3:2『充電切れ』
完治通告を受けた次の日。私は普段よりも早い時間帯に目を覚まし、制服姿でDクラスの教室へと向かっていた。部屋で登校準備をしている者が大半を占めているため、女子寮から出ていくまでに誰一人としてすれ違わない。
(……これからはこの時間帯を狙うか)
私がそんなことを考えながら歩いていると、アカデミーの正門前に二人の人影が見えたため、そちらの方向へと視線を向けた。
「ねぇいいでしょ? 私にも"あの力"を開花させる方法を教えて」
「何度も言いましたよ。貴方には不必要なものです……と」
(狐の女と……誰だアイツは?)
そこに立っていたのは十戒のティア・トレヴァー。そして両肩に触れる程度の黒髪を持つ女子生徒。どうやら二人で口論をしているらしい。
「私だってトレヴァー家の人間でしょ!? これから吸血鬼と戦うために、お姉ちゃんのような力が私にも必要で──」
「"サラ"、貴方は何も理解していません。それに"あの力"は、今の貴方が開花させるべきじゃない」
「ね、ねぇ! それってどういう意味なの……!?」
ティア・トレヴァーはサラの問いに答えることなく、そのまま背を向けてアルケミスの街へと去っていく。その場に取り残されたサラは、俯きながら石の壁に背を付けた。
(朝から威勢がいいな)
私は項垂れているサラを他所に、アカデミー内へと足を踏み入れ、Dクラスの教室へ向かう。
(まったく……面倒事ばかりで、まともにアカデミーの生活を送れん)
教室へと辿り着いた私は窓際の方へと座り、窓越しに澄み渡る青空を見上げた。転生する度に毎度考えるが、天気は"非常に空気が読めない"。
「よっ、アレクシア。今日は結構早いんだな」
「……お前が言える立場か?」
「いや、まぁ、言えねぇけど……」
教室に顔を出したキリサメは苦笑しながら、私の隣の席へ腰を下ろす。一ヶ月ぶりに顔を合わせたため、この男は気まずそうにしている。
「きょ、今日はいい天気だよな」
「どうでもいい」
「そういやさ、食堂に新メニューが追加されたの知ってるか? 名付けて"チーズパン"っていうチーズとパンが合体し──」
「興味ない」
キリサメは「そ、そうだよな……」と私から視線を逸らすと、次なる話題を考えようと黙り込んでしまう。
「何が言いたい?」
「えっ?」
「私に何か言いたいことでもあるんだろう?」
「まぁ……うん……」
私が呆れながらもそう促せば、キリサメは『スマホ』を取り出し、何度か指先で叩くと、液晶の画面を見せつけてきた。
「……これは、ケルベロスか?」
そこに写り込んでいたのは一枚の絵。三つ首に燃え盛る炎は、私たちが対面したケルベロスと酷似していた。
「やっぱり、似てるよな……」
「お前が言っていた小説とやらの絵か」
「偶々このイラストだけ保存してたんだ。どこからどう見ても、あのケルベロスと瓜二つだろ?」
「……仮に"本物"だとして、この世界のケルベロスとお前の世界の小説に出てくるケルベロスがなぜ酷似しているのか。それが最も不可解な事実だ」
私はキリサメからスマホを奪い取ると、目を凝らしてケルベロスの絵を観察してみる。毛の色も瞳の色も炎を放出する姿も、どれもが同じ姿。
「あの炎の力に名前を付けるなら"インフェルノ"がいいかもなぁ……」
「何を言っている?」
ボソッと独り言のように呟くキリサメ。私は眉間にしわを寄せる。
「あ、いや、ちょっとした想像っていうか、妄想っていうか……」
「……」
「イ、インフェルノって地獄の業火って意味だからさ。"この世の善や悪を塵一つ残さず焼き尽くす"みたいな力の設定にすれば、結構カッコいい感じになるかなぁって……」
「……」
「……すんません。何でもないです」
独りで語っているキリサメに冷たい視線を送ると、私は再びスマホへと視線を戻した。
「お前が読んでいた小説とやらは既に完結しているのか?」
「んー……途中で打ち切りになったからなぁ。俺も多少読んではいたけど、あんまり事細かには覚えてないんだ」
「……ケルベロス以外の眷属については?」
「ぼちぼち覚えているぐらい……」
「まぁいい。お前が生きてさえいれば、眷属が未知数の存在にならないことが分かった。これからは眷属の相手を──」
私がそう言いかけた途端、手に持っていたスマホの液晶画面がプツンと黒色の画面へと切り替わり、
「あぁあぁああぁーーーー!!?」
キリサメは大声を上げながら私からスマホを奪い返すと、横についているボタンを何度も連打した。
「マジかよ。ついに充電切れに……」
「充電切れだと?」
「あぁ、これじゃあもう使えないな。この世界に来てから、可能な限り節約はしてたけどさ。まぁ流石に持たないか……」
「充電とやらをする方法はないのか?」
「ないんだよなぁそれが。充電するためのコードとか、コンセントとかあればいいけど……。そんな都合の良いものなんてこの世界にないだろうし」
キリサメは充電の切れたスマホをポケットにしまうと、大きな溜息をついて「どうしたものか」と両手で頭を抱えた。
「あの娘に聞いてみればいい」
「あの娘って、誰だよ?」
「A機関の主導者のことだ」
「あー、シャーロット博士のことか? けどさ、どうしてあの子に聞くんだよ?」
「研究室にその箱とは別の箱が置かれていただろう。恐らく充電とやらをするための方法も知っているはずだ」
例え充電をする方法を知らなくとも、探求心の強いシャーロットであれば、その方法を自ら生み出そうとするだろう。利用するには丁度いい。
「んじゃあ座学が終わったら、一緒にシャーロット博士の研究室へ顔を出してみようぜ」
「あぁ」
「やっぱお前は一人で行かせようと……ってあれ?」
「何だ?」
「いや、アレクシアも付いてくるんだなぁって……」
キリサメは驚いた様子で私の横顔を見る。
「何がおかしい?」
「いやいや、普段だったら『一人で行け』とか『お前の御守はしない』とか冷たいことを言うだろ? 誘いに乗ってくれたのって、案外珍しいと思ってさ。もしかして少しは心を開いてくれて──」
「お前は思い違いをしているようだ」
私はキリサメの言葉を遮ると、頬杖を突きながらも横目で冷ややかな視線を送る。
「原罪や眷属のような想定外の存在。この存在に対抗するためには、私たち人間も新たな進化を辿らなければならない。それこそ、あの娘が開発したルクスαのような進化を」
「……進化」
「特にそのスマホとやらは上手く活用すれば、私たちにとってプラスの方向へ働く。つまり私がお前に付いていくのは──私自身の為だ」
「そ、そうか。これは新手のツンデレみたいなものか……?」
キリサメがワケの分からない独り言を呟いていれば、教室に実習訓練で生き残った生徒たちが次々と登校してくる。
「ア、アレクシアさん!」
「サディちゃん~! 久しぶりだね~!」
一ヶ月ぶりに見かけたアリスとロイは早足で私の元へやってくると、近くの席へと腰を下ろす。
「アレクシアさん、怪我の方は大丈夫ですか?」
「もう完治している。それよりも……もう一人はどこにいる?」
私はアビゲイル・ニュートンの姿が見当たらないことに気が付き、辺りを軽く見渡しながらその姿を探した。
「あぁ~! アビーちゃんなら──」
「あたしはここだよ」
私たちの前に姿を見せるアビゲイル。しかし以前のように二本足で、こちらへ歩いては来なかった。
「……それは後遺症か」
「まぁね。"半身不随"って診断されちゃったよ」
車椅子に座った状態での移動。私以外が口を閉ざしていることを踏まえるに、どうやらキリサメたちはアビゲイルの状態を知っていたようだ。
「回復の見込みはあるのか?」
「一応リハビリはしているけど……前みたいに動けることはもう無いだろうね」
「そうか」
苦笑いをせざるを得ないアビゲイルを、私はしばらく無言のまま見つめる。
「お前のおかげで私は助かった……が、なぜ私のことを庇った? あの状況で私を庇う必要はなかったはずだ」
「あたしは、訓練であんたのその左目を奪った。その責任を行動で返しただけさ。あんたを庇って、何の悔いも無いよ」
「……左目か。これを見ても、後悔しないと言えるのか?」
私は黒い眼帯を外し、キリサメたちへ再生した左目を見せつければ、あるはずのない眼球が目の前にあることで、口を開きながら呆然としていた。
「やっぱ、アレクシア……。あの時に見たお前の姿は、見間違いじゃなかったんだな」
「……あの犬に教えられた。私の母体は吸血鬼だったとな」
「犬ってさ~? あのケルベロスってやつのことでしょ~?」
「あぁそうだ。私の肉体は半分吸血鬼で半分人間。炎を操れたのも、吸血鬼である母体の力を引き継いだからだと聞いた」
「あぁ、えっと、どういうこと? あたしには何が何だか分からないんだけど……」
アビゲイルは重傷を負っていたことで、意識が朦朧としていた。恐らく私がステラと交戦していたことすら知らない。それを見兼ねたキリサメが、手短にアビゲイルへと説明をする。
「あ、あんた……きゅ、吸血鬼だったの……?!」
「しっ! 声がでけぇって!」
「ご、ごめん……」
アビゲイルは真実を知れば、車椅子がガタガタと揺れるほどに驚いた様子を見せた。私は「大袈裟な反応だ」と鼻で笑いながら、アリスとロイへ視線を向ける。
「お前たちは平然としているな。半分といえども私は人類の敵である吸血鬼だぞ」
「ん~……サディちゃんはサディちゃんかなぁって思ってるからね~」
「何を言っている?」
「つまりアレクシアさんはアレクシアさんってことです! ちょこっと吸血鬼だとしても、私たちの仲間ですから!」
「……馬鹿げている」
"仲間"だと言い切ったアリスに呆れた私は、同じようなことを述べたアーサーを脳裏に過らせつつも、静かに窓へと視線を逸らした。




