室で見た"ガラケー"ってやつ覚えてるか?」
「あぁ」
「あの時は『後にしろ』ってお前に言われたから、今言うんだけどさ。やっぱり俺以外にも、この世界に日本出身の"異世界転生者"がいると思うんだ」
キリサメはベッドの下を覗き込みながら、暖炉の奥を調べる私へそう伝えてきた。
「なぜそう思う?」
「俺が持ってたスマホは世界共通って感じだけどさ。あの"ガラケー"っていう携帯は、俺が住んでいた"日本"っていう国で生まれた独自のものなんだ」
「独自のもの?」
「そうそう。あまりにも独自すぎて、全然スマホみたいに普及してないけどな。スマホが普及し始めてから、使ってるのは日本に住む"中高年"ぐらいなんだよ」
私は暖炉から抜け出し、その場に立ち上がると、未だにベッドの下を覗き込んでいるキリサメへ歩み寄る。
「だからさ、俺と同じ日本出身の異世界転生者がいる──ってうおぉ!?!」
側でしゃがみ込み、こちらへ振り返るのを待っていれば、キリサメは私の顔の近さに驚きの声を上げる。
「その人物が誰なのか見当はつくか?」
「た、多分だけど……俺よりも絶対に年齢は上だ。ガラケーが流行ってた時代の人間か、今でもガラケーを使っている中高年のどっちかだと思うぜ」
「そうか」
「……あ、あの」
「何だ?」
「顔、近いっす……」
私とキリサメはその後、次々と客室の調査を続けていったのだが、
「次の部屋が最後だ」
「やっぱ、何も見つかんねぇな」
気が付けば最後の客室。当然だが手がかりも無し。
「なぁアレクシア」
「……何だ?」
私は四つん這いになり、暖炉の奥まで入り込むと、屋根まで続く煙突の内壁を手で触れたりしながらキリサメへ返事する。
「客室に入ると暖炉を真っ先に調べてるけどさ。何か意味でもあるのか?」
「……これを見てみろ」
私は四つん這いのまま振り返り、自身の左手をキリサメへ見せた。
「どこを見ている?」
「あー……」
だがキリサメはこちらへ視線を向けようとせず、むしろ視線をベッドへと逸らしながら、何とも言えない反応をする。
「ほらその体勢だとさ。その、"色々"と見えるだろ……?」
「……呆れた男だ」
要は四つん這いの体勢をしている私の下着が見えるということだろう。私は溜息をついて、半目でキリサメへ視線を送る。
「これでも俺はお前のことを気遣ってんだよ!」
「なら教えてやる。下着の色は黒だ」
「なっ、おまっ……!?!」
「時間の無駄だ。さっさとこっちを見ろ」
履いている下着の色を告白すると、キリサメは目を見開きながら一驚する。私は大袈裟な反応をしたキリサメに、こちらを見るよう強く命令した。
「あぁマジでさ!? お前はほんっとうに人の気遣いを無下にするな!?」
「私がいつ"気遣い"など求めた?」
キリサメはやっとのことでこちらへ視線を向けたため、私は暖炉の内壁を触った左手を見せつける。
「……その手がどうしたんだよ?」
「おかしいと思わないか?」
「おかしいって、何が?」
「私は一階と二階の客室の暖炉をすべて調べた。こうして奥まで入り込んでな」
「それは俺も知ってるけどさ。何も見つからなかったんだろ?」
「あぁ何も見つからなかったな。だが客室のすべての暖炉が──あまりにも綺麗すぎると思わないか?」
そう、すべての暖炉が綺麗すぎる。煙突の内壁も暖炉の内壁も、僅かな汚れすら付いていなかった。キリサメは「言われてみれば……」と視線を左下へ向ける。
「あの使用人は数ヶ月前に失踪事件が初めて起きたと言っていた。もしそれが真実ならば、その時期はまだ真冬頃。暖炉も利用していたことだろう」
「……」
「だが客室のどの暖炉にも炭の跡や焦げ跡すらなかった。冬場を暖炉無しで乗り切ったとは考えにくい」
「まぁ『暖炉無しで乗り切ろう!』なんて普通しないよな。する意味もないし」
「奇妙なのは客室から屋根まで続く煙突の内壁すら汚れがなかったことだ。使用人に掃除をさせたとしても、汚れの一つぐらい残るはず」
私は四つん這いの体勢で暖炉から出るとその場に立ち上がり、自身の制服をよく観察するが、やはり汚れなど付着していなかった。
「暖炉だけじゃない。西館全体も綺麗すぎる。絵画には埃一つ付かず、花瓶が置かれた机には痕も残っていない。中の水もつい最近変えられたばかり。あの使用人は『一ヶ月以上も前に自分とドレイク夫妻以外は避難した』と言っていたが──」
並べられたベッドまで歩み寄り、新品同様の枕に指先を触れる。文句の付け所の無い完璧なベッドメイク。
「──たった一人でここまで手が行き届くと思うか?」
「じゃ、じゃあ……ウェンディ以外に誰が……」
「知らん。だがこの館にはあの使用人とドレイク夫妻以外の"何者か"がいる」
その何者かが視線の正体。姿を見せず、ただ私たちを監視し続けるナニカ。キリサメは私の話を聞いて息を呑み、
「ま、まさか本当に幽霊がいるんじゃ──」
と言いかけた瞬間、
「うわぁあぁああぁあぁッ!!?」
「「……!!」」
男の叫び声が本館の方から聞こえてくる。声の主は恐らくはレイモンド。
「行くぞ」
「あぁ!」
私とキリサメは視線を交わすと二階の廊下を駆け抜け、叫び声が聞こえた本館へと辿り着けば、
「レイモンド、どうしたのよ?!」
「あ……あぁ……」
既に駆け付けていたシビルが尻餅をついたレイモンドを介抱していた。部屋の場所は本館二階の"書斎室"。レイモンドは壁を指差しながら、ガタガタと震えていた。
(……荒れているな)
指差す壁にはルクスαが突き刺さり、床には棚に並べられていたであろう何十冊もの"本"が散らばっていた。
「ねぇ、急に叫び声が聞こえたけど?」
「何があったのだね?」
「知らん。私たちも今来たばかりだ」
セバスとサラも叫び声を聞いて書斎室前までやってくると、レイモンドと書斎室の状態を見てから顔をしかめる。
「ガ、ガキが……!」
「ガキ?」
「ガキがいたんだ!! この部屋の中に!!」
顔面を真っ青にさせ、部屋のあちこちを指差すレイモンド。シビルや私たちは書斎室をじっくりと見渡してみるが、子供の姿は見つからない。
「はぁはぁっ……ど、どうかされましたか?!」
レイモンドが取り乱していれば、息を切らしたウェンディが書斎室に姿を見せる。
「レイモンド。何が起きたのか、ゆっくりと話して」
シビルが落ち着いた声でそう伝えると、レイモンドも徐々に落ち着きを取り戻していく。そして一度だけ大きく深呼吸をすると、何が起きたのかを語り始めた。
「お、俺が書斎室にある"あの机"を調べているとき、後ろから物音がして……。ふ、振り返ったら、ガ、ガキが部屋の出口に立ってたんだ」
(……机というのはあれか)
部屋の窓際に設置された木製の書斎机。レイモンドはそれを指差し、話をこう続ける。
「そ、そのガキに声を掛けても反応がなくて、髪も長かったせいで顔も見えなかった。だ、だから俺は近づいて顔を覗き込んだら……た、ただのガキじゃなかったんだよ!!」
「レイモンド、それはどういうこと?」
「め、目玉がねぇんだ!! 目玉がねぇのに、丸い穴の奥でギョロギョロとナニカが蠢いて……!! お、俺が叫んで尻餅をついたら、あ、あの壁の向こうに消えてったんだよ!!」
「じゃあ、あの剣が刺さっているのは……」
「お、俺が投げたんだ!! もう何が何だか分からなくて!!」
一心不乱に抵抗した結果が剣の投擲のみ。あまりにも情けないが、それよりも気になるのは子供が壁の向こうに消えたということ。
「食屍鬼や吸血鬼の可能性はないのか?」
「や、奴らじゃねぇよ!!」
「その根拠は?」
「ソイツはそこの窓際を歩いたんだ!! 日光が当たってんのに、灰にもならなかった!!」
「本当か?」
「ま、間違いねぇよ!!」
私の問いにレイモンドはそう答えながら、日光が差し込む窓を指差す。混乱していたことで見間違えた可能性も無くはないが、
(……痕跡はないか)
そもそもレイモンド以外がこの書斎にいた痕跡など残っていなかった。レイモンドが幻覚を見たのかと考えてもみるが、精神的な病を患っているとは思えない。
「あ、あの、少しいいでしょうか?」
「はい?」
「そこにマッチ箱が落ちているのですが……」
ウェンディが視線を向ける書斎机の下に落ちているものはマッチ箱。レイモンドが葉巻へ火を付けるときに使うものだろう。
「あれは……レイモンドのものですね」
「も、もしかしてこの書斎室で火を付けようと?」
「あ、あぁ……一服しようとマッチ箱と葉巻を取り出したら、ガキが突然現れ──」
「なんてことを!!? この館は喫煙禁止なんです!! 葉巻に火を付けるなんてことをしたら……!!!」
レイモンドから話を聞いた途端、焦燥感に駆られながら声を荒げるウェンディ。私は書斎室の壁に突き刺さる剣を抜き、壁に手を触れる。
「火を付けたら──どうなるんだ?」
「え?」
「その言い方だと、その男以外にも葉巻に火を付けた者がいるということだろう。だからどうなるのかを聞いている」
「え、えっと……ドレイク夫妻の、逆鱗に触れてしまいます」
「そこまで必死になるということは、ドレイク夫妻の逆鱗はさぞ恐ろしいんだろうな」
剣が突き刺さっていた箇所はごく普通の木製の壁。"壁の向こう側へ消えた"という言葉が正しければ、ソイツは確実に人間ではない。
「……一度、応接間へ集合させましょう。今この場にいない生徒は誰かいる?」
「姿が見えないのはクライド・パーキンスとアルフ・マクナイトの二名で──」
「うん、僕はいるよ?」
「うおっ!? クライド、いつの間にいたんだよ?!」
「んー……さっきからずっといたかな?」
セバスが生徒の名前を述べていると、クライドが書斎室の扉の陰から姿を現し、キリサメは驚きの声を上げた。しかしアルフの姿はそこに見えないため、
「付き添いはどこだ?」
私がクライドへアルフの行方を尋ねる。するとクライドは「あれ?」と辺りを見渡し、首を傾げながら、
「うん、はぐれちゃったみたい」
能天気にそう答えた。
「はぐれたって……。行動するときは二人一組でしょ?」
「その人の叫び声が聞こえたから、アルフくんと合流してから向かおうと思ったんだけど……。アルフくん、どこにもいないからもう先に行ったのかなって」
「つまりアルフ・マクナイトがどこにいるのか分からないと?」
「うん、分からないよ」
「お前はなんともマイペースだな」
サラとセバスに呆れられるクライド。この男は大して気にしていないようだが、レイモンドの件もあり、単独行動は非常に危険だ。
「もうすぐ鐘が鳴る時間よ。今は応接間で彼のことを待ってみましょう」
私たちはアルフ・マクナイトが戻ってくるのを待つため、シビルに指示された通り、応接間でしばらく待機することにした。




