3:6『繰り返し』
座学を終えた後の昼食の時間。私は考えることすらままならない状態で、小麦パンを口にしながら、机に描かれた模様を視線でひたすらに辿っていた。
「これが新メニューのチーズパン! 美味しいですね、アレクシアさん!」
「私が食べているのはチーズパンとやらじゃない」
というのも、私の向かいで幸せそうにチーズパンとやらを頬張るアリス・イザードが理由。この女は朝から晩まで、永遠と私へ喋りかけてくるのだ。
「あのぉ、アレクシアさん。あんまり元気がないみたいですけど……」
「お前は何も分かっていないようだな」
「へ? 何がですか?」
「……自覚もないのか」
キリサメやロイは何やらアーサーに呼び出され、アビゲイルは医務室へ容態確認。残されたのは私とアリスのみ。もちろん私は食堂まで独りでやってきたつもりなのだが、この女は子犬のように後をついてきた。
「そーだ! アレクシアさんの話も聞かせてください! 例えば最近食べた美味しいものとか、面白かったこととか──」
「お前はアカデミーを卒業した後、どの機関に入るつもりなんだ?」
「あ、あり!? ま、真面目なお話をするんですか……?」
「いずれ決めることになる。まだ考えていないのか?」
「えーっと、実は、その……」
「何だ?」
アリスは私から視線を逸らし、言いにくそうに口をもごもごと動かす。
「本当は『I機関』に入る予定だったんですけど……」
「I機関? そんな機関は知らんが」
「は、はい。私がアカデミーに入学する前に消えちゃったようです。そのことを今まで知らなかったので、どうしようかと……」
「消えた理由を何か知っているか?」
アリスが志望しようとしていたI機関。シャーロットから説明を受けたとき、一切話に上がらなかった。私は消滅した理由をアリスへと尋ねることにする。
「多分ですけど、今の十戒にイザード家の人間が選ばれなかったからかなぁと……」
「……I機関は何を目的として動いていたんだ?」
「えっとですね。"人の役に立つこと"です」
「……何だと?」
私は思わず齧りついていたパンから口を離すと、アリスへと視線を移した。
「人の役に立つ? それはどういうことだ?」
「例えば『私の家の猫が逃げ出しちゃったー!』って人の為に猫を探したりとか『財布をどこかに落としちゃったー!』って人の為に財布を探したりとか……」
「……雑用みたいなものか?」
「一括りにしちゃうとそうかもしれません。でも私にとって、I機関はとても立派な機関でした。色んな人に笑顔で『ありがとう』って感謝されたら、笑顔で『どういたしまして』って返すような……そんな関係が羨ましいなぁと」
しかしアリスはほぼ雑用を目的としたI機関を尊敬している。憶測にすぎないが、I機関の主導者はイザード家の人間だったのだろう。
「なのでどの機関に所属できるのか、私にも分かりません。もしかしたらどこにも所属できなくなって、無所属になっちゃったり……なんて!」
「A機関を第一志望にしろ」
「へ?! え、A機関をですか!?」
「あぁ、アビゲイル・ニュートンにも同じことを伝えておけ」
「む、無理ですよ! 私があのA機関に所属できる可能性なんて、ほんの少しもなくて、むしろ絶対に無理で──むぐっ!?」
相も変わらずとてつもなくうるさい女だ。私は向かいの席でわめいているアリスの口へ、自身が持っている小麦パンを強引に突っ込む。
「お前は落ち着いて話もできないのか?」
「す、すみまふぇん……」
私は小麦パンから手を離し、アリスに咥えさせると食堂の席を立つ。
「あり? アレクシアさん、何か用事でも?」
「次に呼び出しを食らうのはおそらく私だからな」
アリスが私の向かいで首を傾げていれば、食堂の入り口からキリサメとロイがこちらに手を振ってやってくる。
「アレクシア、丁度良かっ──」
「実習訓練についての呼び出しか」
「お、おう。Dクラスの教室に来てほしいって」
「だろうな」
「さっすが~! サディちゃん、察しがいいね~!」
私の肩に手を回そうとするロイを払いのけながらキリサメとすれ違い、食堂から立ち去ろうとしたが、
「待てよアレクシア!」
「何だ?」
「気を付けろよ。話を聞きに来たやつ、何かヤバい人たちだったぞ」
キリサメに右肩を掴まれ、呼び止められると、そんな忠告をされた。
「そだね~。サディちゃんも気を付けた方がいいよ~。特にあの"おじさん"にはね~」
「けどさロイ。あのおやじっぽいの、お前の──」
「ほら~! カイトくん、お腹空いたからご飯食べに行こうよ~!」
「お、おい! そんな引っ張んなって!」
何かを言いかけたキリサメの口を封じるように、ロイは制服の袖を強引に引っ張りながら、食堂の受付までキリサメを引きずっていく。
「あっ、カイトさんにロイさんー! オススメはチーズパンですよー!?」
「やってられん」
私は能天気なアリスに思わずため息をつくと、生徒が減りつつある食堂を後にし、呼び出されたDクラスの教室まで向かう。
(……気を付けろ、か)
キリサメ曰く『ヤバい人たち』だと称していた。その人物はアーサーでもなく、皇女でもない。恐らくは初対面の人間。私はDクラスの教室まで辿り着くと、ノックもせずに、引き戸を勢いよく開いた。
「おっ、べっぴんさんのご登場って感じか?」
教室の最前列に座っていたのは二人の男。一人は葉巻を口に咥えた小麦色の髪を持つ"オヤジ"。もう一人は長い白髪を前で二つ結びにした女顔の男。
「アレクシア・バートリさん。この名前で合っているかな?」
「間違いない」
「実習訓練について、少しお話しをしたいんだ。こっちの席に座ってほしいな」
「分かった」
「ほぉ……こりゃあ、将来有望なこった」
指定された席へと歩いていく最中、葉巻を咥えたオヤジが私の姿を下から顔までジロジロと観察してくる。
「まず最初の質問だけど、君が保護されるまでに起きた出来事をすべて話してくれないかな?」
そして私が席に座れば、白髪の男は私と視線を合わせる。
「……最初はキャンプ地から始まった。川の水に血が混ざって──」
白髪の男に私はキャンプ地で食屍鬼と交戦したことから、皇女に保護されたことまで嘘偽りなく語った。唯一口にしなかったのは『原罪と顔見知りだったこと』と『バートリ卿に関係する内容』について。
「うん、ありがとう。次に聞きたいのは"眷属"について。君たちDクラスの六班が眷属を殺したと聞いていてね。どんな姿だったかとか、どんな力を持っていたかとか……とにかく何でもいいから教えてくれると助かるよ」
「……あの眷属とやらは自身を"ケルベロス"と自称していた。三つ首で、三メートルは優に超える巨体。アイツは声を除く周囲のあらゆる音を消す。確か炎も操れたな」
「君たち六班は、どうやって眷属を殺したのかな?」
「爆発物で二つの頭を吹き飛ばし、残った頭を私が斬り落とした」
「ヒュー! そりゃあ盛大なこった」
白髪の男は冷めた視線を葉巻のオヤジへ一瞬だけ送ると、再び私と視線を合わせる。
「眷属は他にも?」
「詳しくは知らんが、ケルベロスは"一ノ眷属"と名乗っていた。他に数匹いてもおかしくはないだろうな」
「……原罪についても話を聞かせて欲しい」
「アイツの容姿は少女だ。服装は黒色のワンピース。周囲の木々や食屍鬼を破裂させる"災禍"を使っていた」
「なるほどね。少女の容姿に黒色のワンピース。そして木や食屍鬼を破裂させる災禍……っと」
私が原罪について語り出すと、白髪の男はメモ用紙とペンを胸ポケットから取り出し、情報を書き留めていく。
「これは私の憶測に過ぎんが……」
「うん?」
「私の視点からは弧を描くように食屍鬼や木々が破裂しているように見えた。範囲の広がり方は、アイツを中心とした円状だろうな」
「……」
「それと災禍の範囲内に石を投げたが、なぜか破裂はしなかった。理由はおそらく、災禍の力が働く対象は"細胞"だから。食屍鬼や木々には細胞はあるが、石にはないだろう」
葉巻のオヤジと白髪の男は、目を丸くしながら私のことを見つめる。まさかこの二人も、私が原罪の分析をしているとは予想だにしていなかったのだろう。
「後は……アイツの心臓に銀の杭を突き刺したが殺せなかった」
「心臓に、銀の杭を……?」
「おいおい待て待て! お嬢ちゃん、原罪の心臓に銀の杭を突き刺したのか!?」
「確実に突き刺した。だがアイツは死んでいない。その理由は私にも分からん」
「マジかよ……? こんなアカデミーの生徒、ヘレン嬢ちゃん以来だぜ」
オヤジは葉巻を吸いながら、窓の外へ視線を移す。白髪の男は険しい表情を浮かべつつも、メモ用紙へ原罪の情報を書き記していく。
「君は……」
「何だ?」
「君は原罪と遭遇したというのに、よくそこまで冷静でいられたね? 死ぬことが怖くないのかな?」
「……"敵の情報を何も得られず死ぬ"。"敵の情報を何も得られず生き残る"。託せるものが無い時点で、死のうが生きようが何も変わらん」
「……」
「第一に考えるべきは、後続の人間に何を残せるか。生きるか死ぬかは二の次に考える」
私はまだアカデミーを卒業していない生徒。尻が青いとでも思われていたようで、 自身の考えをある程度述べると、二人の男はお互いに顔を見合わせ、何やら頷いていた。
「……お疲れ様、これで話は終わりだよ。君のおかげで原罪について大きな情報をいくつか得られた」
「そうか。なら私にもう用はないな」
「まぁそう焦んなさんな。俺たちからお嬢ちゃんに、ちょいと提案したいことがある」
話が終わったことでさっさと立ち去ろうと席を立った私を、葉巻のオヤジが呼び止める。
「何だ?」
「どうだいお嬢ちゃん? P機関に所属する気はないか?」
「……P機関?」
「その覚悟と考えはP機関の思想にピッタリだ。俺たち二人もさ、そろそろお嬢ちゃんのような人材が欲しいとシンキングしていてよ」
「聞き忘れたが、誰だお前たちは?」
私が二人にそう尋ねれば、葉巻のオヤジはヘマタイトで作られた黒色の十字架を、白髪の男はエメラルドで作られた緑色の十字架を私に見せつけ、
「俺は二ノ戒、パーシー・プレンダー」
「僕は七ノ戒、ジーノ・パーキンス」
自身が十戒であることを証明してきた。
「お前たちは十戒だったのか」
「うん、ごめんね。てっきり知っているものかと思って、自己紹介を省いちゃった」
プレンダー家とパーキンス家出身の十戒。確かにパーシーの"女性に執着する面"や、ジーノの"心を見透かすような瞳"などは、ロイやクライドと似ているかもしれない。
「それでどうかな? 君さえ良ければP機関に是非とも所属して欲しくて……」
「P機関にお嬢ちゃんみたいなべっぴんさんが入ってくれたらさ。おじさんや男共が、いつも以上に頑張れちゃうんだけどなぁ……」
「……惹かれるものが無い」
私は勧誘してくる二人に背を向け、教室の出口の前で歩くと、その場で足を止める
「私よりもロイ・プレンダーやクライド・パーキンスを誘えばいい」
「あの子は"嘘"に対して、強い嫌悪感を持っているからね。P機関に向いているかはまた別の話だよ」
「そうそう。ロイくんもさぁ、まだまだ女心っていうか目立ちたい欲が抜けてないっていうかさぁ。おじさんもそろそろ三十路で限界なのに──」
「お前たちの都合など知らん」
そして廊下へと踏み出し、後方の引き戸を勢いよく閉めた。
「あーあ、フラれちゃったねぇ……」
パーシーは葉巻を口から離すと、窓の外へ白い煙を吹き出す。ジーノは口元を押さえながら、メモ用紙とペンを胸ポケットにしまった。
「ジーノくん、それでどうだったよ? あの子、嘘ついてたか?」
「いえ、ありのまま起きたことを話しているようでしたね。原罪については初情報なので分かりませんが、眷属に関しては情報の誤差もありませんでした。"裏切り者"の可能性は極めて低いかと」
「そりゃあそうよ。あーんなべっぴんさんが裏切り者なわけないでしょ」
「どうでしょうね。裏切り者ではありませんが、広い目で捉えれば……"監視が必要"になる気もして──」
「ジーノくんは真面目すぎ。おじさん、こう見えても人を見る目があるんだからさ。あの子は大丈夫って言ったら大丈夫なの」
不満そうなジーノの背中を派手に叩くと、パーシーは再び葉巻を口に咥えて、教室の天井を見上げる。
「あの子、若い頃のヘレン嬢ちゃんと似てるだろ? ああいう態度っていうか、年齢の割に合わない口ぶりっていうかさぁ」
「そうですね。まぁ、多少は似ているかと」
「ああいう子はいつか化けちゃうね。それこそヘレン嬢ちゃんのように立派な胸と抜群なスタイルに──」
「はぁ、もう行きますよ。昼食の時間も終わりますし、この教室に生徒も戻ってくるので」
興奮して立ち上がるパーシーを無視して、教室から出て行くジーノ。
「ジーノくん、実はおじさんお金ないの。またツケで奢ってくれる?」
「嫌ですね」
「いいじゃないのー? ほら、新メニューのチーズパンで我慢するからさ!」
パーシーもまたジーノを追いかけるようにして、教室を急いで出て行った。




