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ЯeinCarnation  作者: 小桜 丸
0章:孤児院
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0:4『想定外』


「んじゃあ、そろそろお楽しみといきますか」


 私は薄汚い若者に身体を触られる。陽気な若者はクレアの元へと半裸で歩み寄り、少女の衣服に手を掛けた。


「あ、あのっ! 服を、どうして脱いでっ……」

「大丈夫。俺、優しいからすぐ慣れるよ」

「えっ、や、やだっ……!」


 クレアはすぐに陽気な若者の手を弾き、部屋の隅へと逃げる。私はそれを眺めながら、発育途上の身体を満遍(まんべん)なく触られていた。


「怖くないよ。慣れればへっちゃらだって!」

「い、いやっ……! 来ないで、来ないでよっ!」

「ほら、あの子だって平気なんだからさ。俺たちも大丈夫だよ」

「だれか、だれか助けてぇぇーー!!」


 陽気な若者は助けを請うクレアの服を無理やり脱がし、ベッドの上で押さえつける。ジタバタと暴れるが、華奢な少女が敵うはずない。 


(初めて純潔を捨てた時代はいつだったか……)


 寝込みを使用人に襲われたときか。野蛮な人間共に袋叩きされたときか。前世の記憶が膨大なせいで鮮明に思い出せない。


「うおりゃあぁあぁーーッ!!」

「ぐッふ……!?!」


 過去の記憶を思い返していれば扉が勢いよく開き、イアンが私の前に立っている薄汚い若者を突進で吹き飛ばす。


「ガキ、お前は何をし――」

「クレアに触るなぁあぁーー!!」

「うごあぁっ?!!」


 もう一人の若者が目を丸くしていれば、イアンは置かれていた花瓶を頭部目掛けて投げつけた。


「イアン!」

「二人とも、早く自分の部屋まで逃げるんだ!」

「こんの、クソガキめぇえぇッ……!!」

「――ッ!!」


 イアンは私たちにそう呼びかけると、背後から薄汚い若者に蹴り倒され、床に這いつくばる。 


「俺のことはいいから逃げろ!」

「で、でもっ……」

「いいから早く行けッ!!」

「……アレクシア、ここから逃げよう!」


 私はクレアに手を引かれ、豪勢な部屋を飛び出した。特に逃げるつもりはなかったが、必要な情報は得られた。私にとっても好都合だ。


「はぁはぁっ、もう大丈夫かな……?」

(まさか助けに来る者がいるとはな)

 

 少女なりの速度で廊下を駆け抜け寝室に到着すると、クレアは息を荒げながら床に座り込む。

 

「イアンが助けてくれたけど……」

「……どうした?」

「ほら、イアンはあの人たちのところに残ってるし、助けに行かないと……」


 私はクレアの話を聞きつつ、ベッドの裏に隠してある絹のワンピースを着る。念のため、衣服の予備を盗んでおいて正解だった。


「戻る必要はない」

「えっ?」

「助けを受けたんだ。戻ることはその助けを無駄にするだけだろう」

「でも、でもイアンは私たちが助けに来てくれることを信じて――」

「信じる方に問題がある。信じれば裏切られる。信じなければ裏切られない。それだけの話だ」


 私の淡々とした返答にむっとしたクレアはその場に立ち上がり、こちらへ詰め寄ってくる。


「そんな言い方ないでしょ! 私たちは助けてもらったんだよ!?」

「確かに助けは入ったな」

「だったらどうしてそんなこと――」

「だがそれは『助けて』と叫んだお前の話だ。私は一度も『助けて』と叫んでいないし、助けを求めたつもりはない」

「そ、それは……そうだけど……」

「お前に勇気と知恵があるのなら一人で助けに行けばいい。私はどちら側にもつかないが」


 私が冷めた眼差しでクレアを見つめれば、何も言い返せずにその場で項垂れていた。


(……少々言葉が強すぎたか)


 その後、クレアは行動は起こさない。ただベッドの上で静かに時間が過ぎるのを待つだけだった。



――――――――――――――――――――――――



 次の日を告げる朝日が昇る。

 昨晩にあのようなことがあれば、当然だがいつも通りの朝礼は始まらない。その代わり機嫌の悪い神父が、孤児の前に立つ。

 

「昨晩、神の遣い様の部屋に不届き者が侵入したそうだ」


 聞き覚えのある不届き者。答え合わせをするように、あの若者二人がボロ雑巾のようなものを私たち孤児の前に転がした。


「イ、イアン……!」 


 よく見ればボロ雑巾ではない。助けに入った少年イアンだった。髪の毛は毟られ、顔には擦り傷だらけ。身体は言わずもがな打撲傷や血で塗れていた。


「愚か者イアン・アルフォード。お二方に殴り掛かり、怪我を負わせた。この愚か者は私たち孤児院に不幸をもたらす存在だ」

「イアンは、イアンは死んでないよね……?」

「生きているな。"半殺し"程度だろう」


 うつ伏せに倒れながらも、肩で呼吸をしている。確実に殺されているだろうと予測していたため、半殺しで済んだのはイアンにとっては運が良い。


「よって今日から――イアン・アルフォードを地下牢に監禁する」

「えっ、地下牢に……?!」

「お二方はこの愚か者にチャンスを与えてくださった。この程度で許しを与えるなんて、なんて慈悲深い方々なのだろうか」

(……朝食はまだか)


 私が欠伸をしている横で、クレアは顔を真っ青にしている。死刑や処刑という言葉が出てこない。やはりイアンは運が良い方だ。


(地下牢まで食料を持っていくつもりか)


 その日の昼食や夕食の時間、クレアは度々姿を暗ます。何をしているのかと観察してみれば、自分のパンを衣服の中に隠していた。ということは、溜め込んだ食料を深夜にイアンの元へ持っていくつもりなのだろう。


「アレクシア、お前はどうして昨晩――」 

「私とクレア・レイヴィンズは"部屋に行け"と命令された。だが"売春をしろ"とは命令されていない」

「……!」

「私たちは"部屋に行け"というお前の命令に従った。気に食わなかったのなら、最初から堂々と"売春をしろ"と言え」


 神父からの咎めは、私一人でやり過ごした。この男は私を嫌っていると同時に苦手意識を抱いているため、言葉を返せば舌打ちをしながらどこかへ去っていく。


(……本も読み飽きた。眠って時間でも潰すか)


 日がすっかり沈むと、辺りが暗闇に包まれる。私は惰眠をしようと、孤児院の汚い廊下を歩いて寝室へと向かっていたのだが、


「……この臭いは」


 孤児院に充満するはずのない鉄が錆びたような臭いが鼻元を漂い、私はその場に足を止めて、廊下の先を見つめた。


「血の臭いだな」


 鼻元に漂うのは嗅ぎ慣れた血の臭い。異様な空気の変わりように私は違和感を感じ、すっと視線を下した。


「――血痕か」


 血液の跡。私はその血痕を指先でなぞってみると、生温かい血の雫がポタッと床へと落ちる。

 

(まだ新しいということは、この辺りに"アイツら"がいるな……)


 脳内で"アイツら"の姿が過り、私は警戒しながら血痕の後を辿っていく。


「うわぁあ"ぁあ"ぁあ"ぁあ"ぁーー!?!」


 その最中、あの薄汚い若者の叫び声がした。血痕の先とは真逆の方向、つまり私の後方から。


「途中ですれ違ったのか?」


 叫び声のする方向へと駆け足で向かう。途中で棚が倒れるような物音が何度か聞こえると、再びあの若者の叫び声がした。 


「ぎぃやぁあ"ぁあ"ぁあ"ぁあ"ぁーーッ!?」


 次に聞こえてきたのは男の断末魔と肉が千切れる音。私は声のする広間へ辿り着くと、静かに覗き込んでみる。


「い"ぎッ、うぎゃあッ、や、やめろぉお"ぉ……ッ! やめでぐれぇえ"ぇえ"ぇッ!!」

「「「キャハハハッ! キャハハハァッ!!」」」


 あの薄汚い若者が数人の孤児に囲まれている。客観的に見れば、じゃれているようにも見える。だが孤児たちは笑いながら、若者の肉を鋭い爪で引き裂いたり、鋭い牙で噛み千切っていた。


(――食屍鬼(グール)か) 


 食屍鬼(グール)、吸血鬼の中では"失敗作"と呼ばれる存在。知能を持たないため、ただ『人間を喰らう』という本能のみで行動を起こす。吸血鬼になれる者は、強靭な肉体と精神を持つ者のみ。


(孤児院に吸血鬼が一匹潜り込んだか)


 孤児たちが食屍鬼(グール)となっている。この現状から考えられることは、孤児院に吸血鬼が潜り込んだという事実。 


「あ"ぁあ"ぁッ、ぐえッ、ごぼッ――」

(あの若者はもう助からない)


 一度でも膝をつけば、孤児たちが若者に飛びかかり押し倒す。最後は断末魔さえない。代わりに聞こえたのは、血飛沫の音のみ。

 

「おい、どうし――うわぁあぁあぁーーッ!?」


 もう一人の若者がその場に駆け付けると、血塗れになった広間を目にして、情けない悲鳴を上げる。

 

「なんで、なんでこんなところに食屍鬼(グール)がいるんだよぉッ?!」


 そして尻餅までついて足をガクガクと震わせながら、右手の剣に手を掛けた。

 

(……今が好機か)


 情けない若者へと歩み寄る食屍鬼(グール)たち。私はその隙に殺された若者の死体へと近づいた。


「石の杭だと? 吸血鬼共を何だと思っている?」


 腰に携わっていた黒色の剣と、石で作られた杭が数本入ったホルスター。私はしかめっ面を浮かべながらも、


「だが食屍鬼(グール)が相手のこの状況なら──」


 それらをすべて押収して、自身の腰と右脚の太ももに装備し、


「──充分すぎる」


 右手で黒色の剣を引き抜くと左手に石の杭を握りしめ、食屍鬼(グール)に身体の向きを変えた。

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